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第272回

猫やうさぎやゾンビ。

[ 更新 ] 2023.12.10
十月某日 曇
 マーケットまで、食料品の買い出しに。
 帰りに公園の中を遠回りし、いつもは通らない道を通ると、大道芸のおにいさんが、二メートルくらいの高さの一輪車に乗ったり、ジャグリングをしたりしている。
 見物人との軽妙なやりとりなどをぼうっと眺め、十五分ほどの実演をすべて見終わり、空を見上げると、昨日までよりも秋めいた高い空になっており、鰯雲がうすくかかっている。
 さらに歩き、広場までくると、地区のお祭りの神酒所が広場の一角に設置されており、法被姿の人たちが何人もいる。いつも買い物にゆく近所の八百屋のおじさんも、法被を粋に着こなし、立ち働いている。
 八百屋さんだ! と、心の中で叫ぶと、まるでその声が聞こえたかのように、おじさんはこちらを向き、手をふってくれた。
 先月、先々月の、トラブルと五十肩で弱った心身が、めきめきと回復してゆく心地。

十月某日 雨
 同居人がしばらく旅にでるので、家に一人。
 旅先で食べた食事の写真をラインしてくるので、自分も対抗せんと、料理の皿への盛りかたや食器の選択にせいいっぱい気を配り、さらに、いつもは使っていないランチョンマットなども登場させ、写真に撮ってみる。
 たしかに、ランチョンマットはいい感じだし、食器も、ふだん使っているスーツカンパニーのおまけでもらったプラスチックのマグや居酒屋の景品の皿などにくらべ、多少凝ったふうにはなったが、盛ってあるのがいつもの適当な料理なので、もくろんだような「ステキな食卓」には、ぜんぜんなっていない。
 それでも、常とことなる行動をした自分はなんてえらいんだろうという自慢の気持ちで、同居人に写真をラインする。
 しばらくしてから自分の写真を見返すが、やはり「ステキ」ではない。でも、自己満足しているから、大丈夫だ。

十月某日 晴
 同居人に朝昼晩の食卓の写真を送りつづけて三日め。
 すっかり飽きて、いちばん手間のかからない朝食の写真を撮るだけとなっている。
 それも、送り忘れて、一日が終わる。

十月某日 曇
 美容院に行く。
 担当の美容師さんは、ジムのダンスの教室に通っているそうなのだが、十月の最終レッスンがちょうどハロウィンの三十一日で、その日はみんなで仮装をすることになったのだと言う。
「仮装したまま、ダンスするのですか?」
「そうなんです」
「では、重たい仮装は、だめですね」
「悩みます」
「で、どんな仮装か決めたんですか?」
「ゾンビメイドにしようかと」
「ゾンビでもなくメイドでもなく、その両方?」
「そう、髪にレースのカチューシャをつけて、顔は青っぽいメイクで」
 とのこと。ゾンビメイド。自分もやってみたいと一瞬思ったが、自分がやると、ほんもののゾンビにみえてしまい笑えない可能性があることに思い至り、不承不承、諦める。

十月某日 晴
 ハロウィン当日。
朝八時ごろ、落葉をはいていると、ハロウィンの仮装をした高校生くらいの数名が、楽しそうに歩いてゆく。たぶん、近所にある自由な校風の私立の高校の生徒たちにちがいない。
 うさ耳のカチューシャをつけた男の子、猫のしっぽをつけた女の子、顔をまっ白にぬったゾンビの男の子、峰不二子ふうの女の子、映画『ジョーカー』そっくりの不穏で凝った扮装の男の子、などである。
 今年のはじめは、まだマスクをつけ、集合も忌避するように推奨されていたのが、ずいぶんと開放的になったのであるなあ、と、しみじみ思いながら、遠ざかる猫のしっぽやうさ耳のカチューシャを眺める。
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