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第14回

九州に渡る・前編 うるわしのさんふらわあ、の巻

[ 更新 ] 2024.02.26
 フェリー《さんふらわあ》に乗って九州へ行きました。大阪~別府間は2023年春に新しい船が就航したばかり、まだピカピカのうちに乗ってみたい! と思い立ったのであります。
 船内はまるでホテルのよう、ホール吹き抜け部分には天井に映像が投影され、レストランでは新鮮なお刺身もたっぷり楽しめるビュッフェが。九州のこっくりした甘醤油と本州の醤油が仲良く並ぶ気配りぶりで、いやあ、旅気分が盛り上がりますなあ。
 ごはんを堪能したあとは、部屋の窓から神戸の夜景と明石海峡大橋の下をくぐり抜ける様子を眺め(夜景を目当てに進行方向右手の部屋を予約したのです)、大浴場へも足を運びました。
 以前、伊勢・鳥羽行きの旅の模様を書いた際に列車旅の良さに触れましたが、実は船も大好き。船旅は一昨年の夏、北海道への家族旅行のときに新日本海フェリーに乗って以来です。常に荷物をたっぷり持ち歩きたいうちの一家にとってマイカーで乗り込めるフェリーって実にありがたい乗りもの。すっかり味をしめたというわけです。
 別府まではおよそ12時間と、結構あっという間です。お部屋は畳の和室に真新しい布団、テレビも大きく電気ポットも備え付け。よく見れば敷き布団に船のロゴが入っている。息子はさっそくテレビをつけて「おっ!」。夫と並んで放送中の『SASUKE』を見始めました。瀬戸内を航行するからなのか、船が最新式だからなのかはわかりませんが、テレビもきれいに映るんですね。とにかく隅々まで快適で、一晩過ごすだけではもったいないくらい。
 目をみはったのは持ち帰り可の入浴タオル(温泉旅館によくあるタイプ)、スリッパ、お水のペットボトル、お茶菓子まで《さんふらわあ》のオリジナルグッズということです。お茶菓子は船の形のクッキーですよ。かわいらしいなあ。
 極めつきは、歌。船内でも度々流れていた「さんふらわあの唄」ですが、一回聞いたら忘れられない歌詞とメロディです。関西圏に暮らしているからなのか、印象的なCMソングを耳にすると、つい、作曲者は誰なのかということが気になる。「もしや、ばんばんさんかな」「浪花のモーツァルト、キダ・タロー先生かな」なんて。
 調べてみると渋谷毅さん作曲ではないですか。渋谷さんといえば私にとっては「くじらのとけい」の方でもあります。子どものころからずっと歌っていますよ。
 子どもたちは「さんふらわあの唄」がいっぺんで気に入ったようです。旅から帰ってきても今なお、時々くちずさんでいますし、テレビでCMが流れると速攻歌っている。この原稿を書くのに公式チャンネルで「さんふらわあの唄」を聞いていた今この時も、娘、息子が「あっ!」と言って、パソコンに近づいてきましたから。この分だとこの子たちは10年経っても、このフェリーに乗ったことは忘れないでしょう、効果は絶大です。


朝日を浴びるさんふらわあ

 さて。翌朝、別府港で下船した私たちはひとまず、別府と言えばの《地獄》を目指しました。
 娘は修学旅行で、夫も昔仕事仲間と来たらしいのですが、私と息子にとっては初地獄です。「地獄ってなんだよ、イヤだよ」と何にでも警戒する小学生の息子はごねるのですが、「あんたにぴったりのとこだよ」「悪いことしたひとが行くところなんだから」と横に座っている姉が脅しにかかり、車内でわいわいしているうち、あっという間に、もうもうと湯気の立ちこめるエリアに近づいてきました。
 驚きの光景です。街全体が蒸されているではありませんか! 鉄輪かんなわという地区です。
 あっちにもこっちにも、地獄地獄地獄の看板。これは楽し……いや、怖そう。
 息子は窓の外に「地獄めぐりだって?」「行こう!」なぜか急にテンションを上げいそいそと降りる支度をし出した。一体なにがツボだったのだろう、小学生男子の行動は相変わらず読めない。
 街は歩いているだけでしゅーしゅーもわもわ、道の側溝や蓋のところはもちろん、いろんなタンクやパイプからも湯気がふきだしています。冬なのに、これらの地熱パワーのおかげでちっとも寒くない。面白いなあ!
 寒がりの私たち家族にとって、天然の床暖房が効いているこのエリアは地獄ではなく楽園にしか思えません。蒸し芋や蒸し卵のスタンド、食材を購入して自分で蒸す「蒸し場」、旅館、住宅、小さな商店、博物館、地獄……いろいろなものがぎゅっと集まって素晴らしい魅力を放っている。
 どこか喫茶店でモーニングでもと思い、あるお店をのぞいてみるとあいにくの満席。ですが店主さんが追っかけるように窓を開け、これよかったらつまんでくださいと、ビニール袋に入ったシフォンケーキを私の手に載せてくださったのです。昨日作ったのを、蒸し器で温め直したものなんですけど、と。
 優しい。
 ほわほわの温かいシフォンケーキ、それはそれはおいしかったです。お店の方の雰囲気そのものの優しい味わいでした。
 そうそう、地獄ももちろん行きましたよ。一番気になった《海地獄》。ブルーの大きな池が神秘的だったなあ。なんであんな色なんだろう。赤いのも不思議ですが青も相当に驚きます。地獄蒸しプリンに地獄蒸し豚まんも食べて、満足満足。


これが海地獄

 別府駅周辺も散歩しましたが、こちらもとっても面白かった。竹工芸品店〈山正〉の店主さんと話し込んだり、大正5年創業の〈友永パン屋〉さんには2日連続で通いましたね。散歩の合間のおやつパンに最適でした。お店のなかもお客さんがたくさんいたのですが、お母さんに抱っこされた3歳くらいの子が「ママ、パンどろぼうは、どこ?」と鈴の音のようなかわいい声で不穏なことを言っていたのが面白かった。子どもに大人気の絵本『パンどろぼう』、この子もお家で読んでいたに違いありません。
 さて、今回の九州旅。実はまだまだ続くのであります。目的地は、息子の行きたい場所ナンバーワン、指宿いぶすきの砂蒸し温泉。いざ、南へ!
(次回に続きます)
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