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第257回

きのこの山。

[ 更新 ] 2022.09.09
七月某日 曇
 近所の習字教室の入り口のところに、七夕の笹がたてられている。
 ていねいな字で書かれた短冊がたくさん下がっている。
「戦争が終わりますように」
「コロナが終わりますように」
 うんうん、そうだよね、とうなずきながら読んでゆく。
「かにさされませんように」
 かわいい……。ひらがなだけなのがいいなあ。
「宿題がもっと出ますように」
 えっ。
「ねこになれますように」
 かわいい……のだろうか? それとも、人間ではいたくない理由が何かこの人にはあるのだろうか?
 最後に、一番の達筆で書かれた、
「弟がましな人間になれますように」
 という短冊を読みつつ、それまで少しずつしていた後じさりを大きくまた一歩おこない、音をたてないよう、そそくさと去る。
 家に帰ってからは、短冊のことは考えないようにして過ごす。

七月某日 曇
 実家に行く。
 九十二歳の父が、デイケアで作ってきた七夕の短冊を見せてくれる。
 薄青い短冊には、折紙の朝顔の花が二つ貼ってある。みんなで折ったとのこと。
「死ぬときは……コロリとね!」
 と、おおらかな父の字で書いてある。
 短冊……油断できないな……。

七月某日 曇
 友だちに聞いた話。
 友だちの娘さんはフランスの人と結婚してフランスに住んでいる。
 義父母はとてもいい人たちで、友だちも何回かフランスに行って食事をしたり短い旅を共にしたりしたことがある。
 コロナでなかなか娘さんに会えないのが、さみしい。
 この前娘さんから、
「義父が大好きな『きのこの山』を送ってほしい。できれば、二十箱」
 とのメールがきたので、「きのこの山」二十箱をつめた小包を、郵便局にだしにいった。
 ところが、コロナのため、現在は食品を海外に送ることができないと言われた。
「だから、今うちの冷蔵庫には、『きのこの山』が二十箱、並んでるの。どうしたらいいのかなあ」
 とのこと。数箱ならば、少しずつ食べる気持ちにもなるが、
「冷蔵庫の中で、びっしり箱に入った未開封の『きのこの山』が、さらにびっしり二十箱静かに積みあがっていると思うと、なんだか手が出せない」
 とのこと。
 にしても、娘さんのフランス人の義父、そこまで「きのこの山」を愛しているのですね……。

七月某日 曇
 渋谷区に住んでいる同級生から、
「認知症検診のお知らせがきた」
 というラインがくる。
 肺炎双球菌の予防注射のお知らせや年金のお知らせがくることにようやく慣れたと思ったら、認知症検診……。
「渋谷区、えらいね」
 と返信したら、
「えらいよ、うん、えらい……」
 という言葉のあとに、柴犬が少し泣いているスタンプがくる。
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