第11回
スモール・タウン・トーク
[ 更新 ] 2023.02.01
音楽を目的に客が集まるのは、その店で流れている音楽を聴く方法が、その店に行くしかなかったからだ。レコード店でも見かけない、ラジオでもかからない音楽。それらを聴くために、そのレコードを持っている(だろう)〈ブラック・ホーク〉に行った。
〈ブラック・ホーク〉は店で流す音楽に対して厳格なポリシーがあった。店内も頭を垂れて静かに音楽に没入する客ばかりで、まるで礼拝のような雰囲気を感じるのだ。リクエストも受け付けてくれるが、ぼくは気後れしてしまい、リクエストしたことがない。だから、ここで聴きたくて仕方がなかった音楽を聴いたことも、ほとんどない。ただ、この店が発行する印刷物、特に『SMALL TOWN TALK』という小冊子によって、たくさんのレコードを知った。冊子でアーティスト名とジャケットを憶え、レコード店をまわって見つけたときは小躍りした。そうやって手に入れたレコードを、いまでも愛聴している。
松平維秋『SMALL TOWN TALK――ヒューマン・ソングをたどって……』2000年。松平は〈ブラック・ホーク〉のDJとして、この店のコレクションを方向付けていた。
〈ブラック・ホーク〉が発行していた『SMALL TOWN TALK』。この11号の特集「ブラックホークの選んだ99枚のレコード」で紹介されたレコードが、ある種の趣味を持つ人にとっては教科書だった。
前に豊田市美術館で奈良美智さんの展覧会を観た。第1展示室に入ると、彼の作品ではなく、壁一面にレコードジャケットが展示されている。300枚くらいだったように思うが、そのほとんどが、ぼくが持っているレコード、見つけられなかったレコード、お金がなくて買えなかったレコードで占められていた。『SMALL TOWN TALK』で知ったレコードも多かった。目が泳ぐ。その最初の衝撃が収まったくらいのタイミングで、第1展示室に音楽が流れていることにようやく気づいた。しかもその曲が、カレン・ダルトンの「Something On Your Mind」だったので、一気に奈良さんの世界観に惹きつけられ、彼も〈ブラック・ホーク〉に通っていたに違いないと確信した。
Karen Dalton『In My Own Time』1971年。カレン・ダルトンはオクラホマ育ちのシンガー・ソングライター。
その後、奈良美智さんとレコードを聴きながら話をするイベントをやって、〈ブラック・ホーク〉の話もした。そのとき最後にかけたのはボビー・チャールズが歌う「Small Town Talk」だった。