ウェブ平凡 web heibon




第2回

いま流れているのは?

[ 更新 ] 2022.08.15
 ある朝、ドトールコーヒー本社ビルの1階にある、いまのところぼくが都内でいちばん好きな〈ドトール渋谷神南1丁目店〉でコーヒーを飲んでいて、ものすごく好みの曲が流れたので、Shazam(シャザム)で検索した。ベニー・シングスというオランダ人アーティストの「Make A Rainbow」という曲だった。しかも、この曲をShazamしたのは、これで4回目だったことも同時にわかる。たぶんマイク・ミルズ監督の映画『サムサッカー』の音楽に似ていると思うからだろう。温かな気持ちになる。昼過ぎに家で『サムサッカー』のサントラCDをひっぱりだして聴いてみたが、どの曲に似ていると思ったのか判然としなかった。どちらも混声コーラスだから、そう思ったのだろうか。

東京・神南〈ドトール渋谷神南1丁目店〉
 
「Make a Rainbow」が収録された『 The Best of Benny Sings』2012年

 考えてみれば、ドトールではよくShazamを使う。それくらいBGMが気になる店だ。Shazamを使って誰の曲かを知り、そのアーティストのCDまで買ってしまったのも、ドトールで耳にした音楽が最初だった。インドネシアのシンガー・ソングライターであるアディティア・ソフィアンの『quiet down』。ドトールで流れてきた時は、何語で歌われているのかすらわからなかったのだが、朝の時に相応しい、ゆっくりとしたテンポの心落ち着く曲だった。


アディティア・ソフィアン『quiet down』より「Adelaide Sky」

自分にとって新しい音楽は、発売されたばかりの新譜ばかりではなく、もう25年前のレコードだけれど初めて聴いたというものも含まれる。後者のほうが多いかもしれない。そういう新しい音楽に出会う機会をぼくに与えてくれるのは、ラジオか喫茶店だ。昔は、コーヒーを飲むためにではなく、ジャズ喫茶とかロック喫茶など、音楽を聴くためだけに行く喫茶店があった。
 たまたま耳にした音楽が、誰の何という曲かを知るために苦労するということも多かったし、その苦労自体も後になってみれば楽しかったことに分類される。だから、Shazamというアプリケーションの存在を知った時は、しばらくのあいだ、「そんなものに頼りたくない」と拒否していた。きっかけが何だったかはもう忘れたが、Shazamをダウンロードした。2019年の年末だ。それからはこのアプリの便利さと楽しさを満喫している。喫茶店でかかった音楽が気になったら、音のするほうへiPhoneをかざす。たいがいはすぐに曲名とアーティスト名が表示される。そして「最近Shazamした曲」として、アプリ内のライブラリに残る。それを見直すと、どこでその曲を耳にしたのかはだいたい憶えているものだ。このライブラリは、ぼくにとっては日記というかメモ書きのようなものとして機能している。とはいえ、ドトールで朝のコーヒーを飲む合間にShazamしている客は、きっとぼくだけのようである。
SHARE