
第269回
オートミール柔媚。
[ 更新 ] 2023.09.11
オートミールクッキーを焼く。
このごろ、はまっているのである。
なんとなれば、作り方がたいへんに簡単なうえに(自分で発明したので、必然的に簡単になる)、味つけを自分の好みに仕上げられるからだ。
そもそも、甘いものをほとんど食べない。というか、食べたいものは、酒の肴になるものだけである人生だ。
甘いものを酒のアテにする洒落た文化があることは知っているが、塩辛・干したイカ・明太子・枝豆・漬物などの、塩分過多な食品で酒を飲むことしか好きではない昭和の人間なので、酒と一緒にチョコレートやドライフルーツやあまり甘くないクッキーなどを口にすることは、年に0.5回くらいしかない(飲み屋で同席している友人が食べているのを半分わけてもらう、など)。
オートミールのクッキーの材料は、オートミール・粉末オートミール・卵・牛乳・砕いたナッツ・パルメザンチーズ・塩・胡椒。
これまで、オートミールを塩系の味で煮て食べることはしばしばあったけれど、クッキーにするという発想をもったことはなかった。そもそもクッキーというものを焼いたことも、今まで五回くらいしかない。
ところがある日、天啓のように、「それらをまぜて焼けば、晩酌のつまみの炭水化物要員になる」という言葉が、明けがたに見ていた夢の中で響きわたり、試しにと作ってみたら、大当たりだったのである。
夢のお告げに感謝しながら、晩酌のお供に、焼いたばかりのオートミールクッキーを二枚食べる。

七月某日 晴
ところで、夢のお告げでは、オートミールクッキーの材料の分量は、具体的には何も示されていなかった。
最初に焼いてみた時には、水分が多すぎて、すべてがオーブンの天板の上で流れ混じり、巨大なクリーム色のスライムのようなしろものが焼きあがった。冷めてから切り分け、食べたが、たいへんに湿っぽかった。
次に焼いたものは、水分量はちょうどよかったが、ナッツを入れすぎたので、翌日顔に何個も吹き出ものができた。
三回目に焼いたものには、卵を入れ忘れ、粉と液体をまぜて焼いただけの質素で素朴なものとなった。
そのように試行錯誤しつつ、どれもおいしく食べつつ、最終的に無敵のレシピを確立したのが、現在の自分である。
昨日焼いたものが、ことにうまくできたので、近所に住む友だちのところに、少しだけおすそわけ。
七月某日 晴
オートミールクッキーをおすそわけした友だちから、LINEがくる。
「昨日は、ありがとう。ところで、これって、食べるクッキー?」
と、ある。
「食べるクッキーじゃないクッキーって、何? 食べてくださいな」
と返すと、すぐに、
「はかり知れない未知のふにゃふにゃしたものだね。食べるんだ……。ありがとう!」
との返事が。

七月某日 晴
肩が痛くて、腕が上がらない。
これが噂の五十肩というものかと、おびえる。
おびえながらも、現実から目をそむけるべく、オートミールクッキーについて、考えつづける。
夕飯に、オートミールクッキーを二個。やはり、おいしい。
しかし、近所の友だちの指摘のとおり、たしかに、ふにゃっとしている。
クッキー、という名で呼ぶから、クッキーというものの概念にくらべて「ふにゃ感」を感じてしまうのだと思いつき、違う名前で呼ぶことに決める。
ちびちび晩酌をしながら、最後に、
「オートミール
」
という名を思いつく。
ちなみに、「柔媚」とは、「ものやわらかでなまめいたさま」という意味。
なかなかいい名前だと自負しつつ、食品の名前としてはいかがなものかという反省も。
肩と腕の痛み、おさまらず。