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第13回

音楽のほうから訪れてくれるまで待つ

[ 更新 ] 2023.03.01
 去年の暮れから1ヶ月ほど鹿児島で過ごした。年越しから正月にかけての鹿児島の様子は、その前年に経験していて、それがなかなか良かったから、今回もそうしようと思ったのだ。元日はさすがに営業している店はなかったが、2日になるとよく行くコーヒー店も開いている。それで昼過ぎから〈COMMON COFFEE COUNTER〉に出かけた。この店にはアルテックの大型スピーカーがあって、大音量ではないが、なかなかいい音楽がかかっている。

〈COMMON COFFEE COUNTER〉は2022年3月にオープンしたばかり。鹿児島市平之町10-1

 この日も、気になる音楽が流れてきて、カウンターの向こうを見ると、見たことのあるジャケットが飾られている。見たことのあるというのは、聴いたことのあるという意味ではない。このジャケットの写真を、おそらくSNSで何度か目にしていた。「これは誰?」と質問したら、角銅真実だという。角銅真実の名前を知ったのは、ずいぶん前だったと思う。友人がたぶん好きだと思うよと言いながら教えてくれた。名前をiPhoneのメモに残したことは憶えている。でも、それきりで探してみることもしないままだった。




角銅真実『oar』2020年。長崎県出身。東京藝術大学音楽学部で打楽器を専攻。ceroのサポート・メンバーとしても活躍。いわゆるシンガー・ソングライター系の人と勝手に思っていたので、経歴にも驚いたし、なによりも曲を聴いてビックリした。

 SNSで気になっていたジャケットのほうも、きちんと書いてあることを確かめない。だいたいぼくの友人たちがいいと薦めるものは、ラジオで流れたりはしない。だからこうして偶然に流れている場所で出会わないかぎりは、そのままになってしまう。ようやく、この素晴らしい音楽とアーティストの名前がつながった。その場から通信販売で注文した。これが、今年いちばん最初に買ったレコードである。角銅真実はたくさんのミュージシャンと共演している、いわば売れっ子のようだった。それでも、クレジットをきちんと確かめないようになってしまっている自分には、なかなかこういう音楽家に巡り会えない。実は、去年最後に買ったレコードも、コモンで聴いたものだった。SNSで見かけて気になってというところも同じだ。池間由布子の『My Landscapes』。これも店からiPhoneで注文した。




池間由布子『My Landscapes』2020年。2010年ころから活動を開始していたらしい。自身のホームページにもほとんど情報は載っていない。ぼくにはまったくもって謎の存在のまま。「とんかつ」という歌が特に好き。

 店主が次にかけようとしているレコードのジャケットが見えた。それも気になっていたアーティストなのだが、今日はもう買ってしまったからと、我慢をして帰ることにした。彼はコーヒーの仕事をする前は、東京の大きなレコード店で仕入れを担当していたそうだ。これからも、ここで聴いたことで買うということが何度も起こるだろう。

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