第12回
大山に行く・後編 心奪われて、の巻
[ 更新 ] 2023.11.22
登山口近くの南光河原駐車場は早朝にもかかわらずすでに車でいっぱい。しかも、ほとんど人の姿はありません。もうみなさん紅葉目がけて出発したようです。大山の人気ぶりはすごいなあ……。ぴーんと冷え切った空気の中、準備体操を念入りにし、靴紐を締め直し、仕上げは石ころをひとつ拾ってリュックに詰めて。さあ、私も出発!
大山は、いつか登ってみたいと思っていた憧れの山。
中国地方の最高峰。伯耆富士という別名も持つ、日本百名山のひとつに数えられている山で、弥山や剣ヶ峰を含む山地の総称。なだらかな斜面とボリュームが富士山のように見える西側からの眺めも素敵ですが、北側の姿は屏風のような岩壁がそそり立ち、めったやたらと登ってくるんじゃないよとでも言うような気迫に満ちている。聞いたところによると、この山は古来信仰の対象になっていて、明治時代までは一般者の入山は禁止されていたという歴史があるんだとか。そういう話も、ああなるほどなと思わせる、堂々とした佇まいの山です。
北から見たこの様子が実に格好いいなあと以前から思っていて、10年ほど前、家族で鳥取を旅したときにも海岸沿いを走る車の中から「ほえー」と感心、仰ぎ見ていたのでした。今回その登山がロケでついに叶うことに。やった!
目指すのは標高1709メートルの弥山山頂。往復のコースタイムはおよそ5時間。番組2本分を撮影しながらだとプラス3、4時間はかかります。登り始めて30分後、山の端からぐんぐんとお日さまが顔を出し、辺りを照らし始めました。空気が澄んでいるからか、日ざしが強いなあ。途中、視界が開けるポイント〈元谷〉では赤や黄色の木々に縁取られた北壁の美しさに目をみはり、その後標高1000メートルを越えると徐々にブナの木が増え始めました。
ブナ。白灰色のきめ細やかな樹皮が特徴的な落葉広葉樹です。私の大好きな木。森のダムの役割を果たすと言われている樹木です。たくさんの葉を茂らせ、落葉が地面をふかふかにし、そこにたっぷりと雨水が染みこんで山が潤うんだそう。西日本最大級のブナ林(広さは約3000ヘクタール。ちょっと想像がつかない)が、ここ大山にあるということで、今回の私のお目当てのひとつになっていました。おお、天に向かって悠々と枝を広げ、色づいた葉が辺りを黄金色に染めています。大きいなあ! 見上げると首が痛くなるくらい、そんな大きな木々が奥へ奥へとずーっと続いているのです。なんて素敵なんだろう。素晴らしいとしか言いようがありません。
いつまでも歩いていたくなるブナの道。
昨日はえらい目に遭ったけれど、今日はもう、願った以上の最高の1日ではないですか。
そう、前回の主役となった盗難防止タグは、宿泊ホテルの客室洗面台で水没させて、一晩放置しましたが、水中でもくぐもった音で弱々しくもしぶとく鳴り続け、なんと朝まで命を繫いだのでした。ここまで頑張ると憎さを超えて感心するばかりです。始末に困り途方に暮れた私は、登山口に向かう車の中で番組スタッフの方に訳を話してブツを託し、送付元に「やむを得ずこちらで処分しました」とメールを送って一件落着としました。なむなむ(後日、お店からはお詫びメールがきました)。
ブナの樹林帯を抜け、背の低い木々の間を抜け、岩をよじ登り、途中途中で振り返って色づいた山腹や日本海を見下ろしながら休憩して。一歩一歩進むたびに景色が変化していくことの楽しさよ。これが山だよ。土の香りも、倒木を覆う苔の柔らかさも、どんどんと雲が流れていくようすも、雲を眼下に見ることも。自分の足で行くからこそじっくり味わうことができる。格別の面白さがあるんだよねえ。
標高1600メートルまで来ると、全く違う景色が現れました。環境としては亜高山帯のエリア、辺り一面濃い緑のじゅうたんです。みっしりと、ダイセンキャラボクという木が生え広がっている。風雨や積雪の重みにも耐えられるように、横に横にと幹が伸び枝を絡め合うようにして周囲のキャラボクたちと一体化しているようなのだけど、なんでしょうこのスクラム感。あまりにも堅固。「だーれも入れませんよ!」「絶対入れませんからね!」って、態度で示しているようなのです。ずーっとずっと連なっている緑。一本の木がどのくらいの面積をまかなっているのでしょう? そして、代替わりはどうやってなされるのでしょう? 気になることは多いのです。このキャラボク群落は日本一の広さを誇り、国の天然記念物に指定されているんだって。
山頂はあいにくガスが出ていて眼下の景色は望めなかったけど、途中途中で日本海も見られたし、何より荒々しい北壁を間近で見られて大感激。しかも、下山時にはブロッケン現象という、虹の輪の中に自分の姿が映るという面白い現象を体験することもできました。
これが大山の北壁。かっこいい……。
ちなみにお昼は地元の郷土料理「いただき」というものをいただきました。これは大きなお揚げを袋状にし、炊き込みごはんの材料を入れ、お出汁で炊いたもの。ほんのり甘い醤油味で、おいなりさんよりも味の一体感があり、とっても美味しい!
それと、駐車場のところで拾ってリュックに入れてきた石。こちらは山頂手前の山小屋のところにスペースがあって、そこに置くようになっていました。「一木一石運動」という、大山の環境保護活動に役立てられるようです。
大きい山と書く大山。山のスケールと同じだけの秋景色を堪能しました。