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第9回

受け取って、渡していく  小田原のどか

[ 更新 ] 2024.08.08
「あなたのフェミニズムはどこから?」との問いかけをもらい、書きたい、書けそうだということはいくつもあった。今年3月に亡くなった父のこと。父の死体から漂ったにおい。父がいなくなってようやく、大きな物音におびえなくてよくなったこと(離れて暮らして20年も経つのに!)。『新機動戦記ガンダムW』リリーナ・ピースクラフト、『もののけ姫』エボシ御前、私の初恋の女性たち。男性目線で造形された彼女たちが体現する「近代」と「平和」、その輝かしさと尽きない悲しみ。彫刻を学ぶ現場での経験。

 法律上の夫である人物との不思議でおかしな日々。生まれた街・仙台の、無数の裸体彫刻。結婚よりも生涯続けられる仕事を持つことの尊さを説き、銀行員から教員に転じた祖母が、中学校に入学した私に贈ってくれた、ネーム印付きの美しいボールペン。わたしのはんこは名字がなく、「のどか」と名前だけ。いとこは男の子だから、フルネーム。

 どれもかけがえのない、わたしをわたしたらしめる断片だ。順序よく並べれば、それなりに見栄えのよい物語になるのかもしれない。しかしわたしは生来の天の邪鬼であるので、まったく別の方法で書いてみることにする。

すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。

 世界人権宣言第一条だ。第一条はこのあとに、「人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」と続く。「同胞の精神」の原文は「spirit of brotherhood」である。brotherhoodからこぼれ落ちる者のなかに、わたしもいる。

「人および市民の権利宣言」(Déclaration des Droits de l’Homme et du Citoyen)が男性のみを権利の主体とすることを受けて、オランプ・ド・グージュは「女性および女性市民の権利宣言」(Déclaration des droits de la femme et de la citoyenne)を書き、メアリ・ウルストンクラフトは『女性の権利の擁護』(A Vindication of the Rights of Woman)を書いた。

「吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ」と読み上げられた、日本初の人権宣言と言われる1922年の水平社宣言もまた、「兄弟よ」という男性に限定した呼びかけから始められた。西光万吉らによるこの水平社宣言の翌年、阪本数枝が婦人水平社設立を提案し、可決される。今年3月には部落解放同盟から、水平社宣言が「ジェンダー意識に問題」との見解が初めて示された──。

 かような連なりの歴史に、いまこの瞬間も励まされ続けている。わたしはひとりではなかった、まだこの世界で生きていける。そう感じる。たくさんの彫像が打ち壊され、新たにつくられ、題を変えられ、忘れ去られ、またつくられてきた。それは人間の欲望の発露であるとともに、可変性のあらわれでもある。人の手でつくられたものに、絶え間ない検証と訂正が加えられる。連綿と続くその営みに、わたしも加わりたい。

 美術大学で近代彫刻史を教える際、ロダンからも荻原守衛からも始めない。この国の労働法の話から始める。労働基準法第6章に基づき、年少者労働基準規則 (年少則)、女性労働基準規則 (女性則)は、人力による重量物の取り扱いを規定している。

 厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」では、満18歳以上の男子労働者が取り扱う物の重量について、「体重のおおむね40%以下」に努めるよう明記される。女性においては、妊娠中および産後1年の重量物運搬は禁止され、満18歳以上の女子労働者については、「男性が取り扱うことのできる重量の60%位まで」に留めることが義務付けられる。

 制限を超える重量物を取り扱う場合には、必ず2人以上で行うことが「職場における腰痛予防対策指針及び解説」で定められ、「適切な姿勢で、身長差の少ない労働者2人以上にて行わせる」ようにと明記されている。なお、ここには、医療や介護現場などで人を抱える作業は含まれていない。

 法律の条文を目で追うと、女性/男性の二元論に終始することにうんざりする。しかしそもそも、なぜ、人力で運搬できる重さを定めるのか。労働に関する細かな法律があるのはなぜなのか。それはすべての人間が生まれながらに自由で、奴隷ではないからだ。労働者には使用者から逃れる自由が保障されている。奴隷労働や強制労働を繰り返さないために、法がある。

 男性のみが権利の主体であったとき、女性は家畜や奴隷のような交換対象だった。明治民法下の「家」制度においては、──いま人気を集める朝ドラでもふれられていたように──女性は無能力者と定められ、自己決定権を奪われていた。

すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。

 この宣言を読むたび、胸に去来するものがある。「生まれながらにして」という条件が不可視化する、生まれてこなかった者たちのことも、考える。それは、2020年版「世界人口白書」が明らかにした、娘よりも息子を極端に好む「男児選好」による妊娠・出産時の偏った性選択により不要とされた大量の生命のことであり、数年前から通っている水俣で向き合わざるを得ない、水俣病の水銀で流産・死産となり公的には名前も記録も残されていない者たちのことだ。

 そうして「すべての人間」から除外されてきた者たちの後ろ姿を、わたしはここから眺めている。

 これほど当たり前のことを、と一笑に付す時代が、いつか来る。壊れ物かのようにこの宣言を大切に抱きかかえ、壁に貼りだしていた歴史を、ずっと遠くから見ている誰かがいる。この先に、わたしの後ろ姿を眺める者がいる。わたしはその者たちと言葉を交わすことはできない。オランプ・ド・グージュやメアリ・ウルストンクラフトがそうであるように。でも確かに出会えている、伝えられているとも思うのだ。

 ベル・フックスはわたしに、フェミニズムとは性差別を前提とする社会を変える運動だと伝えた。加納実紀代と高雄きくえはわたしに、フェミニズムとは被害だけでなく加害を二重性として引き受けることだと伝えた。様々なフェミニズムがある。帝国主義のための、植民地主義のための、資本主義のための、フェミニズムがある。だからこそフェミニズムは、他者を選別し、競わせるための指標ではない。徒競走の審判員でも、一等賞の景品でもない。いかに実践するか。それだけが重要だ。

 加えて、わたしが大切だと思うのは、想像すること。想像することは、変化を希求することだ。ここにはない、かつてあった、これから来る──。

 わたしは想像する。「すべての人間」から区別され、差別され、搾取されてきた者、すなわち動物たちが、権利の主体の一部となる日を。そのとき、動物を殺し、食するわたしが書いてきたものは、倫理的に問題があるとされるだろう。その日を楽しみに夢見ている。

 わたしのフェミニズムはどこからやってきた? どこからだろう、ずいぶん遠くからやってきた。「すべての人間」に「女性」が含まれなかった時代から、「女性」の多様さが自明となり、「女性たち」と複数形になりつつある時代に。そして、「女性/男性」の境界線とこの概念自体が解消される地点へ。受け取って、渡していく。そして、問いは「あなた」に返ってくる。

「あなたのフェミニズムはどこから?」


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※本稿で用いた「エタ(穢多)」という用語は、差別的な意味で使用されてきた背景を持つが、歴史的用語としてそのまま使用する。
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小田原のどか(おだわら・のどか)
1985年宮城県生まれ。彫刻家・評論家、芸術学博士(筑波大学)、出版社代表。おもな著書に『近代を彫刻/超克する』(講談社)、『モニュメント原論 思想的課題としての彫刻』(青土社)、共編著に『この国(近代日本)の芸術 〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』(月曜社)など。
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