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第11回

頑張りゃいいってものじゃない

[ 更新 ] 2023.09.20
 2018年を最後に海外に行っていない。そもそも2020年からはコロナ禍でもあったし、円安なので懐事情の厳しい私が行けるはずもないのだが、それでも無性に日本以外のどこかに身を置きたくなる。言葉も通じないし、交通機関に慣れていなくてもどこか安堵するからだ。
 今日はその安堵の理由をとことん考え、お伝えしたいのだが、その前に私が海外に行く楽しみの一つをご紹介したい。有名な観光地に行くのも嫌いではないが、現地の人が使うであろうごくごくありふれたスーパーやコンビニエンスストアを訪れるのが大好きなのだ。あるいはそこに住んでいる人が通うような定食屋(的な場所)やフードコートにも興味がある。
 基本的に食いしん坊だからというのもあるが、グルメというわけでもない。いわゆる観光客目当ての場所ではないコンビニやスーパー、飲食店といった場所でこそ、その地域の特色を味わえるからだ。惣菜コーナーだけでも実に興味深い(ちなみにこれは国内でも味わえる楽しみで、北陸地方だとコンビニで売っているおにぎりはとろろ昆布で巻かれているし、沖縄ならスパムソーセージが具になっている。いわば「秘密のケンミンSHOW」的な楽しみでもある)。
 海外の話でいうならば、今は韓国のごま油風味の海苔やその海苔を使った海苔巻き(キムパプ)は一般的だが、1996年に初めて韓国に行った時はまだ日本には流通しておらず、初めて食べた時にはその美味しさに感動したものである。2001年にノルウェーに行った際にセブン-イレブンに入ったのだが、今度はおにぎりを一切売っていないことに驚いた。その代わりと言ってはなんだが、アイスクリームの専門店にあるような大きい冷凍庫のような機械があり、そこには冷やされたアイスではなくなんと温められたパスタが売られていた。また2015年に行ったロンドンのスーパーで初めて「セルフレジ」というものを目にした時に、「この機械の導入でレジの仕事が不要になって『これで楽になる』と感じるか、『雇用が一つ減ってしまった』と感じるか、その人がどの立場に立っているかで変わってくるだろうな」と思ったものである。その時点では日本にはあまり存在していなかったセルフレジだったが、日本に導入されたら果たしてどのように使われるのか若干の不安を感じたことを覚えている。その不安がどう具現化したかということは後で触れることにしよう。
 そうそう。私はスーパーやコンビニに並ぶ各国、各地域の惣菜の違いに心躍らされもするが、さらに関心を持つのが店員さんたちの接客の様子である。それこそ最初に行った韓国では観光客相手にもさして笑わぬ店員に対して、私はなんとも思わなかったが、一緒に行った大学生(当時)の男性は「真顔で怖い」と言って怯えていた記憶がある。なんでそんなに怖いのか、学生であったその時はわからなかったが、のちのち労働問題やフェミニズムについて知るにつれ笑わなければならない立場か、笑顔を求める立場かで感想が変わってくるのだろうと思った。
 その後複数の国を訪れる機会を得たが、韓国に限らず日本のようにいちいち店に入ってくる客に「いらっしゃいませ」と言う店員は少ないし、そっけない対応の人も多い。2013年には友人を訪れるために北京、2015年には移民家事労働者の現実を知りたいと訪れた香港の美味しい中華料理屋では、お店の人はチャキチャキ動いているがとにかく日本でよく見る接客用の「笑顔」がないことにむしろホッとした。
 2016年にロサンゼルス(UCLA)で開催された女性を中心とした労働組合の集まりに参加した際に、ヒスパニックの人たちが多く住む通りでセブン-イレブンに立ち寄った。そもそも店内の照明が日本のコンビニみたいにピカピカ明るく光っておらず、店員さんもその薄暗さに応じた接客のテンションだったが、別段買い物に不自由はなかった。2018年も労働組合の集まりでカナダのバンクーバーに行ったが、そこのスーパーの人は座りながらレジをしていた。しかもスピードは日本の店に比べたらゆるやかだったが、誰もイライラせず並んでいた。ロンドンのスーパーは前述した通りセルフレジだったが、駅の切符は駅員から直接買う形で、駅員さんはわりとご機嫌で働いているようであった。おそらくその理由は部下らしき男性が差し入れているお菓子とお茶を飲みながらだったからに違いあるまい……。そうした対応に私は全く気にならなかったが、お茶を出す部下がインド系と思しき人で、それを啜って切符を販売していたのがいわゆる「白人」と思しき人だったことが気になった。
 ロンドンに行った時に驚いたのが、日本だといわゆる「女性」に多そうな職種、ホテルの受付や清掃、道路などの清掃、スーパーなどの店員の多くがいわゆる「白人」ではない人だった点である。男女の違いよりもいわゆる「人種」「民族」の違いが目立つことに私は衝撃を受けた。とはいえ、今の日本のコンビニも海外からの留学生が店員であるこが多いことを思えば日本も近い状態で、私が鈍感だっただけのことだろう。2023年の今、日本社会はますます海外ルーツの人が多く住む社会になっているのだ。単一民族なんていまだに言っている人はいかがなものか……おっとまた話がずれてしまった。
 今回はとことん「出羽守でわのかみ」(いわゆる俗語でヨーロッパでは~・アメリカでは~と他国や他業種などを引き合いに出して語る人のこと。揶揄の意図で使う例が多い)になってみた。とはいえ「日本の常識は世界の非常識」ということを実際に経験した話を語ってみたところで、まさにこの「出羽守」という言葉が意味する揶揄が、全ての日本の接客に対する求めるレベルの異様さやその問題提起を無意味化してしまう。
 前回の連載でも、日本は消費者としては便利で暮らしやすいかもしれないが、労働者の待遇が据え置かれたまま、労働として求められるものが多すぎるため伸び伸びできる社会とはとても思えないと書いたが、日本のように笑顔を振り撒いたり、やたら丁寧な言葉を使ったり、店内をピカピカに光らせていたって、バブル崩壊後の30年、実質賃金も上昇せず日本経済は停滞を続けている。私は資本主義と呼ばれるシステムそのものに疑義を持っているが、どれだけ接客に力を入れたって全然経済成長さえしていないのだから、資本主義社会においても日本の労働はとかく努力が間違った方向にいっているとしか思えないことが多い。
 私はもはや10年以上ずーっと「労働が怖い」「働くのが苦手」「働けない/働かない」といった言葉を吐き出しているが、とりわけ接客業に怖さを感じているところがある。しかも立ちっぱなしでテキパキ動いて笑顔を絶やさず接することが「誰にでもできる」と言われたりするのだ。十年一日同じことを言っても社会を変えられない自分の非力に忸怩じくじたるものはあるが、最近、スーパーでのレジの仕事を座りながらしたいという署名が回っていることを知った(注1)。レジ担当をしている人たちが腰痛などに悩まされながら仕事をしていることを理不尽に感じたことが、この署名を始めたきっかけになったという。それこそ立ったり座ったりするのが腰には最も良いと思うが、なぜそういうことを日本では実践しようとしないのだろう。スーパーは常に人手不足なんて言うけれど、それならもう少し労働しやすい環境にすればいいはずだ。しかし経営者側が「人手不足の解消のため、レジ担当者が立ったり座ったりできるようにしました」などと方針を変えた話は聞かない。むしろ生産性アップのために椅子をなくした企業の話は折々聞いたことがある(注2)。座りすぎは身体に悪いというなら、立ったり座ったりできる環境にすればいいのに、ここで「立ちっぱなし」にさせることの違和感を感じるのは私だけだろうか? 立つことが当たり前の職場では車椅子の人や体力がない人は最初から排除されていると思うのだがいかがだろうか。
 そういえば、数年前にパート労働者に対して好きな日に出勤し、出勤も欠勤も連絡不要、休憩時間もバラバラでいいということで話題になったエビ工場があった。この工場に対しては多くのマスコミが取り上げた。また、経営者の武藤北斗が自ら『生きる職場――小さなエビ工場の人を縛らない働き方』(イースト・プレス、2017年)で詳しく書いているが、こうした自由度の高い働き方を、労働者の要求によって実現したのではなく、経営者自ら発信したことで注目されていた。労働者の権利というよりも、利益や生産性を考えても好きな曜日や時間に来ることが問題ないという結論に経営者自身が達している。そして現在もおなじ労働条件で経営を続けているそうだ(注3)。しかし好きな曜日や時間に来ることが別に天国でもないことは、パートの時給は何年働いても一律ほぼ最低賃金額でボーナスはないという求人情報を見ただけでも明らかである。とはいえ「レジ=立って仕事をすること」、「無断欠勤=絶対許されないこと」という頭の堅さは資本主義社会の中ですらいいこととは思えない。日本の能力主義の厄介なところは「なるべく楽して生産性もあげる方法を考える」より、「今よりさらに頑張って生産性をあげる」姿勢をよしとする節がある。楽することは何かいけないことのように思われている。あるいは「頑張る」とは身体を酷使すること、それこそ何時間も立ちっぱなしでレジ打ちをすることだったりするのだ。コロナ禍はオンラインでできる仕事があることをはっきり示した出来事でもあったが、逆にオンラインでは代替不可能な仕事も明確になった。自宅で行う職種も増えたが、身体的な「頑張り」を要求する価値観はあまり変わったとは思えない。
 いや、変わらないというよりも、もっとグロテスクかもしれない。コロナ禍以降、店員がお金を直接触れなくてもいいような自動レジを導入した店も多いが、相変わらずレジ係は立って仕事をしている。またうちの近所の某スーパーはセルフレジが導入されたものの、使い方がわからない人のために、しばらくはずっとレジ係がセルフレジのそばで立ったまま待機していた。そしてセルフレジが導入されて1年以上は経過した今は、なぜか店員さんはそのそばに置かれた買い物かごを一所懸命に磨いていた。コロナ対策的な消毒のためなのかもしれないが、マスクをしていない人も増えている昨今、その作業にどこまで意味があるのか私にはわからない。ただわかるのは今日も「頑張り」を強いられて仕事をしている人が大勢いるということだ。


(注1)署名の発信者は「スーパーマーケット・ベイシアでレジ従業員として働いている、学生アルバイトの瞬也」という方で、「大学生になり、学費や生活費のために始めたアルバイトですが、この1年半働き続けるなかで、特に理不尽に感じたことがあります。それは、レジ業務中はずっと立ちっぱなしであることです。私は17:00〜21:00の4時間シフトに入ることが多いです。4時間のシフトでは、一切の休憩無しにレジで立ち続けることになるので、足は痺れますし、膝を痛め、腰も痛くなります。他の同僚の場合、平均で3~4時間、長い時は最大で5時間レジで立ち続けることも少なくありません。(私も4時間以上のシフトの場合はこうなります)。そのような労働環境で、誰もが異口同音に身体の痛みを訴えています。」と綴られている。詳細は下記URL参照。
「スーパーマーケット・ベイシアのレジ従業員に、座りながら仕事をさせてください! #座ってちゃダメですか」Change.org
https://www.change.org/p/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B-%E5%BA%A7%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%A1%E3%82%83%E3%83%80%E3%83%A1%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B
(注2) 岡浩一朗「グーグルもフェイスブックも導入、立って働くほうが疲れず生産性も上がる理由」ダイヤモンドオンライン 2017年10月20日
https://diamond.jp/articles/-/146122
(注3)2023年9月9日時点でも「月~金(土日祝お休み)。毎週好きな曜日に出勤。出勤も欠勤も連絡は禁止。」という条件で求人募集中。
武藤北斗氏note「好きな日に働くエビ工場、従業員募集に関して(常に最新)」
https://note.com/hokutomuto/n/n1d8f7f2e5076

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