第3回
無音の店
[ 更新 ] 2022.09.01
京都・桝屋町〈イノダコーヒ三条支店〉
三条支店は、ぼくが最初に入ったイノダコーヒで、本店に行くのはそれからずいぶんあとのことになった。というか、三条支店が本店なのだと思い込んでいた。最初に行ったのは高校の修学旅行の時。高田渡の『ごあいさつ』というアルバムに収録されていた「珈琲不演唱(コーヒーブルース)」という曲の歌詞に、「三条へ行かなくちゃ/三条堺町のイノダっていうコーヒー屋へね」というフレーズがあって、自分は京都に行ったら、まずイノダっていうコーヒー屋でコーヒーを飲むのだと思い詰めていたからである。就職をして、京都に出張などで行くようになってから本店を知ったら、高田渡が歌っていたのは果たして三条支店のことだったのだろうかと、不安になったことがある。それでイノダコーヒのウェブサイトで店の住所を確認してみた。本店は堺町通三条下る、三条支店は三条通堺町東入るとなっていて、高田渡が歌ったのは三条支店のことなのだと安心した。
高田渡『ごあいさつ』1971年
日本にフォークブームが起こったのは何年頃だったろう。ブラザース・フォアとかピーター・ポール&マリーとかが火付け役だったのか、それともピート・シーガーとかボブ・ディランとかが先導者だったのか、少なくともぼくにとってカレッジ・フォークと呼ばれていたものと、プロテスト・フォークというのは別物だった。高田渡はテレビで観たのが最初だ。「自衛隊に入ろう」を歌っていた。だからプロテスト・フォークの人だと思ったのだが、それにしてはやけに飄々としていて、聴くものを煽る感じが皆無だった。『ごあいさつ』というアルバムを聴けば、この人の深い魅力がよくわかる。彼を通じて、ぼくは山之口貘やラングストン・ヒューズといった詩人たちを知った。そしてイノダコーヒも教えてもらったわけである。
イノダコーヒはどの店も音楽がかかっていなかったはずだ。ぼくは無音の店もとても好きである。音楽が流れていたとしても、自分が誰かと会話している間はほとんど耳に入らず、沈黙が訪れてコーヒーカップを口元に持っていく時にようやく聴こえてくるくらいのヴォリューム、それでも、その曲が気になって仕方がないというようなものだったというのが理想だ。