第7回
竹のなかみは? の巻
[ 更新 ] 2023.05.24
庭の一角、たった畳2枚ほどの畑ですが、現在、サヤエンドウ、サンチュ、セロリ、水ナス、ピーマン、オクラ、ゴーヤー、キュウリ、マクワウリ、小玉スイカ、ミニトマト、スミレカブ、ニンジン、パセリ、ネギ、シソ、ルバーブ、カモミールの18種類が育っています。なな、なんと欲張りな! って言われそう。けれど、このうちのいくつかは年越しをしたものとか、前年のこぼれ種から生えて育ってきたもの。加えて収穫も終盤というのもあり、ちょうど春野菜と夏野菜の入れ替わりの時期なんですよね。今一番の大所帯はスミレカブ。30ほど植わっており、混み合ったところを間引きつつ、実を太らせている最中です。
この小さな畑がどたばた暮らしの私にとってはちょうど良いサイズ。カモミールやシソがこぼれ種でわーっと顔を出してきたり、冬のあいだずいぶん食べた春菊が、最後にかわいい花を咲かせてくれたりなんていうのを「おっ!」と発見するのが楽しいのです。最近はミニトマトも1本、芽吹いてきました。気づかぬうちに去年の実が一粒、土に紛れていたみたい。
庭には他にもいくつかの木、カリンや甘夏などの果樹を植えています。この春は花もたくさん咲き、いつも以上にいろんな虫が庭を訪れました。アゲハチョウ、ミツバチにアシナガバチ。賀茂川が近いせいかカゲロウ類や、クモもたくさん。
最も存在感のあるのはまっ黒のクマバチでしょう。思い返せば昨夏もヘチマの花の時季にひっきりなしに訪れていましたっけ。毎日たくさんの黄色い花が咲いていたので、足を花粉だらけにして飛び回っていたのです。ときどき洗濯物にも黄色い粉をつけていったよ。
今年は甘夏の開花と同時に10匹ほどがやってきました。羽音がぶーんと賑やかで、体も大きいので、庭を飛び回っていると他の虫たちがいなくなってしまうほどです。でも見れば実に熱心に花粉を集めて回っているようすで、眺めているうちにずんぐりむっくりとした形も微笑ましく感じるようになってきました。そもそもクマバチは花粉や蜜を食べるハチ、人を攻撃することは少ないのです。むしろ彼らの活躍のお陰で、甘夏がたくさん結実するかもしれません。うしし、いいぞいいぞ。
しかしこのまっ黒君、なんていうクマバチなのか。「クマバチ/黒」で検索すると「タイワンタケクマバチ」という名であることがわかりました。へえ……あっ!? 肩のあたりのモフモフとした毛の部分にダニ、「クマバチコナダニ」なるものがつくと書いてあったのです。しかも乾燥した竹に穴を開け、巣をつくると。竹といえば、わが家は畑に立てる支柱や、物干し竿に、夫の実家の藪から切ってきた竹を使っています。青竹が今はいい感じの茶色系になっている。
あわてて畑に戻るとややや! 気づかぬうちに支柱に小さな穴が開いているではありませんか。
確かに!
ボリボリボリボリ……太さ2センチくらいの支柱にクマバチが取りついて、囓りついています。どこからそんなパワーが湧いてくるのか、アゴの力の強いこと。一生懸命に仕事中で、どれだけ接近しても全く逃げる素振りはなく、休まずボリボリ竹を囓っています。
ほら、上手に穴を開けました。
背中のモフモフにダニの姿はないかとじーっと観察しました。でも目視ではわかりません。このダニは人家など室内で活動できるものではないとも書かれていましたが、本当かしら。ボリボリ音は絶え間なく聞こえ続け、あっという間に頭が穴の中に入り、そのまま穴の縁をかじり続け、そのうち全身が竹の中に入れるほどになりました。どうやら巣のいっちょ上がり、のようです。
困ったな……。家の裏には立てかけたまま使っていない竹がたくさんあります。そちらの方へ見に行くと、やっぱり穴の開いた竹がいくつか見つかりました。乾燥しすぎて縦に亀裂が入った竹、細すぎる竹には穴は空いていません。賢いなあ。
それ以降も毎日観察していると、クマバチたちは節間(節と節の間)にひとつの穴しか開けないこともわかってきました。一節間が一室なのか? 他人の部屋には入らない。ルールを守っていてえらいなあ。うちの息子とおおちがいだ。
とか言っている場合ではありません。支柱にはどんどん穴が開いていきます。そうこうするうちに畑にはカモミールも咲き始めました。エサの調達もすぐできるここをマンション化しようとしているのか。ハチの数は一向に減らず、毎日穴は増えていくばかり。
甘夏の花が一段落しようとしています。クマバチは基本穏やかな性格だとは言われていますが、ここまでたくさん来られると、いろいろとやっかいなことが起こりそう。かといって薬剤に頼りたくはありません。なんとか穏便に出ていってもらう手はないか、模索をはじめました。
そう言えば、いつもお世話になっているヘアメイクさんが以前、ダミーのハチの巣を作ってアシナガバチを追い払ったことがあると言っていたのを思い出しました。確かガムテープをぐるぐる巻きにして作ったとか。なんでも、怪しい巣があると「ここは剣呑だ」と去っていくのだそう。
家のなかを探してみると、紙製ガムテープは見つかりましたが、布のガムテープはありません。ぐるぐる巻きにするなら布製のものでないと、巻き終わりから剥がれてきてしまいます。そこで私は緩衝材を用意、茶色のクラフト紙で巻いて、紙の巻き終わりをガムテでとめることにしました。これだって茶色だし、似たようなものだろう。なんとなく紡錘形にして、上には輪ゴムをつけ、竹の支柱にぶらさげる。洋梨を二回り大きくしたようなできあがりです。
さて、次の日の朝。
クマバチたちがいつものようにどこからともなく現れ、竹を囓りにやってきました。支柱に留めたダミーの巣は、春のそよ風に揺れている。
はっ! クマバチたちが、ダミーの巣の周りを飛びはじめました。これは何だと警戒しているように見えます。よーし、いいぞ。私はわくわくしながらクマバチの行動を見守りました。
ところが、30秒も経たぬうち、クマバチは各持ち場に行き、何ごともなかったかのように竹を囓りはじめたのです。なんならダミーにもとまる。なぜだ???
ちょうど休みの日で家にいた子どもたちに、「ねえ、あれどう思う? ハチの巣作ってみたんだけど」と支柱の方を指さしました。
高2の娘は「ぷっ」と吹き出しました。「え、あれハチの巣なの?」 小5の息子も「ケケケ!……紙袋にしか見えないよ!」そう言うのです。
「お母さん、クマバチに悪いよ、私がハチならばかにするなと怒る。あんなの見せて恥ずかしくないの?」
いつもは小競り合いをしてばかりいるふたりの子が、冗談やめてよとばかりに私の作ったダミーハチの巣を指さして仲良くお腹をよじって笑っている。
「うちの家の入り口にゴミをぶら下げないで、って怒るよー」
ぐぬー。試しに作ってみただけだよ、これはテストなの、テスト!
竹にぶら下げたのが試作品であります。
「本番のやつはいつ?」「だいたい風に吹かれて揺れてるハチの巣なんて、おかしすぎるよ」「輪ゴムって言うのがヘンなんだよ、ぶらぶらするじゃん!」
じゃあ、理科の先生にアドバイスもらってきてほしいんだけど。
「やだ! あれ持っていくの? 罰ゲームか」「無理無理!」
完全に、おかんのことをばかにしてくれています。もー、腹が立つなあ。いつか子どもたちとクマバチたちに参りました! って言わせたい。私は心に決めたのであります。
と、夫が横から「ハチノス、って太字で書いといたら?」とにやにや顔で提案しました。