第285回
ドリアン持ち込み禁止。
[ 更新 ] 2025.01.15
近所に食料を買いに。
自転車に乗ったお兄さんとお姉さんが連なって走ってゆく。
どちらの自転車のかごにも、むきだしの蟹がぎっしりと入っている。
信号のところで追いついたので、じっと見入る。
ぎっしりの蟹について、二人とも、少しばかり気にしている様子。
なぜなら、信号待ちをしているすべての人が、ぎっしりの蟹を凝視しているからである。
信号が青にかわり、二人はものすごい速さで自転車を漕ぎ、ゆき去った。
そこにいた人全員が、心中でため息をついた気配が、あたりに満ちる。
十一月某日 晴
インドネシアの文学祭に招かれ、ジャカルタへ。
飛行機の中で、本の趣味のあう二人が恋をする、という映画をぼんやり見る。本棚にあるものが共通、という導入部分を見て、とっさに自分のうまくゆかなかった、「本棚の本が共通」だった、はるかな過去の恋愛の相手のあれこれが、さあっと脳裏にうかび、ひどく禍々しい気分に。
予想どおり、本棚の本が共通していた二人の間には亀裂がはしり、最終的には別れを迎えることに。
同業者の中ではずいぶん昔から共通認識となっている、「好きなものが一緒、という相手とは、恋愛においては、存外うまくいかないものだ」というテーゼを物語化した映画なのかー、と思いながら、映画を見終わり、しばし黙考。結論。好きなものが真に一致しているならば、恋愛はうまくいくかもしれないが、持っている本が共通している、くらいの、甘っちょろい一致で「一緒だ」と喜んでしまうことが、うかつ。
映画の中の別れてしまった二人の幸福を祈っている間に、無事着陸。
十一月某日 晴 午後スコール
ジャカルタでインタビューを受けたり、人さまの前で話をしたり。
日本ではようやく秋が訪れ、気温も10℃くらいになっていたのに、突然また33℃前後の気温となり、午後には盛大なスコールが到来する、という日々。
でも、今年の夏の連日の35℃超えを思えば、33℃はずっと楽。
ジャカルタ在住の日本の人に聞いた話。
ジャカルタの道はすべりやすい。スコールだの雨だのが多いので、でこぼこをつければいいのに、ほとんど摩擦を起こさないつるつるした道が多くて、歩くのに往生する。
ジャカルタの人たちは、車かバイクで移動する。ジャカルタの道路面積の総和は、ジャカルタの車の占める面積全部をあわせた総面積よりも小さいので、常に道はぎっしりで、朝から晩まで渋滞している。
十一月某日 晴 午後スコール
ジャカルタの道路の渋滞を少しでも緩和しようと、電車に乗ってみる。
日本の武蔵野線と丸ノ内線だった車輛が走っていて、なごむ。
車内には、「ドリアンの切り身持ち込み禁止」の看板が。
切っていない、丸ごとのドリアンならば、持ち込んでもいいとのこと。
十一月某日 曇
一週間のジャカルタ滞在を終え、空港へ。
インドネシアが大好きになっていたので、去るのはとてもさみしい。
帰りの飛行機では、禍々しい気持ちにならないために、映画は見ないことに。
文学祭で会った作家の本を読み、少し眠り、また読み、羽田に着く。寒い。