第14回
台所道具の失敗、その後の話
[ 更新 ] 2024.06.27
私は『東京の台所』の取材先で、話題の新製品を前に、「とても便利なんです」などと熱く語られると、気になってしょうがなくなる。
そして、持っていたものの調子が悪くなると、ここぞとばかりにはりきってその製品に買い替える。
ところがいざ使ってみると、さっぱり魅力がわからないものがある。やがてうまく使いこなせず、引き出しの隅に追いやられることさえも……。
そしてずいぶん経ってから、ホームページや、使いこなしている人の動画を見て、なるほどそういうことだったかと初めて長所に気づく。これは、取材現場では実際使っているところを見るわけではないので、十分に使い方や特性を理解しきれていなかったことに起因する。
ピーラーやボウルなど、一見なんでもない、よく知っている道具ほど、“あとから納得”パターンが多い。
というわけでもし、巷で人気の台所道具に興味を持ったら、どんな単純なものでも「そんなものの使い方は知っている」と高をくくらず、正しい使い方や道具の特徴を前もって調べたほうがいい。その部分を省略していたために、長く宝の持ち腐れをしていた経験のある私が言うから本当だ。
最近もこんなことがあった。
conte(コンテ)というブランドの「まかないボウル」と「まかない平ザル」を、通算4年間も上手く使いこなせず悶々としていた。後者は平たいパンチングトレイで、ボウルと組み合わせて使うらしい。商品開発の監修者は、クラフトバイヤーの日野明子さん。一度取材をさせていただいたことがあるが、全国の良いものを知り抜いた、ショップと作家や産地をつなぐ道具のプロである。
このボウルが話題になっていたのは知っていたが、実際に『東京の台所』の取材先で目にして、コンパクトにスタッキングできる機能美、等級の高いステンレスが放つ美しさに一目惚れした。住人の「これなしに毎日の料理はできません」という熱い言葉にも惹かれた。
迷わず購入。それまで持っていた柳宗理のザルとボウルは人に譲った。だからザルはこの平たいもののみになった。
さっそくパスタを茹でて平ザルで湯切りする。と、底面積に対して麺が多すぎ、流れ出てしまう。今度はパスタを鍋からボウルに移し替え、平ザルを蓋にして裏返し、湯切りする。指に熱々の湯がかかり、蓋もズレてうまくいかない。
なんだこれは。ため息が漏れた。
しかし、継ぎ目のないステンレスは見るからに美しい。せっかく買ったんだからなんとか使いこなしてやろうと、かたくなに素麺もうどんもこれで湯切りした。
ある日、娘が訴えた。
「きのう素麺をこれで湯切りしたら半分以上流れちゃった。普通のザルにして!」
途方に暮れながらメーカーのホームページを開く。
あれれ。どこにも逆さにして麺の湯切りに使えるとは書いていない。ボウルの上に平ザルを置き、豆腐や野菜の水切り、揚げ物の油切りができる、だしを濾すのにも使えます、という解説がある。
思えば、あの住人も麺の湯切りに便利などとは言っていない。
そうか。このザルはボウルの上に置いて水や油を切るものだったのか。私が勝手に、穴が空いたザルを見て、そう使うのだろうと早合点していただけなのだ。思い込みが、湯切りしようとする家族全員に4年間も小さなイライラを与えていた。
さらに「まかない」とは「巻かない」という意味もあるという説明書きが。たしかにボウルの縁が内側にカールしていない。だから洗いやすく、汁切れもいい。やや縦長のフォルムは小さく見えるが容量は十分にあり、径が狭いので泡立てが早いとある。知らなかったことばかりで、適当に使っていた日々を悔いた。
いっぽう、私が人に使い方を教えてさしあげた道具もある。
台所取材で、キャベツダイエットによって19キロ痩せた男性に会った。今でもキャベツをよく食べるという。
「キャベツの千切りって手間がかかりますよね。キャベピィってご存じですか」と尋ねた。「ののじ」というメーカーのキャベツ専用ピーラーだ。最近注目されていて、しばらく入手困難な時期もあったほど。
彼は眉をひそめて答える。
「持ってるんですけどね、あれやりにくくて。今は全然使ってません」
私も買った当初、同じように思ったのでその気持ちがよくわかった。
「あれね、キャベツの持ち方にコツがいるんですよ。キャベピィに詳しい方が動画を投稿しているんで見てください。コツがわかればノンストレス。スイスイ切れちゃいます」
ほう、そんな方法があったんですねと表情が明るくなった。
ピーラーもザルも昔からどこにでもある、普遍的な道具である。そういうものほど、 “新しい開発”の部分の理屈を心得てから使うといい。
柳宗理のザルを買い直し、コンテは今、ヨーグルトの水切りに大活躍。固めの濃厚チーズのようなヨーグルトを楽しんでいる私の小さな発見が、台所のどこか片隅で眠っている道具の救出になれば嬉しい。