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第262回

ぎっしり配置。

[ 更新 ] 2023.02.07
十二月某日 曇
 バスに乗って長い旅をする夢をみる。
 東京を出発して関西を通るあたりで、空に飛行物体があらわれ、攻撃を受ける。気がつくと、死んでいる。遺骨となって旅をつづけ、奄美で蘇生術を受ける。よみがえったはいいが、これからどうしていいかわからず、しばらく途方に暮れるが、そうだ、八百屋の店員になろう、と決意する。
 八百屋の店員の仕事は、なかなか大変だったが、奄美はとてもいいところなので、しあわせな日々である(実際に奄美に行ったことはないです)。

十二月某日 晴
 先月から、サッカーのワールドカップが始まっている。
 日本は奇跡的な試合を予選のトーナメントで展開し、決勝リーグに進んだが、残念ながら早朝の試合でクロアチアに負けて、悲願のベスト8までは進めなかった。
 という今日、電車に乗ると、隣に立っているカップルがサッカーの話をしている。
「とにかく、すっごくいい試合で、強くて」
 と、男性が説明している。
「ふーん、そうなんだ」
 と、女性。
「日本チームにはいい選手もそろってるし、ああ、一緒に観たかったなあ」
「でも、夜中とか朝にやったんでしょ。眠い」
「眠気もふっとぶんだよ」
「そっかなー、だるい」
「観てたら、気持ちも変わったと思うよ」
「で、日本って、どのくらい強いの?」
「今回はベスト16まで行った」
「なんだー、ベスト16なのか。たいしたことないんだね」
 男性、手をつくして女性に説明し説得しようとするが、女性、にこにこしながら、男性の見解をことごとく否定する。男性の口調は終始おだやかだが、時間がたつにしたがって、内面のイライラがにじみでてくるよう。さらに、カップルの周囲の乗客たちの心の中の叫び声が、波動として伝わってくる。
 次の駅がきて、カップルがおりてゆくと、車内に無音のため息があふれ、そこにいた全員が、不思議な連帯感に包まれる。

十二月某日 晴
 用事があり、高速バスに乗る。
 目的地でおり、高速道路の上にある停留所から、高速道路の壁についた仕切りの扉まで歩く。扉には、
「動物が侵入します。出入口を閉めてください」
 という看板がかけてある。
 書いてあるとおり、出入口をしっかりと閉め、階段をくだり、一般道路におりたつと、目の前にはたんぼと畑と富士山がみえる。よく晴れていて、富士山の周囲の山脈にも、うっすらと雪が積もっている。
 動物、どうか侵入しないようにね、高速道路は危険だからね、と思いながら、目的の場所まで、三十分ほどかけてぽくぽく歩いてゆく。

十二月某日 晴
 家の暖房が壊れる。
 すでに暖房メーカーはお正月休みに入っているので、どんなに早くても新しい機械を納入できるのは、来年の一月半ばすぎになるという。
 寒い……。
 と、つぶやきながら、ありったけのヒートテックの下着とくつした、半纏と、指なし手袋と、タイツと、帽子と、ひざかけを出してきて身につける。
 けれど、じっと座って仕事をしていると、しんしんと冷えこむばかりである。
 とてもさみしい気持ちになり、どうしたらこのさみしさと寒さを解消できるかと考え、家じゅうのありったけのぬいぐるみたちを招集する。
 椅子と自分の間、パソコンのまわりなどにぬいぐるみたちをぎっしり配置し、寒くなったりさみしくなったりした瞬間に、なでたり、話しかけたり、両側から顔をはさんでもらったりする。
 寒さはあまりやわらがなかったが、さみしさは、かなり解消され、心が安定する。
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