第266回
ベニテングタケを干す。
[ 更新 ] 2023.06.10
今年は、上野公園をはじめ、都内の多くの公園で、お花見が解禁になっている。
すでにこの時期、桜はほとんど散ってしまっているが、週末に近くの大きな公園に行くと、散ってしまった桜のもとでも、幾組もの人びとが座って、食べたり飲んだりしている。
大声を出したり、踊ったり、酔っぱらったりしている人は、ほぼいない。
たくさんのグループが、コロナ以前のお花見よりもしばしば空や若葉の萌え出ている木を見上げ、顔を見合い、静かにしゃべりあうさまを見つつ、散歩。
帰ってから着ていたセーターを脱いだら、たくさんの桜の蕊が背中についていた。散歩の途中で、一回芝生にねそべって、自分もお花見の人たちと共に、空を見上げた時についたにちがいない。
四月某日 薄曇
編集者との打ち合わせに行く途中の道で、昔の知り合いにばったり会う。
実はわたしはその知り合いがかなり苦手で、けれどどうやら近所に住んでいるらしいその知り合いが散歩をしている姿を、一年に三回くらいみつけてしまうのである。
どの時も、さっと物陰に隠れ、出会わないようにしていたのだが、今日は打ち合わせで何を話すかを頭の中であれこれ考えることに夢中で、油断していた。
「こんにちは、久しぶりだね」
と、知り合いは晴れやかに言い、腕をわたしの方に突きだす。

反射的に後じさると、
「僕との握手が、怖いの?」
と、嬉しそうに言う。
「いえ、大丈夫です」
と答えるが、ほんとうは大丈夫ではなく、ともかく早くこの苦手な知り合いから離れたい。
意味不明な「ああ、そうだ、今日はいい天気で、四月もなかばでいや末で」などという言葉を発しながら、知り合いからそろそろ離れる。
胸の動悸がおさまらないまま、打ち合わせ。女性編集者二人が、てきぱきといい提案をしてくれて、次第に動悸はおさまる。
そののち、さらにもう一組の男女の編集者たちと打ち合わせ。干したベニテングタケを食べる習慣が東信地方にはあることと、実際にそのようなベニテングタケを食べた時の酩酊感について聞き、さらに浄化される。
しかし、真夜中、巨大な腕に追いかけられる夢をみて、自分の叫び声で飛び起きる。
四月某日 晴
昨日の悪夢を忘れるために、庭の草むしり。
ハコベとタビラコが、ひらひらと地面に這っていて、心なぐさめられる。
かわいいので、ほとんどむしらず、そのまま咲いていてもらうことにする。

四月某日 晴
ちかごろ、
「解像度が高い」
という表現をする人を知り、これはどうやらほめ言葉らしいのだが、なんだかかっこいいなと思っていたら、その後、つづけざまに二人、
「解像度が高い」
と使う人をみつける。
使っているどの人も、教養の高い人たちで、この言葉は、教養の高い人びとの間では、昔から流通していたのだろうか、それとも、同時多発でかれらが個別に思いついたのだろうか、それとも実は現在、猖獗をきわめるがごとく流行している表現なのだろうかと、しばしの間思いなやみ、それから、自分のメールや文章などには、決して「解像度が高い」という表現は使わないことを決意。
なぜなら、教養の高い人が使うならばこの言葉は有効な気がするのだけれど、わたしが使うと、ぜんぜん「解像度が高い」感じにはならず、ほめ言葉にもならないだろうことは、一目瞭然だからである。

