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第5回

どうして列車旅に惹かれるのか、の巻(後編)

[ 更新 ] 2023.03.24
 母子三人、三日間の列車旅。
 旅がおもしろいのは、大きいことから小さなことまで選択の連続っていうことです。たとえ優柔不断でぐずぐずしてしまう人でも、お腹が空いたら「食堂に入る」「パン屋を探す」など、何らかの行動をしなくちゃならない。意欲的な人なら歩き回って美味しそうなお店を探すだろうし、コミュニケーション上手なら地元の方におすすめを聞くだろうし、ガイドブックやスマホで人気のお店を探るやり方もある。ひとり旅じゃなく複数人での行動なら、みんなの意見をまとめることも必須です。お金のことも含めて工夫しながらやりくりするのが楽しいし、どんな旅にするかは自分たち次第っていうのがいい。
 今回の旅では意図的に「息子が決める」機会を多く作ろうと思っていました。というのも、おちび扱いだったこれまではみんなについてくるのが当たり前で、親が息子の好きそうなものを適当に旅程のなかに組み込んでいくというスタイルだったのです。泳いだり魚掴みなどの水辺の遊び、野山で駆け回るとか、温泉とか。だけど、もう小学4年生。自分で調べたり決めたりできる年齢だ。みんなに説明したり交渉したりと、へそを曲げずに対話をする練習もしてほしい……というのがオカンの希望。
 宿に着き、ガイドブックをしげしげと眺めていた息子は「やっぱりパークゴルフに行きたい」と言いました。「運動もした方がいいよ、お姉ちゃん。いつもごろごろしてるし」。
 「むが! あたしは学校までかなりの距離を歩いてるんだよ! 体育で持久走もやってるし、キミの知らないところでちゃんと……」。
 「だけどほら、これ海のところで気持ちよさそうだよ」。見てよ、と今回利用している近鉄周遊パスのパンフレットを指さしました。
 「え、45ホール? むり!」「全部じゃなくていいから」「むりむり」「せっかく三重まで来たのにー」「むりむりむり」「せっかく来たんだから行こ!」がうがう、がるるるるー。

 さて、パークゴルフに行くか行かないかはともかく、実は今回の旅の目玉は水族館で、これは動かせません。
 私にとっては人生で2度目、子どもたちにとっては初めて訪ねた〈鳥羽水族館〉。1200種3万点という飼育種類数日本一を誇る巨大な施設。いろいろな生物の繁殖実績を持ち、希少海洋生物の保護育成にも力を注ぎ続ける、生き物好きにはたまらない場所です。展示水槽ひとつとっても、とにかくスケールが大きくて視界におさまりきらないんですよね。あちらが水槽に、というよりもこちらがガラス越しにおじゃましているような気分。
 例えばピラニア。大集団が一斉にこちらを見つめているので、静か~にあおられているような落ち着かない気持ちになります。気の弱い私は「勘弁してくださいよ……」って、そそくさと逃げ出したくなる。しかし息子はそのピラニア集団の“圧”が気に入ったようで、早速写真を撮りiPadの待ち受け画面にしていた。小学生男子の目にはこの迫力が格好いい! と映ったようです。帰宅後も「いちばん好きな魚」に急上昇していました。


これがピラニア集団。息子撮影。

 ここの水族館は、1種類ごとの数も多く、各個体のサイズも大きい。海獣もたくさん飼育されていますが、どれも悠々としていて立派なんですよね。
 ホームページの飼育日記も必見。飼育員さんそれぞれの投稿や行動、心情を追っかけることもできるし、テーマ別で動物ごとの情報も追え、よそいきでない、生ける物たちの姿が見られます。どこかほのぼのとしているのは飼育員さんたちのお人柄によるものでしょう。命を預かる大変な仕事だと推察しますが、文章からは「好き」が全面にあふれていて、こちらまで幸せな気持ちになります。
 本当に書いていくときりがないのですが、マナティはプールの底に仰向けで寝ていたり(両手を胸に乗せて、ずいぶんお行儀のいい寝相でした)、スナメリはヤッホーって挨拶に来てくれたり。謎の生物ダイオウグソクムシや、そして日本ではここだけの、真っ青でものすごく大きな「マロンザリガニ」というものもいた。これが素晴らしい色形で、メカメカしいったらありゃしない。惚れ惚れするなあ。
 群を抜いてわちゃわちゃしていたのはコツメカワウソ。カワウソ三兄弟「そぼろ」「おかか」「こんぶ」がヒーターの上でごろごろしたり、飼育員さんの長靴をがじがじ噛みに行ったり、あっちへぞろぞろこっちへぞろぞろと、全く落ち着きがなく、かわいすぎて、一日中見ていても飽きなかっただろう。常に口の両端がくいっと上がっていて、いつでもご機嫌、笑いながらいたずらしまくっているって感じです。うちの息子は間違いなくあっち側の生物です。


コツメくん。いかにも、やんちゃそうである。

 子どもたちと一緒に巡っていると、自分が小学生のころ妹とイトコとここでラッコのぬいぐるみを買ってもらった記憶が蘇ってきました。みんなでガラスにおでこをくっつけるようにして水槽を覗いていたなあって。楽しかった思い出が今回の旅を引き寄せてくれたのかもしれません。
 うちの子たちもいつかまた、ここにくる日があるのかな。次は誰と来るのだろう?

 この旅では息子は単独での大浴場デビューを果たしました。最初は母親や姉と女湯に入ることが多かったのが、小学生になったら父親と男湯へという一般的なパターン。今回は父が不在なので、いよいよの単独行です。入浴後、男湯ののれん前で待ち合わせするのは双方にとって新鮮な体験でした。育ち盛りの子どもがいると思わぬ“新鮮”が待っているもんだなあ。
 さあさてそして、パークゴルフ! 最寄り駅からのバスがおよそ2時間に1本という衝撃の事実も乗り越え、行ってきました。ロングビーチに沿うようにして延々と広がる芝。海にはサーファーもたくさんいて、ボードを抱えゴルフのグリーンを横切り、海へハウスへと行き来していた。ゴルフ場のこちらから見ると、どうにもヘンテコでおもしろい光景です。ゴルファーとサーファーが互いにハイハイ、どうぞって譲り合う。大らかでのんびりしているのが別の国みたいでいいねえ。
 パークゴルフの方は、行き渋っていたはずの娘が調子よく、まずまずの成績を収めました。「すご!」と弟から賞賛され、まんざらでもなさそうな姉。彼女はこっそり父親にスコアの写メを送っていました。潮風に吹かれつつのラウンドは気持ちよく、あまりよくわからなかった(本物の)ゴルファーの気持ちが少しだけわかったような気がします。
 帰途は鳥羽駅舎内にある〈〇八食堂〉の大きなエビフライで満腹になり(アジフライのように“開き”であった。珍しい)、再び近鉄に乗り込みます。
 カタンコトンカタンコトン列車は走る。規則正しいリズムを刻むレールの音は、心臓の鼓動のようにも聞こえます。大きな生き物に乗って家まで送ってもらっているような気分。ああ、楽しかったね。
 「次は終点の賢島かしこじまってところまで行ってみたいね。英虞あご湾で、船に乗ってみたいねえ」。お伊勢さんでゲットした「おかげ犬サブレ」「おかげ犬手ぬぐい」などのお土産でふくらんだリュックを嬉しそうに眺めながら、息子が言いました。
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