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第263回

山羊を数える。

[ 更新 ] 2023.03.13
一月某日 晴
 新型コロナ感染者が、増えつづける毎日。
 今日も、古くからのつきあいの編集者から電話があり、実家に帰省したら母親がコロナになった、自分も続けて罹患し、実家で隔離されなければならないので、東京にはしばらく帰れない、との由。
 コロナ感染しているが、元気な張りのある声で、熱もほとんどないとのこと。ほっとしていると、
「最近、コロナになる人が多いでしょう」
 と、編集者。
「はい」
「あきらかにコロナだけれど、発熱外来などに行くのが大変で、家にこもってひっそりしている人もたくさんいるみたいですよ」
「病院もてんやわんやですしね」
「保健所に届けを出さないコロナの人たちのこと、何ていうか知ってます?」
「いえ」
「野良コロナ患者っていうんです」
「野良……」
「東京は、ことに野良コロナが多いみたいですよ」
 やりとりを終え、電話を切ってから、昭和の昔、たくさんの野良犬がいた時代のことを、静かに思い返す。野良犬はみな野性的で、無駄な動きがなくて、人狎れしなかった。近年の、野良犬の姿をみることもたえてなくなった東京で、野良患者がひそかに増えていることを思い、しばし放心。

一月某日 雪
 先月故障した暖房の部品が届き、ようやく取りつけ工事をしてもらう。
 一か月ぶりに、暖房がよみがえるのである。
 今日は、十年ぶりの寒さになるとの予報。午前中からこまかな雪が舞っている。工事が無事に終わったので、設備会社の人たちと、コーヒーを一緒に飲む。
「予報どおりの寒さですね」
 と、ベテランの職人さん。
「寒いっていう予報で寒い時は納得するけど、聞いてない寒さが突然くると、腹たちますよね」
 と、中でいちばん若い人。
「暑さ寒さより、蚊だな」
「突風もなあ」
 と、談義はつづき、暖かくなった室内で、みんなでなごむ。

一月某日 晴
 なじみの古本屋さんに、本を引き取りに来てもらう。
 いつものように、古本屋さんのご主人ともう一人若い人の二人で来て、分野別にどんどん仕分けをし、手際よく大きさ別にどんどん重ねて束ねてゆく。
 今日のご主人の相棒は、はじめて会う若い人。
「あ、そっちの本、サイズちがうから、こっちの山に」
 と、ご主人が言うと、若い人が、
「かしこまりました」
 と答える。
「かしこまりましたって、なんか、やだなあ」
「じゃ、なんて言いましょう」
「もっとリラックスした相槌がいい」
「了解しました」
「いや、それもあんまりリラックスしてないよ」
「じゃあ……合点承知の助?」
「長いかも……」
「合点でえ」
「岡っ引き?」
 静かな、落ち着いた声で、二人はやりとりをしている。こっそり耳をすませつつ、原稿を書く。

一月某日 曇
 学生時代の友だちと、三人で夕飯。
 外でお酒を飲むのは、久しぶりである。
 飲み会用の体力がすっかりなくなっているのか、二軒目のお店の前で、よろめく。
「なんだかぐったりしてるから、帰るね」
 と言いながら、二軒目に入ってゆく友だち二人を見送り、一人家路をたどる。
 この飲み会好きの自分が……と、少なからず、ショック。でも、家に着き、顔を洗い、眠る準備をしているうちに、少し元気になる。
「二次会、行けず」と、スマホの日記に書きこみ、しばらくその言葉を見つめ、スマホを閉じ、寝床の中で小さく丸まる。
 山羊が一匹、山羊が二匹、と数えながら、眠りにおちる(羊だとなぜだか目が冴えるが、山羊だとうまく眠れる昨今)。
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