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第4回

どうして列車旅に惹かれるのか、の巻(前編)

[ 更新 ] 2023.02.22
 しばらくぶりに旅に出ました。ぽっと空いた三日間、私、娘、息子の三人旅。行き先は三重県伊勢志摩です。たまたまだけど「三」が揃って良い感じ。
 地理を勉強し始めた息子が「近畿のなかでまだ行ったことのない三重県は、どんなところ?」と言うのでガイドブックを買いに行くところからスタートしました。
 うちの息子、小学生男子の愛読書は『ドラえもん』『オバケのQ太郎』『どっちが強い!?』や『科学漫画サバイバル』シリーズなど新旧問わずマンガ一辺倒なのですが、さすが本人の発案だけあって伊勢志摩のガイド本には興味津々。珍しくまじめな顔で読み込んでいます。後ろからのぞくと「これうまそう~」「おみやげはこれだな」などとぶつぶつ、にやにや。おっさんか。
 2月ということで道中積雪の心配もあり、列車の旅にしようと決めた。なにしろ京都~三重間は伊勢志摩まで近鉄特急が走っておりますし。
 ちなみにいつもの旅行はクルマ移動が基本です。というのはみんながみんな「充実した旅にしよう」という目論見から、山のようにお楽しみグッズを運ぼうとするため。朝は美味しいコーヒーを飲みたい、日中は行く先々の名産品を食べるのにミニ包丁、カセットコンロに鍋釜、お皿が欲しい。夜はぐーたらしながら本を読みたい、お気に入りのぬいぐるみも連れて行ってやりたい。バドミントンやなんならテニスのラケットも念のために。フリスビーも。最近はモルックも始めるし。もしかしたら急に「やる気が出るかも」ということで宿題や原稿書きの資料もどっさり(こればかりは役立ったためしがない)。まあとにかく欲ばりで、欲深いのね。
 でも今回はそういうのはなしにしました。旅は潔く(なんてどの口で!)。
 近鉄窓口に偵察に出かけると〈まわりゃんせ〉なる観光周遊パスがあるのを発見しました。往復特急乗車券に旅行期間中の電車バス乗り放題、伊勢志摩の22の施設に入場できるフリーパスつき。ええっ! これって、誂えたように私たちにぴったりの商品ではないか。抑えていた欲ばり魂がむくりむくりとふくらんできます。駅員さんからは3人以上は2階建て車両ビスタカーの1階サロンシートがキープできるという親切なアドバイスもいただき、じゃあぜひそれを、と意気揚々の事前購入です。


ビスタカーは4両編成、中2両が2階建て。

 切符とパンフレットを見せられると息子はさらにテンションを上げ、またガイドブックの地図を広げつつ、お目当ての場所をチェックし始めた。「やっぱ船は乗りたいな」「かわうそもいるのか」「あっ、パークゴルフがあるよ」。
「ゴルフはイヤだ」。おっ、脇から急に娘が口を挟んできました。「棒でボール叩くのなんてつまんないよ、賀茂川でできるじゃん」「賀茂川はゴルフできないよ」「テニスボール転がしとけばいいんじゃない」「そんなのできないよ、ボールの入る穴もないし」……不毛な会話が続きます。「お姉ちゃんやりたくないようー」って、娘よ、キミのへそ曲がりの弟は煽れば煽るほど、そっちに気持ちが向かっていくのを忘れたのかい?
 出発の朝。前日からの出張終わりでそのまま駆けつける私は、子どもと京都駅地下伊勢丹口で合流しました。待ち合わせ場所では、普段はちょっとしたことで常に揉めている高1女子と小4男子が、青いバッグに青リュックでカラーを揃え(偶然でしょうが)、姉は弟を気にかけつつ母を待っています。凸凹だけど不思議に調和しているふたりの姿。大きくなったなあ〜と朝からしみじみする光景を見た。これからもそんなでいてくれ。
 近鉄ステキ! ビスタカー1階は、ヨットのキャビンをイメージしたという濃い青のシートのグループ席でした。厳密に言えば個室風でドアこそないけれど、乗降口から階段を降りていく設計と、カーブを描くベンチシートが大きなテーブルを囲む仕様で、非常にくつろげる空間。近鉄特急は昔からいろんなデザインがあってシート配置も個性的、遊び心があるなあと思っていましたが、旅情をかき立てるこのデザインに親子揃って感心しきりであります。


旅の期待も高まるってものです。

 息子のリュックにはUNOとトランプが入っていて、修学旅行のようにカードゲームで盛り上がった後お昼ごはんを食べました。駅で買い求めた思い思いの弁当を、おすそわけしながらゆっくり味わう(おかずの交換を断固拒否する夫は今日はいません)。あ、車窓の景色も楽しもう。移動中、子どもたちとのんびり向き合えるなんてクルマ旅ではできないこと。新鮮で、いいじゃんいいじゃん。これだけでもすでに非日常感満載だ。
 列車内でのお弁当といえば、私の大好きな絵本に『ペンギンきょうだい れっしゃのたび』というのがあります。工藤ノリコ作。「だるまさんべんとう」も「フルーツサンドイッチべんとう」も「タコさんオムライスべんとう」も、みんなみんなおいしそう。ペンギンの3きょうだい、おねえちゃん、ペンちゃん、ギンちゃんがリュックを背負って、子どもだけでおばあちゃんちに行くお話。しっかりもののお姉ちゃんが弟たちの面倒を見ながらどきどきの列車旅をする様子に、かわいらしいと思いつつ手に汗握り、最後はホロリとしてしまうのでした。何度読んでも目尻に涙が浮かんでくるのは、かつて自分も同じ経験をしているせいです。これこそは私のために描かれた絵本。そうにちがいないと思って読んでいました。
 ちなみに工藤さんとは縁あって直接お目にかかる機会があり、このお話をしたところ、「これ、私の体験談なんですよ」っておっしゃったので、一緒!! ってすごく盛り上がりました。しかも、工藤さんの田舎と私の田舎がたった一駅しか離れていなかったという奇跡のような事実も判明。しかも双方同じ山形県なんですよ。あれはびっくりしたなあ。タイムマシンがあるなら小4の時の自分に会いに行き「将来、すばらしい本に出会えるよ」って教えてあげたいものです。
 さて、車窓はいつの間にか山々が迫りくる景色になりました。三重県に入ったようです。冬枯れに、ほんの時々蝋梅や紅梅、水仙などのやわらかなパステルカラーが混じる。見知らぬ駅、見知らぬ家々、見知らぬ小川を越えていく。京都を出て、遠くへ遠くへ運ばれていく私たち。
 目的地は鳥羽。海の見える宿に泊まります。
 さあ、私たちに何が待っているでしょうか? 次回もお楽しみにね。とアニメの予告編調。
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