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第10回

旅するおかん、の巻

[ 更新 ] 2023.09.23
 母が久しぶりに東京へ遊びに行くというので、荷造りをするのを横で見ていました。五人姉弟である母の、一番下の弟が両国国技館の秋場所、相撲観戦に誘ってくれたのです。
 「前は黄色い服着て行ったのに、テレビに映ってもどこにいるかわからんかったってみんなに言われたし、今回は普通の服にしよ」と、チェック柄のワンピースを着て、青いワンピースを畳んで風呂敷に包みました。「そうそう、靴下持っていかないと。かかとカサカサしてたら恥ずかしいし」「前に行ったとき、お隣にきれいな芸者さんがきたから、キヨシ(母の弟)が喜んで……」
 荷物を詰めつつ一人でずーっと喋っている。「化粧品は、よし」「お土産は東京ばな奈がいい? それともお相撲さんの大きいおせんべいにする?」「誰のがいい? 遠藤にしようか、男前やし」「あ、水筒は重いからこっちのコロコロ(=スーツケース)に入れよう」
 旅行が好きな母だけど、ここ数年コロナで行けていなかったから、久しぶりの遠出です。せっかく行くんだからいろいろついでに見てきたら? ほら寄席もあるしさ、と言うと「うん、美術館も行きたいしな……」「じゃあ、ちょっとゆっくりしてこよう。ラクだし、ズボンも持っていった方がいいか」ごそごそとまた風呂敷を取り出して、服を追加し包み直しました。
 うちの母は、昔から暇さえあればどこかへ出かけていく人だったので、子ども時代の私や妹はそのお伴で方々へと足を運んだものでした。旅のスタイルは、高級旅館に一泊するお金があるならば、その予算でできるだけ長い旅をしたい派。しかも行き当たりばったりが好き。旅先で出会った人に勧められて、次の目的地を決めたりするのはもちろん、飲み屋や乗りもので偶然隣り合った人と親しくなり、後日その縁を辿ってまた旅に出たりもするタイプです。私は長年そのフットワークの軽さを半分ハラハラしつつ、半分羨ましいと思ったりしながら見てきました。
 そんなこんなが、最近はコロナ禍で旅と縁遠くなっていたせいもあるのか、近頃のおかんのようすに変化が。喋っていても、暮らしぶりを見ていても、判断力、決断力が人並みペースになってきたことに気がついたのです。さらに、1日中歩き回っても平気だった体力も、緩やか~に私たちレベルに近づいてきたようにも見受けられます。これは年齢を重ね落ち着きが出てきたってこと? もしくは刺激不足か?
 ようやくパッキングも終わり「まだ麦わらの帽子で良いかな、暑いし」と言うおかんに、いいと思うよ、ほんとにまだまだ暑いもんと返しつつ、京都駅まで車で送っていくことにしました。
 「じゃ、行ってきまーす!」
 はーい、気をつけて、楽しんできてね~!

 みなさんは荷造りって、面倒くさいと思うタイプですか?
 私はかなり好き。相当わくわくすると言ってもいい。うちの子どもたちが小さいときは私のパッキングは後回しにして、とにかく子どものものを手厚く準備するということが体に染みついてしまっていましたが、息子(小学5年生)もようやくぐずぐずしながらも自分で準備できるようになってきたので、こちらも最後の点検さえ怠らなければ良い状況になった。今は自分の荷造りを大いに楽しめ、過不足なく準備できる余裕ができた。実に喜ばしいことです。
 洋服と靴の組み合わせを考え、バッグはいつものものに加え、両手を開けられるよう小さなポシェットを必ずひとつ、エコバッグもひとつ。ちまちま蓄えた化粧品のサンプル。お気に入りのコーヒーのドリップパック。本は何にしようかな……。
 そうそう、うちの母も使っていますが風呂敷って便利です。私は最近ごく薄手の綿のストールを風呂敷がわりにして洋服を包んでいき、旅先では防寒として持ち歩くようにしています。こうすると無駄がない。あるいは風呂敷そのものを持っていって、現地でカバン代わりに使うのも悪くない。小分けの包みがいくつかできるとパッキング作業に入ります。お弁当のおかずを詰めるごとく、きゅっきゅっと端から動かないように、そして壊れ物は中程に、などと考えながら入れていくのはパズルみたいで面白いなあ。
 仕事で行く旅、例えば『遠くへ行きたい』の番組などは衣装も自前なので、プラスしてアイロンくらいは持っていくのですが、その他はいつもと同じ。自前は気楽でいいよ。泥がついても醤油がはねても、気にしなくて済むんですもの。
 山に登るBS朝日の番組『そこに山があるから』のときも、着るものから装備品も全部自分で管理です。仕事とはいえ、必要なものは全部自分で持つのが大事。リュックの中身、詰め方も自分が一番しっくりくる位置に収めたいですからね。道中なんでもささっと出し入れできなくては困るので、カッパは一番上、水筒と座布団は両脇、趣味の苔観察用グッズ、ルーペと水スプレーはリュックの腰ベルトのポケット右側、左側には日焼け止めとリップクリーム、など全部決まっているのです。


日帰り登山リュックの中身。ここにおにぎりも追加されます。

 
 ところで出発したおかんですが、30分後 LINEメッセージがきた。
 「指定席いっぱいだったけど、自由席、富士山の側に座れたよ!」
 さすが、旅運ある人です。
 一応5日間の旅の予定ですが、もしかしたら日延べして方々見物してくるかしら。前のように勢いよく活性化して帰ってくるかな。相撲せんべい、誰のを買ってきてくれるかもひそかに楽しみであります。
 旅行はいいね。久しぶりに浮き浮きと出かけたおかん、見送るこちら側も確かに心が浮き立ってくるのを感じました。
 夕方。テレビの相撲中継をつけてみると、うちのおかんの姿はやっぱり見つからず、デヴィ夫人が、真っ赤なドレスを着て観戦されているようすが映っていました。
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