第11回
先住民フェミニストでございます 石原真衣
[ 更新 ] 2024.09.02
先住民フェミニズムってなんでしょう。わたくしもまだよくわかっていませんので、今日は〈おんな〉としての人生を振り返りながらかんがえてみたいとおもいます。
わたくしは、北海道はサッポロ市、人口200万のそれなりの都市で生まれました。シティガールといってもいいでしょう。父はマルクス主義者をひっそり名乗る古本屋。戊辰戦争で大敗した会津藩の出自でございます。先祖がながれ流れて北海道に入植してしまいました。だって敗者に選択肢なんてなかったんだもの。会津の恨みは祖母を強烈な教育ママにしたようです。もう、敗けてたまるか。息子を医者にして、人生挽回だ。父は息苦しくて北海道を飛び出ちゃう。弘前で沖縄学に出会ってからは、ながれ流れてフーテン暮らしをしちゃったり。おばあちゃん、さぞかし残念だったっしょ! 大学卒業後、フーテンのパパは沖縄へ。やまとんちゅだと色々とあれなので、うちなーんちゅの名前を名乗りました。いやいや、沖縄でうちなーんちゅのふりして暮らしちゃってるけど、おれ北海道人じゃん。しかも北海道ってもともとアイヌの土地だったのに、おれ侵略者じゃん。いけないいけない、北海道に戻ろう。アイヌに会わなくっちゃ!
場所をずっと北へ戻して、ふたたび北海道。母はアイヌのハーフ。じいちゃんは超ハンサム、大学に行ったりはしなかったけど、頭脳も明晰、正義漢、そして和人。あとからわかったのは、結構なDV気質。まあそれも昭和あるあるでございますね。ばあちゃんはアイヌ。8歳から和人の農家で労働して、腐ったご飯も食べさせられたのに、世界へのルサンチマンがゼロ! 不思議で素敵なばあちゃん。朝早く起きて家畜の世話をして畑をつくって気難しい夫をあやして家の家事をして外で1日中労働して帰ってきたらまた家畜の世話をしてたまにリヤカーで缶とか集めに行ったりしてまた気難しい夫をあやして子どもの世話をして寝て、また起きて。ばあちゃんすごいな。ていうかおんなの人生しんどいな。たまには差別的なことが起こったりして。小学校も出ていないから字が書けない、読めない。そんな人生でも希望しかない、とんでもなく恰好いい女でございました。
そして母。アイヌのことはよくわからない。だって誰も何も話さないんですもの。普通に暮らして、普通に学校行って、普通に生きてた。それでも時々ちくちく刺さるアイヌへのまなざし。道端に酔っぱらってころがっているアイヌのおじさんたち。目をそらす自分。よくわからない世界への怯えは、文学への逃避に。島崎藤村の『破戒』は母にきっかけを与えます。折しも、アメリカに渡ってインディアンのレッド・パワーと日系アメリカ人の運動に触発されて情熱がぱつんぱつんに溢れた伯母が帰ってきた! 無敵の伯母の帰還! そこからはもう、すごい日々だ。おんなたちの青春だ。青春、青春、挫折、挫折。妻になり、母になり、沈黙した。
やっとわたくしでございます。へんてこな大人たちに溺愛されたわたくしは、どうやったらこんなにワガママな子どもができるのでしょう、この子、大人になったらどうなっちゃうんだ、とざわざわさせる子どもです。エネルギー全開、みんなまいたんのことがだいすき、気に入らないことは気に入らない、大人の言うことなんてきかない。身体は超病弱だったので、またそれがちやほやされる理由になるのでございます。世界への絶対的な信頼。そんな小学校もおわるころ、誰よりも愛してやまないばあちゃんがアイヌだときかされます。びっくり。フリーズ。ショック。だれにも言えない。びっくりしすぎたので、なかったことにしておこう。
アイヌのことはさておき。母は、自由に育ってしまったわたくしが社会に適合できるか心配でした。そんなわけで、かなりリベラルな私立の女子中学に進学。商売っ気がないマルクス主義の父は、当然ばかすかお金を稼いだりしないので、我が家はつましい暮らしをしながらわたくしの教育費に全投入! 問題児を疎外しない教育空間。そんな中でわたくしもなんとか社会をドロップアウトせずにすんだのでございます。ママ、ナイス。時代はアムラー全盛期。中学と高校の校舎が同じなので、ギャルのおねえさんたちへの憧れ。まねっこ。安室やおねえさんたちをまねして、まゆ毛細くして、日焼けして、ルーズソックスはいたり、スーツ着て厚底ブーツはいたりしちゃう。高校でアメリカに留学して、帰ってきたらもう無敵モードでございます。傍若無人。アメリカ帝国主義。受験勉強や進学なんてそっちのけで、日焼けサロンに通い、アメ車乗り回す彼氏とブチあげの毎日。昨日も明日もない。その日。その場所。その瞬間だけ。ああ、わたくしの人生。
ふとガングロギャルに飽きて大学へ。来世はヒョウに生まれたい、とヒョウ柄の服を着こなして勉強に没頭する日々。愉しい、アドレナリン、バッキバキ。なにかすごいことをしたい。銀座のママ本めちゃくちゃおもしろい。わたくしもまずはホステスになろうかしら。卒業まぢかにそう思っていたところ、大学の附属高校での非常勤講師の仕事をあてがわれた。これまで親不孝しすぎたのでまずは真衣ちゃんの恩返しだ。問題児、ガングロ、ブチあげのわたくしに疲れ切っていた母は、教員になってとてもよろこんでおりました。めでたしめでたし。大学時代、大学を終えてからも色々な仕事をする、の巻。物を売ったり、営業したり、数字を出す仕事は必ずトップ。銀座のママ本が役にたったね。お金を稼いで、たくさん恋をして、ああ世界って愉しい。
満たされた日々の中で、そうだ、20年近くフリーズしていた案件を思い出したのでございます。思い出さないほうが、向き合わないほうが、幸せなこと。思い出さなければ、向き合わなければ、当たり前の安心やハッピーや苦労の中で生きていけること。ああ、なんで思い出しちまったんだ。しかしもう止まらない。猪突猛進で退職、受験準備、受験失敗、研究生1年、大学院入学、アイヌ業界デビュー。アイヌのひとたちとの付き合いはとてもしんどいものでございました。わたくしは突然変異中の突然変異。異形。しきたりにしたがわねえ。折しも時代はアイヌ消費全盛期。NHK、新聞、海外メディア、記者クラブでの講演。大学院生のわたくしは、人気タレントさながら、撮影やら登壇やら、消費、ヘイト、称揚、嫉妬のうずのなかで沈没していきます。そんな中で大学教員になる、の巻。助教から准教授へ。本を何冊か出し、賞もいくつかもらい、何かと注目されるわたくし。大学文化の、「おじさんの、おじさんによる、おじさんのための」研究と教育。おじさんの帝国。アイヌの出自で、若くて、女性であるわたくしは、人間ではありませんでした。数字がなんの権威にもならない、ネオリベとは対極の世界。太古の化石、真空状態の世界。銀座のママをめざさなかったことを後悔。偉いおじさんやおじさんみたいな中年女性研究者による度重なるハラスメントでこころとからだを壊すわたくし。ちゃんとツケは払っていただきますからね。ふまれた足の痛みは一生わすれねえ。
そこでやっとフェミニズム! フェミニズムだ、フェミニズムしかないんだ。フェミニズムで、フェミニズムだから、フェミニズムなんだ。
出会う運命だったわたくしとフェミニズムが、長いときをへて、結ばれます。ああ、あなたと出会うためにわたくしはこの世に生まれてきたのです。おもうぞんぶん、まじわりましょう。おんなの、おんなによる、おんなのための思想。あるいは、敗者の、敗者による、敗者のための運動。会津とアイヌもついでにまじわったね!ガングロやらブチあげやら恋やら金やら研究やらをへてフェミニストになるわたくし。からからでぺこぺこな身体とこころがむさぼるようにそれを喰うなかで、わたくしは色々なものと溶けあっていきます。会津やらアイヌやらおんなやら犠牲者やら被害者やら、棄てさられ、使いまわされ、疎外され、消しさられる人間たちにむかって、わたくしは溶けていきます。ああそうだったのか。この痛みはこんな感触だったのか。こんな彩りだったのか。この声はこんなことを伝えようとしていたのか。近代のツケを理不尽に払わされてきた人間たちがわたくしに憑りつきます。わたくしの身体をえぐり植え付けられた無数の目たちがみえなかった世界をどんどんみてしまう。響きあい、浸食しあい、溶けあう。
そんなわけでわたくしは、先住民フェミニストでございます。
先住民と奴隷は近代が成立するための必須アイテムでございました。無料の土地と資源、労働力なくしては、資本の蓄積は不可能でございます。あらゆる繫栄してきた国家は先住民から土地や資源を奪い、誰かを奴隷にして、国家を経営してきました。500年にわたる暴力と欺瞞。そしてそこから導き出される人類全体と環境の崩壊。だれもが息苦しい現在を、色鮮やかに物語ることができるのは、だから先住民と奴隷の子孫なのでございます。あるいは敗者なのでございます。みんなすすんで敗者になろう。敗者の歴史性はなにをどうやっても忘却できません。逃げても、逃げても、どれだけ世代がくだっても、追いかけて、追いかけて、かならずよみがえります。先住民なんて、人類がアフリカを出発して旅をつづけてたどり着いた土地で、おのおのが4万年くらい物語を継承しているのでございます。4万年の厚さとアツさ! 先住民の歴史の厚みと疎外と痛みが、わたくしに溶けあう回路をうみだします。こわれてしまった地球、環境、世界。疎外される人類、おんな、先住民。
わたくしは、人間の、人間による、人間のための暮らしを、先住民であることとフェミニズムとのまじわりあいの交差点で考えていくのです。そのうちどこかでつづく。
石原真衣(いしはら・まい)
北海道サッポロ生まれ。北海道大学アイヌ・先住民研究センター准教授。専門は文化人類学、先住民フェミニズム。著書に『〈沈黙〉の自伝的民族誌』(北海道大学出版会)、共著に『アイヌがまなざす』(岩波書店)、編著に『記号化される先住民/女性/子ども』(青土社)などがある。