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第6回

おすもうさんの「親方株問題」から「高齢者の再雇用」について考えた その③

[ 更新 ] 2023.12.28
40代、50代の頃から定年後の労働条件を考えておく

 しかし、高齢者の雇用問題の大元をたどれば、そもそも私たちはどうして高齢になってまで働かないとならないのか?である。
 親方だって65歳も過ぎれば早起きは辛いし、本場所の朝9時~夕方6時までの取組、およびその片付け、なんてのを15日間ぶっ通しでやるなんて辛いはず。弟子も大勢育てたし、もう後はのんびりしていたいのが正直なところだろう―――年金さえしっかりもらえるのならば。
 でも、そうはいかないのが今の日本。2021年には働く高齢者は906万人と過去最高を記録したそう(総務省統計局調べ)。
「日本の社会保障制度が貧弱で、年金制度が崩壊しています。望ましいのは現役世代でがんばって働いて、もし老いて身体を悪くしたら、僕自身もそうですけど、病気をすることは当然ありますから、そうなったときは社会が支えて、無理に働かないでも安心して生きていける制度があるべきです。なのに政府はさらに制度を崩し、若いうちに老後の資金を2千万以上貯めておけとか自己責任にしています。ヨーロッパでは年金の切り下げなどが行われると、町ごと火だるまになるような大規模がデモが行われたりするじゃないですか。日本も持続可能な社会保障制度を再構築することが、何よりも重要な政策課題ですよね」

 実は鈴木さん、少し前にたいへんな病気をされた。そのリハビリ中にお願いして、お話を伺ったのだ。どんな人も、誰でも、病気をすることがある。けがだって、起こりえる。今日は元気でも、明日は誰にも分からない。なのに今の日本では、それを乗り越える社会保障制度がぜい弱だ。年を取り、身体のあちこちが悪くなっても、その重い身体をひきずって働かないとならない。真夏の工事現場の前で交通整理をする高齢者、真夜中のスーパーで重たい台車を引きずって品出しをする高齢者などを、私は大勢見てきた。老老介護という言葉があるが、ホームヘルパーの平均年齢は54,4歳、4割が60歳以上だという。
 私は今58歳だが、身体の続く限り何かしら働きたいと思いながらも、すでに身体のあちこちが痛くて重くて、とても60、70を超えて今のように働ける気がしない。なるべく身体が動く間に死ねたらいいと、毎日思っている。引退とか、老後とか、まったく見えない。今、再雇用制度を使う親方たちだって、よもや自分が65歳を過ぎても働いているなんて、現役力士として土俵でスポットライトを浴びている頃、思いもしなかったろう。

 それじゃ、鈴木さん、私たちが今できることは、やるべきことはなんでしょうか?
「60代になる前、50代、40代の頃から定年後の労働条件をどうするか? 交渉を積み重ねる必要があるんです。これは労働組合としても力をいれていきたいところで、すでに取り組みをしています。集団の力でやっていくしかないですね」
 天龍のように、ですね。
「もちろん、もっとも大切なのは私たちが大きくまとまり、政治的に強い力を持って雇用について、社会保障制度について、声をあげ、影響を与えていくことです。いつだって誰だってガンや脳疾患などたいへんな病気をします。たとえそうなっても安心して暮らしていけることを前提に労働や仕事は考えていかなければならないと、病気をして身に染みて感じています。日本には今それがありません。非常に暮らしにくい社会ですね」

     

 仕事を「作る」ということも大事

 働く私たちがまとまり、みんなで声をあげていく大事さを、病を得たことでさらに感じたと鈴木さんに言われ、私は再び考えた。自分の働き方をしっかり見つめ、どうしたらこの先、60歳になっても、70歳になっても、安易に「早く死にたい」なんて考えずにおられ、安心が得られるのか? これまでなんとなくイメージだけで遠ざけてきた労働運動を、私はもっと真剣に考えるべきだよな。

 想像する。もし70歳の私がスーパーで働いたら? バックヤードで足をつるっと滑らせて転び、大けがをしたりするかもしれない。実は1千人あたりの労災発生率はいちばん低い30歳前後にくらべ、70歳前後では男性で2倍、女性で3倍にもなるという。墜落、転落、店頭の事故が高齢になればなるほど増える(「朝日新聞」2022年10月14日記事より)。

 しかし非正規雇用ではなかなか労災申請をするのがためらわれたりして、我慢して、その権利を行使できなかったりするかもしれない。一人、悶々として我慢をしてしまったり。私のようにフリーランスだったり、非正規で働く労働者は、自分の権利を声にするのは難しい。

 そして―――大相撲の世界では、実は鈴木さんが影響を受けた「春秋園事件」のもっと前、明治44年にも「新橋倶楽部事件」というのが起こっている。これは報酬制度の改革を求め、おすもうさんたちが「新橋倶楽部」という演芸館に2週間にわたって籠城し、ストライキを行った事件である。「春秋園事件」は失敗に終わったものの、「新橋倶楽部事件」では修正案を蹴り、徹底的に闘い、そうこうするうちにストライキするおすもうさんたちを応援する仲裁者たちが現われて当時の相撲協会と交渉し、現在にも通じる月給制度の基ができたんだそう。おすもうさんたちがちゃんと生活できるように、自分たちのチカラで報酬制度を変えた。団結し、使用者側と闘うことで、生活を守り、ひいては大相撲という文化も守り、今も私たちが楽しめている。
 もし、当時のおすもうさんたちが「団結とかそういうの、ダッサいよね」とストライキをせず、まともな報酬を受けられず、「すもうでは生活していけない」と次々に辞めてしまっていたら? 今、大相撲という興行は存在せず、ああ、私の人生はなんて真っ暗だったろう! ありがとう、新橋倶楽部事件で闘ったみなさん、私の人生に白鵬がいなかったら、とっくに人生をあきらめていました!

 ちなみに大相撲界の親方株が足りない問題、現実的で早急な対策ってありますかね?と、最後に鈴木さんに聞いてみた。
「委託の仕事を増やす、というのはありますね。たとえばですが、トレーナー的な仕事を部屋ごとに設ける。それを相撲協会が委託するなどのように」
 おかみさんが無償で担ってる部屋のケア労働も、委託で引退したおすもうさんを雇って、やってもらえればいいですよね?
「大相撲界で必要とされている仕事はよく見渡せば、たくさんあるはずです。大相撲は人気の上がり下がりはあれど、今も必ずテレビ中継される日本の一大エンターテインメントですから」
 ほんとに! 仕事はある。いや、仕事を作っていけばいいんだ。涙を飲んで去っていく人気力士を放置せず、また待遇を下げることばかり考えず、みんなで一緒に知恵をしぼり、より良い労働環境を作っていくって方向に考えたい、大相撲も、そして私たちも。なお、好角家のぼやき的に言えば、「年寄株制度ってなくせばいいんですよ」が、まぁ、ベストだよね~。ああ、そして、高齢者が働かないで済むよう社会保障制度を再建することこそがもっとも大切だ。政治は、何をおいてもそれをやってくれなきゃ!    
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