ウェブ平凡 web heibon




第12回

『サプリ』~職場の連帯と火花

[ 更新 ] 2024.08.26
 おかざき真里『サプリ』は、電通と並ぶ大手広告代理店・博報堂の制作現場で実際にバリバリ働きながら、同時にマンガの連載をしていた(!)作者による、働く女子にとっての金言満載のお仕事マンガである。
 たとえば、「努力が評価されるのは義務教育まで!」。
 鋭い言葉にちょっとドキッとするが、ここには職場の女性たちの連帯と、その一方で女性同士のライバルがガチでぶつかり合って飛び散る火花がある。それは、男同士のライバル関係と友情ともまた一味違うものだ。働く女子にとっての「サプリ」とは? さて、あなたは何を「サプリ」とするだろうか?

 ◆「女性上司」という存在
 物語は、広告代理店の制作局に勤務する藤井ミナミが、学生時代から7年つき合った彼氏に「俺と仕事とどっちが大事?」と言われ、ふられてしまうところから始まる。   
 もちろんその前段があるのだが、非常に印象的なのが、藤井と彼氏が休日に一緒に出かけた時、同じ部署の女の先輩に遭遇する場面である。部署に一人はいる、40代後半独身の女性。藤井は思う。<時々ふと思ってしまう。だめだとわかってうかんでしまう。―― あたしはそうはなりたくない>
 けれど、休日に彼女の姿をみかけて藤井の頭に浮かんだのは次のようなことばだ。「凛と背中のばしてシャツもきれいにアイロンあたってて、観葉植物をひとはち買う―― 。大切にされるにちがいない。あの植物は幸せだ」
 だが、その時、彼氏が発したのは、「あの人? ミナミが“ああはなりたくない”って言ってたババア」。
 「ほんとにな。休日なのに一人でさ。さみしい限り。ああはなりたくねぇよなー」さらに続ける彼の声に、藤井の表情は変わっていく。振り返った彼女の顔は悔し涙に濡れ、心の声として大書されるのは、「確かにあたしはそう言ったかも知れねえ。でも、それをてめえが言うな!」【図1】



【図1】おかざき真里『サプリ』1巻(祥伝社)32・33頁

 藤井が彼に別れを言い出されるのはこの直後である。
 40歳を超えた独身女性、あるいは30歳を超えた地味な独身女性、それは男性誌では「お局さま」と呼ばれ、常に揶揄の対象だった。しかし女性マンガではそうではない。槇村さとる『イマジン』などにも、主人公の有羽が、後輩を厳しく注意する女性の先輩を追いかけて、縋りつくようにして相談し、励まされる場面がある。女性たちはそうした、「日々変わらずきちんと仕事をしている」女性たちの価値を知っている。それこそが、あまり評価されないが、まさに「女性に」求められる役割だと知っているからだ。日常の家事、シャドウワークも同じことだ。藤井の彼は、休日出勤する藤井に「俺と仕事とどっちが大事?」と言いながら、家にいても片付けひとつ、皿洗いひとつするわけではなく、頼まれていたゴミ出しもせずにほうってある。そうしたことと、彼にとっての先輩女性の価値の見えなさはつながっている。
 しかしこの先輩女性・ヒラノさんはけっして地味なOLではない。若い頃は賞もとって華々しく活躍していた。しかしそのように実績をあげてきた女性でも、50近くになると会社の中ではだんだんつらくなる。そこから上にはあがれないからだ。ヒラノさんは言う。自分がこのまま上に行って部長にでもなったとして、「そこに配属されたら、困るでしょ、藤井。女上司の部署って出世コースはずされた感じするだろうし、実際、生理用品とか小さい仕事多かったりさ」。
 事実、ヒラノさんは最終的には会社から、新潟支社に転勤するかどちらか選べ、と言われて、経理局管理課に異動させられる。しかし彼女はその前に、藤井を育てる数々の助言をくれる。
 たとえば「正攻法以外を身につけなさい。そろそろそういう年齢よ。何かをしないと上に行けない。策を練るのは罪じゃない」「ワザのひとつも身につけないと続かないわよ」。
 このセリフが出るのは、クライアントから、プランの要となる美術プランの変更を言い出された時である。これじゃ「ハデな気がする」という素人の意見。モニターを通せば見え方は変わるのに。それでもクライアントの意向は絶対と、美術プランの変更をスタッフに連絡しようとする藤井に、ヒラノさんは言う。「うん、シカトしよう」「今からいじるのは作品全体ダメにしかねないし」「仕上がり見せて説得しよう」。
 「でももし、仕上がってからNG出されたら」と問う藤井にヒラノさんは、「んー、やばいよねー」「クビかもねー。でも、作品守るのも仕事だから」。その後に続くのが先述のアドバイスである。
 その後のクライアントとの面談で「先日お願いしといたセットの変更は?」と聞かれても、ヒラノさんは平気で「はい。もちろん対応しております」。
 今からでも直しましょうよ、と追いすがる藤井に、ヒラノさんは言う。「失敗ばっか気にしてる仕事の仕方してるとさ、人生にもそれが染みついちゃうよー」深い!
 しかし、ヤバいものはヤバい。撮影当日、ヒラノさんは現れない(到着しているがわざと姿を見せない)。焦っている間にクライアントは到着し、件のセットを見に向かう。藤井は腹を括る。<くいとめられる立場は私ひとり!>。「君は…このセットを……」とクライアントから問いかけられ、藤井は、一緒に仕事をした尊敬する女性スタイリストの言葉を思い出す。“笑顔ひとつで仕事がまわるなら安いものよ”“疲れた顔した女に仕事頼もうと思わないでしょ”。藤井は悟る。<――ああ、そうか。女の子の仕事。行き詰まった時ほど、笑顔で!>。「君はこのセットでいいと思ってるのかね!?」と問いかけるクライアントに「納得してます!」と満面の笑顔で答える藤井。
 「図面や実物ですと少々奇抜に見えますが、モニター通しますとおさまりがよくなります。音楽やナレーションでバランスもとれます。そのさじ加減は、ここから我々スタッフにおまかせください!」
 自信満々の藤井の態度にクライアントも言葉を呑み込む。陰で見守るヒラノさんが「やったね、藤井」。これが彼女の藤井への置き土産だ。
 このCMは上層部の評判も良く、藤井が「あれはほとんどヒラノさんの仕切りで……」と言いかけると、上司は「平野ちゃんは、藤井ちゃんがひとりで勝手にやったって言ってたよー」「この次のCM賞には藤井ちゃんの名前で出すといいよ」。
 改めてお礼をいう藤井にヒラノさんは言う。「ほめられるって気持ちいいでしょ?」「もっと沢山ほめられなさい。そして自信をつけなさい。自信のある子だけが次に行けるの。それがいちばん女の子をきれいにするの」
 ここでのナレーション<女の子の仕事――笑顔だったり強く出たり、男になったり女になったり、やわらかい>

 ◆女の子の仕事はつながっている
 『サプリ』では、「仕事には男も女もない」などといわず、あえて「女の子の仕事」ということばが何度も出てくる。なぜなら、この男社会の中では、女と男では期待される役割が違うからだ。闘わなくてはいけない対象が違うからだ。
 割り振られる仕事の内容が違うだけではない。たとえ同じ仕事でも、女性の場合は周りから期待されるイメージに合わせて、ときにそれを利用して、うまくふるまうことが必要となる。
 <モチベーション下げないのがプロの仕事。怖い顔しないのが女の仕事>
 とくに広告業界はクライアントありきで回っている。クライアントのお偉いさんは、ほとんど男である。しかも広告の専門家ではないし、要望がしょっちゅう変わる。直接の担当者には決定権がない。たとえ広報担当者が気に入っていても、その上の部長が、専務が、社長が出てきて、クリエーションの粋をきわめたCMプランに対して、「もっと普通のCMを」と、ひっくり返されることもある。途中で広告する商品がさし替わることもある。その緊急対応をしょっちゅう迫られるからこそ、広告代理店は過労死が出るほど忙しくなるのだ。その中で女性がうまく泳いでいくためには、努力以外にもさまざまな技が必要とされる。
 作中で、藤井が尊敬する憧れのスタイリストと組んで、その彼女が毛糸から自分で染めた夢のような衣裳を使って素晴らしいCMを作る場面がある。「笑顔ひとつで仕事回るなら安いものよ」という件のセリフも彼女のものだ【図2】。


【図2】おかざき真里『サプリ』1巻(祥伝社)87頁

 このプロジェクトは、関わっている人のほとんどが女性である。「へえ、女の子の録音技師か。めずらしい」。録音技師だけではない。照明助手・PM・スタイリスト助手・キャスティング、そしてスタイリスト、モデル……さまざまなところで女性が働いている。<女どうしはつながってる、と思う。仕事をしているもの同士、それぞれの、立場、身のこなし、処世、言葉、かわし方―――意識する―――――… それはきっと荒波の中だから>
 しかし、女性同士が力を合わせたこの素晴らしいCMも、クライアントの一言でお蔵入りになる。あの夢のような衣裳も、永遠に日の目を見ることはない。
 あるいは、後述する最強の女性営業・田中ミズホの仕切りで、今までCMの仕事は断り続けてきたハリウッドの大物俳優のキャスティングが見込めることになり、藤井が初めて海外の撮影現場の仕切りを任される女性タッグの大舞台になるか――という時になると、男性ディレクターが、「最初小規模だったからCMのスタッフ足りないって聞いて」「上に言って入れてもらった」と現場に入り、「というわけでさー、藤井、CM俺が仕切るから」。小さな仕事は女に任せておけ。しかしそれが「おいしい仕事」に発展していくのが見えると、男性社員がその「仕切り」に上司として入ってくる、というのはとてもよくあることだ。
 また、藤井がスタークリエイターの片桐と組んだ時も、アーティスト志向のタレントと商品の相性が悪く、タレント側と揉め、片桐は「藤井ちゃんには女の子の仕事してもらおうかな」。
 撮影当日、片桐はわざと行く必要のない海外ロケの用事を入れて現場を藤井にまかせ、「もう全部話ついてるから、いてくれるだけでいいよ」。
 しかし現場に行ってみると、「話がちがう!」とタレント事務所の社長が激怒している。セットもすべてアーティスティックに変えるという話だったのに、「約束違反だ!」「タレント連れて帰る!」。尋常ではない怒りようである。このままではすべてが終わりになる、と切羽詰まって、なんとか誰かが下敷きにならない方法を探して藤井は、「この場で企画直します」。
 「後ほど日を改めまして謝罪させていただきます。この場は、企画の骨子こっしは変更ないようにいたしますので、この場でできることを探らせていただけますか?」
 「お願いいたします」「ご迷惑おかけしますが、いっしょに方法探っていただけますか?」「お願いします」と藤井は、責任者一人一人に、そしてクライアントに深々と頭を下げる。なんとか双方が納得できる方法を探りながらの撮影続行。
 藤井にこれだけのことをやらせることになった片桐のもくろみは、「あの現場に話の通る僕がいたら、きちんと向こうの筋を通し切って空中分解ですよ。そこで何も知らない女の子登場。スカートくらいはいててくれるといいんだけどね。大勢の観衆スタッフの前でさすがになぐられることもないだろうし、小娘相手につっぱねられるか。なによりタレント側だって契約反故ほごにならない方が得なハズなんだ」。
 これが片桐の考える「女の子の仕事」である。ムカつく? たしかに。しかしこれが完全に間違っているとも言い切れない。ある意味、かつてヒラノさんがしたことと紙一重だからだ(ただしヒラノさんは、もしもの時のためにその場に待機していたが)。ものすごい試練。失敗する可能性は高い。しかし、それを乗り越えた時、大きな成功体験となるのは確かだ。藤井は思う。<人を引っぱる力なんてないと思ってた。でも、いっしょに作ることならできる>。
 現場でのスタッフとの打ち合わせを経て、「企画の変更点を」と、タレント事務所社長に向かいながら、<こういう時こそゆっくりしゃべる。空気を読む。やわらかく、やわらかく>【図3】


【図3】おかざき真里『サプリ』6巻(祥伝社)176頁

 働く女性たちは、それぞれ形は違っても、同じプレッシャーや抑圧と闘っている。

 ◆「最強の女」というライバル
 ただでさえ忙しい広告代理店のCM制作の仕事。そこに学生時代から付き合っている彼氏がいれば、生活時間は、仕事と彼氏。それ以外の余裕はない。冒頭でその彼氏にふられて、藤井は初めて会社関係の人たちと飲みに行く。そこで「最初の女友達」になったのが、フリーのコピーライターの柚木ゆぎ。カラオケに行って柚木は、「今からそいつを、これからそいつを、殴りに行こうか」と一緒に熱唱してくれる【図4】。


【図4】おかざき真里『サプリ』1巻(祥伝社)52頁

 このときの体験は藤井の支えとなり、柚木が彼氏と別れた時にも藤井は、「こういう時は、ひとりでいない方がいいんだよね」と柚木の新しい不動産物件探しに同行する。仕事とは離れた、プライベートでの女性たちの連帯。
 藤井はその後、大阪支社から転勤してきた、美しい顔で有名な「荻さま」(荻原)と知り合い、曖昧な期間を経て、やがてつきあうようになっていく。
 ちょうど荻さまと知り合った頃、藤井と組んで仕事をするようになったのが、営業の田中ミズホ。徹夜もある仕事なのにキレイな服を着てアクセサリーもつけて、朝早いのに髪の毛も巻いている。 「気になるひとは、バリバリの営業で結婚もしてて、女性としての完成型……完全体」。性格もサバサバしてる。ある種、理想の女性。どうしてこんなことができるんだろう、と藤井は思う(驚くべきことに、この完璧な女性にはモデルがいるらしい)。
 田中は藤井に、「んー何か嬉しくて。こーやって女同士で仕事するの」「だって男女同じってウソじゃない」。彼女がいつもキレイにしているのは、それが彼女の武装だからだ。
 その田中との最初の仕事で藤井は、衣裳変更の連絡ミスでクライアントを怒らせてしまう。しかしそれを公にするとおおごとに発展しそうなので、会社としては表向きはスタイリストの個人的な勘違いということにして、田中と藤井をスタッフから外すことで決着。自分の凡ミスで「田中さんまで外されるなんて私―――」と言いかける藤井に田中は「謝っちゃえば楽でしょうけれど、それは解決ではないのよ」。
 結婚していて、仕事もみかけも完璧。立場が違えばこの世でいちばんインタビューしたい人だったかもしれないそのひとは、じつは藤井といい感じになってきた荻原の元カノである。学生時代からのつきあいで、田中が1学年上。広告代理店に就職した彼女を追いかけて同じ会社に就職したが、荻原は大阪支社に配属。何年も新幹線に乗って遠恋を続けたのに、田中は他の男と結婚してしまう。藤井は知らないが、荻原が弱ってひと時、藤井にもたれかかったのも、おそらくは東京本社への転勤で田中と再会したためだ。今は人妻である田中は、再会した荻原に頻繁にちょっかいをかける。
 藤井がそのことを知るのは、自分の凡ミスでクライアントを怒らせて田中と組んだ仕事が破綻した日。くしくもその日は藤井の誕生日。藤井が荻原にかけた電話に出たのは、荻原を飲みにつき合わせ、その後ホテルに部屋をとった田中ミズホ。荻原はシャワー中。
 「最近、女の影がするなと思ったら、あなただったのねぇ、藤井さん」
 <バトル開始のゴングが鳴った。ア・ハッピィ・バースデー>【図5】


【図5】おかざき真里『サプリ』2巻(祥伝社)200頁

 完璧な女・田中との間の荻原の取り合いは、藤井にとってかなり酷である。藤井のせいで仕事が破綻した誕生日のその日に、荻原と一緒にいたのは田中。あるいは、藤井とのが持たず、仕事をいいわけに家に帰ったそのあとで、荻原が会うのは田中。田中との関係に焦点をしぼって読み返すと、んー、これはしんどい。藤井は知らぬが花だと思える。
 だが、田中と藤井の関係は陰湿なものにはならない。荻原を藤井と争っていることが判明した直後、田中は藤井にメールしてくる。「飲みに行きませんか?」
 決戦のその日、おおいに食べて飲むふたり。キレイなみかけ・・・だが、田中はじつは酒癖が悪い。酔って吐く田中を公園で介抱する藤井に田中は言う。「うるせー。てめーからのほどこしはうけねー」「私はあんたなんて大キライだから」
 「荻さんとつき合ってるんですか?」と聞いても田中は答えない。「うるせー苦しめ。何も知らないお嬢みたいな顔しやがって」「…その言葉めっちゃそのままお返ししますよ、田中さん」「うるせーバカ。結婚もしてねーくせに一人前ヅラすんなボケー」
 このあとの公園対決はみものだ。
 「ちょっとくらい年寄りだからってえらそうにしないでください」
 「もう若くもないくせに被害者ぶるな、負け犬テンパイ」
 「置いてきますよ、この不良人妻」
 「居てくれなんて頼んでないわよ、鉄板処女」【図6】


【図6】おかざき真里『サプリ』3巻(祥伝社)42頁

 二人はこのあと、一緒に局長に呼ばれ、いわくつきの仕事を二人で組んでやれ、と言われる。しかも3組の社内競合。つまり「かませ犬」である。そこに偶然部屋を間違えたことから、業界でも折り紙付きの演出家・コーエツが加わり、プロジェクトは進む。
 藤井と田中は目に見えて仲が悪く、打ち合わせをしながらお互いに足を踏みあい、にらみ合う仲である。だが、クリエーターとの徹夜の打ち合わせを経て、朝、出勤する人の群れを女二人で逆行していくシーンはじつに見事だ。
 勝ち目のない闘いを勝ちに行く。
 「タクシ―――!」と手をあげる二人【図7】。


【図7】おかざき真里『サプリ』3巻(祥伝社)97頁

 二人とも仕事には手を抜かない。最終プレゼンの場で緊張する藤井を見て、田中がクライアントに5分の休憩を申し出る。その間に藤井は態勢を立て直す。無事にプレゼンを終えてお礼をいう藤井に、田中は「私は何も?」。二人はまたお互いに足を踏んづけ合う。この関係!
 <何のかのいいつつ、支えられてる。敵になったり、味方になったり>
 同じく男社会と闘いながら、女同士は、男をめぐって火花を散らすのだ。

 ◆女子トークの価値
 では、この恋愛勝負のゆくえは?
 結局は荻原は藤井の彼氏になりはするのだが、その直後に荻原は、ニューヨーク勤務を命じられる。それを先に知るのも田中。転勤を打ち明けて荻原は、藤井に別れを切り出す。「今…決めなきゃいけないこと?」と問う藤井に荻原は、「遠恋は……したくないんだ」。藤井が田中への完敗を悟る瞬間である。
 荻原との別れを聞いて田中は言う。「泣いてすがればよかったのに。泣いてすがってなしくずしに一発ヤッちゃえば、そのままズルズル行く男よー」
 藤井と違って荻原のコントロール法を知り尽くしている田中。この頃には田中は、藤井と柚木が一緒に飲む場に同席するようになっている。それからもうひとり、本社事務職のワタナベ。彼女は事務職に誇りを持っているが、広告代理店の事務職では早く結婚しないともう後がないことを知っている。それもあってワタナベは、最初は柚木に、続いては藤井に気があった同僚のイシダ(藤井はイシダとくっつけばいいのに、と読んでいると誰しもが思う)にちょっかいをかけてイシダとつきあい始める。
 『サプリ』では、この4人の女子トークがまた、刺さるのだ。
 たとえば、「男側のものがたりって、こっちの感覚とズレねえ?」。これは柚木のセリフ。
 「私たちは、たくさん持ってるじゃない。仕事もオシャレも、趣味も。美味しいお店も知ってるし、株から遊びも経験も。なのに恋愛だけが私たちを傷つける。くやしくない? もうそれだけでおなかいっぱいになる歳でもないのに」これは田中。
 彼女もまた結果的に荻原を失ってバランスが悪くなっている。田中がかつて荻原と別れて結婚したのは、荻原が働く女に溜まってくる黒いおりのようなものをきれいに解消してくれるバクのような才能を持ちながら、九州男児でコンサバな教育を受けたため、妻には専業主婦を求めているのを感じ取ったからである。田中はいう。「“都合のいい男”が“いい男よ。働いてるとそーよ。こっちが歩みよる余裕ないぶん、都合のいいポジションに置いとく手綱具合が重要なのよ!」
 田中は藤井をけしかける。「男の別れ話、はいそーですかって聞いてんじゃないわよ! なに都合のいい女やってんのよ」。それに対し藤井が「元カノで人妻が口挟まないでください。私と荻さんの間の問題なんです!」
 「そしてもう終わった関係だな」と田中。
 「それより前に歴史上の人物になってるのは誰でしょう」(うまい!)
 そのあと二人は取っ組み合いの喧嘩を始める。
 その時に田中から飛び出す名ゼリフが、「男ひとりに支えきれる程度の人生かよ!」【図8】


【図8】おかざき真里『サプリ』4巻(祥伝社)85頁

 これ以上は本作で楽しんでみてほしい。田中と藤井はバチバチと火花を散らす好敵手ライバルだ。おそらくここまで派手な女の喧嘩を『ガラスの仮面』以外に私は知らない。ああ、だからこそ、おかざき真里はその後、空海と最澄の関係を、『阿・吽』で描いたのだな、と思える。
 働く女子にとっての「サプリ」とは何か? 仕事のやりがいか、女子トークか、女同士の連帯か、それとも常に自分の足で立っている身を委ねられる男との関係か。
 それはあなた自身で答を探してみてほしい。

 ※本文中の台詞の引用は、読みやすさを考慮して句読点を適宜補っています。
SHARE
  • 平凡社バナー
SHARE