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第13回

『花より男子』~究極の「金持ち vs 貧乏」の逆転ドラマ

[ 更新 ] 2024.09.30
 連載初回に記したように、60年代にはたしかに、高慢で美人でお金持ちのお嬢さまが貧乏な主人公につらくあたるという、いわゆる「悪役令嬢」の物語があった。しかし70年代からしだいに変化が見られはじめ、『エースをねらえ』のお蝶夫人や、『ガラスの仮面』の亜弓さんなど、最初は悪役令嬢的な要素を持って登場しながら、連載が進むにつれしだいに気高く、絶大な人気を博する「お嬢さま」が現れた。
 そして自由主義が吹き荒れる2000年代に入ると、一条ゆかり『プライド』(2002~)に象徴されるように、金持ち vs 貧乏の構図が完全に逆転し、「お嬢さま」の方が主人公となり、貧乏なライバルの妬みがそれに対置される、という話もした。
 それでは、貧乏な主人公がお金持ちに立ち向かう、という物語はいつまで力を持っていたのか? そう、少女マンガで絶大な人気を誇り、日本だけでなくアジア各国で次々とドラマ化された『花より男子』(1992~)こそは、その輝ける金字塔だった。
 だが神尾葉子『花より男子』には、かつての悪役令嬢ものとは違う大きな特徴がある。それは、究極のお嬢さまたちは、お金持ちの上に美しいだけでなく、有能で性格もよく、主人公をいじめたり対立したりするどころかサポートしてくれるということである(後述するように、中には主人公を陥れようとする雑魚お嬢さまたちもいるが)。逆に主人公を「いじめる」という役まわりは、なんと、最終的には主人公の恋人になる、超大金持ちイケメン4人組「F4」のリーダー・道明寺司に仮託されているのである。これこそが『花より男子』がなしえた物語上の大転換だった。

 ◆イケメン金持ち軍団 vs 貧乏ど根性な主人公
 『花より男子』は、貧乏なのに、親の勧めで高校から、金持ちばかりの超名門私立・英徳学園に通う、牧野つくしの物語である。親が金持ちばかりの学園の中でも、セレブ中のセレブであるイケメン4人組「F4」。特にそのリーダーである道明寺に逆らった者は、学園の全員から徹底した攻撃を受ける。「F4」の理不尽な支配が横行するこの高校につくしはどうしてもなじめず、不本意ながら息を殺すようにして、なんとか無事に3年間をやり過ごしたいと思っていた。しかし高校2年の時、本来の負けん気と正義感から思わず道明寺に逆らってしまい、つくしのロッカーには「赤札」が貼られる。
 この学園では、F4によって「赤札」が貼られたものは、学園全員の攻撃の対象になる。この日以来、つくしへのいじめは壮絶を極め、生卵を頭にぶつけられたり、学園中を追いかけまわされて男たちに押さえつけられたり、頭から生ゴミ(!)をかけられたりする。それどころか作中で、縄で手首を縛られて車で引きずられたり(『マッドマックス』か!)までするのである。F4のリーダー道明寺の荒れぶりはすごく、相手を内臓破裂させ、金で揉み消したこともあるという。
 しかし、つくしも負けてはいない。F4の4人の額に赤紙を貼り返し、「宣戦布告よッ!」【図1】。


【図1】神尾葉子『花より男子』1巻(集英社)40-41頁

 じつにこれが、貧乏(精神的貧乏も含む)な女の子が、美人でお金持ちのライバルを隠れた才能でいつのまにか抜き去るのでなく、踏まれても踏まれても負けないそのド根性で真正面から金持ち集団の理不尽な支配に対抗する、という物語の幕開けであった。ときは1992年、ちょうどバブル崩壊の最中のことである。
 『花より男子』のいじめの主体は男子であることが多いが、もちろん女たちからのいじめもある。ある日、教室の黒板に「牧野つくしは中学のときウラ番‼ 男好きのインラン。2回子供をおろしているっ」と書かれ、その前は黒山のひとだかり。だがそれを消してくれている女性3人組がいる。「わたし牧野さんとは一度ゆっくり話してみたかったのよね」「かっこいいわよねえ。野生!!って感じ」。そう言って彼女たちはつくしをダンパに誘う。ジーンズでいいラフなパーティーで、会費が2万円。「大丈夫よぉ――、おごってアゲるから」ということだったのだが、行ってみると、皆ブランドもので盛装しているようなパーティー。彼女たちは、いちいちつくしにイヤミをいい、黒板の落書きも自分たちが書いたのだとあかす。「牧野さんてすごい目立ちたがりやみたいだから、中途半端でなくていいでしょ、あーいう噂も」「わたしたちは時間とお金をたっぷりかけて最高の女になって、いつか最高の男と結婚するのよ。F4みたいな男たちと。それを、よもぎだかつくしだかの雑草が色目使われちゃたまんないの」。あんたは特に花沢さんを気に入っているみたいだけど、花沢さんが「あんたみたいな一般ピープル相手にするわけないでしょ」とつくしにシャンパンを頭からぶっかける。【図2】


【図2】神尾葉子『花より男子』1巻(集英社)156-157頁

 つくしは思う。「し…信じらんない。女のいじめってハンパじゃないわっ」
 この3人は、全編を通じていじめる側の女たちとして登場し、のちに道明寺の別荘にスキーに行ったとき、つくしの友人が夜の雪の中を外に出て行ったと嘘をついて、つくしを吹雪の中で遭難させたりもする。つまり彼女たちは、いわばトゥシューズに画びょうを入れる雑魚キャラお嬢さまの象徴的な役割を果たしているのだ。

 ◆完璧なマドンナ:藤堂静
 さて、そんなつくしに最初に手を差しのべてくれるのが、先ほどの女3人組の話にも出てきたF4の花沢類(彼はつくしの毒づきを何度か非常階段で聞いていた)と、花沢類の思い人である令嬢・藤堂静である。
 藤堂静はつくしたちより2つ年上の大学生。藤堂商事の社長令嬢で、そのへんの雑魚キャラとは一線を画す正真正銘のお嬢さま。英徳大学に在学しているが、現在はフランスのソルボンヌ大学に留学中。ピアノとバレエは3歳から習っており、ヨットの国際免許も持つ行動派。その年の「ミス・ティーン・オブ・フランス」にも輝いている。
 F4とも幼馴染だが、子供の頃の花沢類が、大企業の跡取りとしての厳しいしつけを受けてほとんど笑わなくなり、一時は病院送りとまで言われていたのを、少しずつ外につれだし笑わせるまでにした実績がある。思いやりとともに、行動力と、確実な実行力も持ち合わせているのだ。F4ですら「静はすげえ女だよ」。花沢類の初恋の人であり、現在の思い人でもある。
 つくしが壮絶ないじめにあい、生ゴミを頭からかけられたときに、静は動じもせずつくしに手をさしのべ、化粧室に一緒に行って汚れを落としてくれただけでなく、のちにパーティーにも誘ってくれ、自分のソワレを貸して着替えさせ、メイクまでしてくれる。つくしとの最初の出会いのとき静が言うのが、「ヨーロッパでよく言われたわ。 “とびきりいい靴をはくの。いい靴をはいてるとその靴がいい所へ連れて行ってくれる”ってね」。各国のドラマでも印象的に演出されるセリフである。静によってパーティーに行くための魔法をかけられながら「この人やっぱり好きだな…。あこがれずにはいられない」と思うつくし。シンデレラのような、これがつくしの最初の、前に踏み出す一歩。抵抗するだけでなく、前に出ること。
 のちに開かれた20歳のバースディ・パーティーで静は重大な発表をする。「私、藤堂静は、来月またパリへ帰ります。帰国する予定はございません」。【図3】


【図2】神尾葉子『花より男子』3巻(集英社)182-183頁

 娘の寝耳に水の発言に、「お前は跡とりなんだぞ。この藤堂商事はどうなるんだ」と息巻く両親に、「私は貧しい人々を支える弁護士になりたいの。このきらびやかな衣装も長い髪も」「もう私には必要ないわ」と、ナイフで髪を切り落とす静。「藤堂のは捨てます」。
 カッコいい! 本物のお嬢さまは中身まで一流なのだ。作者の神尾葉子も、静は誰もがあこがれずにはいられないような完璧なお嬢さまとして描いたといっている。静の存在はある種、つくしにとってこれから先の道を開いてくれる存在、目標とすべき地点を指し示してくれる存在として描かれているといっていいだろう。
 花沢類のためにフランスへは行かないでほしいと頼むつくしに対して静は言う。チャンスは逃がしたら二度と手に入らない。だから決心を変えるつもりはない。でも「あなたってほんとにパンチがあるわ。さすがに司たち4人とわたりあって来ただけのことはあるわね」「さようなら。あなたのこと、とても好きだった」。

 ◆もう一人のつくし:道明寺椿
 『花より男子』にはもう一人、そうした存在がいる。F4のリーダー・道明寺司の姉、道明寺椿である。他とは格の違う財閥の家に生まれた道明寺椿もまた、藤堂静をも超える英徳学園の伝説のお嬢さまで、高校在学中にパリコレのモデル経験があり、大学在学中にホテル王の跡継ぎと結婚。アメリカと日本とを行き来する生活である。
 だが、この道明寺椿が、じつはもう一人のつくしともいえる存在なのだ。ダイナミックで負けん気が強く、とくにスゴイのがそのすさまじい蹴り! この蹴りは道明寺司に関してもいかんなく発揮され【図4】、ある意味、道明寺は、姉によるこの蹴りの中毒になっているといってよい。なぜなら、道明寺が赤札を貼ったつくしに強く惹かれるようになるのは、つくしから、姉をほうふつとさせるダイナミックな蹴りを入れられたことがきっかけだからである【図5】。


左:【図4】神尾葉子『花より男子』7巻(集英社)144頁
右:【図5】神尾葉子『花より男子』1巻(集英社)80頁

 実際、道明寺椿は静以上に、常につくしの味方になってくれる。
 だが、椿は静とは違って、親や生まれに逆らって自分の人生を選ぶことはできなかった。ホテル王との結婚は母親が決めたことであり、椿はその頃付き合っていた恋人と無理やり別れさせられている。今は優しい夫と心が通い合うようになったとはいえ、だからこそ道明寺椿はつくしに、「あなたみたいな人ならつかさをまかせられると思ったの」と言うのであろう。
 ここで気づくのが、セレブだらけの英徳学園の中でも伝説級の、2大究極のお嬢さまである静も椿も、早いうちにつくしの力を見抜き、最初から味方になってくれていることである。「一流は一流を知る」というライバルの法則は、ここでも形を変えて生きているのだ。

 ◆日本一の女子高生は誰だ⁉:栗巻あや乃との優勝争い
 『花より男子』の中には多様なお嬢さまライバルが登場する。
 花沢類をめぐるライバル藤堂静は別格だが、たとえばつくしは、ひょんなことから知り合った、寿司屋志望でバイトを掛け持ちしている青年「金さん」、じつは大物代議士の息子・天草清之介のハイソな婚約者・栗巻あや乃と、日本一の女子高生を決めるコンテスト「ティーン・オブ・ジャパン」の優勝をかけて争うことになる。
 3年に一度開かれるこのコンテスト、前回の優勝者は藤堂静、前々回の優勝者は道明寺椿である。もとはといえば、父親がサラ金で借りた100万円を返さなければならないつくしの事情と、いつのまにかド根性のつくしに惚れてしまった道明寺の、「自分と釣り合う女にしたい」という願望が合わさっての成り行きだ。
 そこへ、つくしをめぐって天草清之介と道明寺司が殴り合いの喧嘩をしたという記事を読んで激怒したという天草の婚約者・栗巻あや乃(次期国連大使の娘)が急遽アメリカから帰国。「ティーン・オブ・ジャパン」でつくしと競うことになる。
 栗巻あや乃は、次期国連大使の令嬢というだけでなく、「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」。品があり、すべてに優れた正統派のお嬢さまである。
 どう考えてもつくしに勝ち目はないが、司の姉・椿の仕切りで、つくしは道明寺家で2週間の集中合宿。礼儀作法からお茶にお花、英会話・料理、それにヘアメイクからエスティティシャンの先生までついての特訓が始まる。目指すはもちろん優勝だ。なにせ賞金の100万円がかかっているのだから。
 決戦の日、栗巻あや乃はつくしに伝える。清之介は忘れているかもしれないが、幼い頃、清之介と結婚の約束をした。なのに清之介が天草家を捨ててまで一緒になりたい人がいる、というつくしとの記事を読んで、矢も楯もたまらず家出をしてアメリカからやってきた、と。栗巻あや乃は清之介に対して本気である。
 つくしは思う。<ふるえてる。こんなにきれいで何もかも持ってる人が。金さんに対する本気が、瞳に映ってる>【図6】


【図6】神尾葉子『花より男子』11巻(集英社)110-111頁

 一時は金さんにときめいていたつくしだが、栗巻あや乃に会って、花沢類を追いかけていた頃、静さんを見て心臓をわしづかみにされたような気がしたときとは違う。この人の方が金さんにずっとふさわしい。素直にそう思える、と気づく。
 しかしだからといって「ティーン・オブ・ジャパン」の優勝は譲れない。つくしは偶然も手伝って決勝戦まで残り、栗巻あや乃との一騎打ちに。しかも課題は「子供と遊ぶ」。最初のうちは何をしていいかわからず、子供たちに絵本を読んであげるあや乃に水をあけられたつくしだったが、しだいに、むきになって子供と同じ視線で遊ぶつくしの姿に、子供たちは強く惹きつけられていく。だがつくしは、あや乃も一緒に誘い、子供たち全員と大縄跳びをはじめる。お嬢さまのあや乃も子供の頃、あやとりもゴムとびも大好きで、母親に見つからないように楽器のレッスンの合間にやっていたという。意気投合する二人。最後に「楽しかったわ。ありがとう。子供の頃、こんなふうに遊ぶ友達、私にはいなかったから」とあや乃は言い、二人は固く握手を交わす。さて、子供たちの判定はいかに──?
 ここでも、正統派お嬢さまのあや乃はつくしの魅力に惹きつけられている。途中、あや乃の後輩の女性たちがつくしに詰め寄り、誹謗中傷したり攻撃したりするのとは対照的である。同じお嬢さまでも、雑魚お嬢さまたちは相手の足をひっぱろうとするが、正統派の一流のお嬢さまは主人公の魅力を率直に認め、攻撃から守ろうとする。やはり「育ちのよさ」というのは侮れないのだ。

 ◆二重人格のお嬢さま:三条桜子
 さて、多彩なお嬢さまたちの中でもちょっと異色なのが三条桜子である。生まれながらのお嬢さまではなく、両親が航空機事故で亡くなった遺産で生計をたてているという。
 新入生の中でも「超かわいい子」として評判だが、本人は男性恐怖症だといい、つくしにすがってくる。しかしおとなしそうに見せているその裏の顔は、ジュリアナで踊り狂うイケイケで、超・性格悪い女子【図7】。


【図7】神尾葉子『花より男子』5巻(集英社)72頁

 花沢類に似た居候の金髪青年トーマスにつくしを誘惑させ薬で眠らせて、その写真を学校中にばらまいたのも、この三条桜子。
 しかもなんと、その美しい顔も整形である。小さい頃から道明寺が好きだったのだが、もとの顔をF4に「ドブス」とからかわれ、両親が航空機事故で亡くなって手にした遺産で美しい顔に整形し、いつの日かF4が自分の足元にひれ伏すのを見たい、その復讐のためだけに生きてきた。だがつくしが現れ、「あなた程度の顔でF4にちやほやされるのが許せない」「とっとと消えな、このドブス」。
 桜子がさらに続けて藤堂静の悪口を言い始めたからつくしは切れる。この時はまだ桜子が整形していることは知らないが、「あたしのことをドブスと言ったけど、鏡見てみなさいよっ。醜くゆがんだ顔してるわよっ」。
 明日になったらきっとその言葉を後悔して私に謝る、という桜子につくしは、「あたしは誰にも頭を下げたりなんかしないっ。自分に恥ずかしいと思ったことは死んだってするもんかっ」。
 だが翌日、つくしが登校すると、これまで以上に壮絶ないじめが待っている。いじめの首謀者は桜子である。『マッドマックス』ばりの、手首に縄を巻いて車でひきずるという暴力シーンもこの時に登場する。後ろでほくそ笑む桜子。
 だがその桜子の美しい顔が整形だということが、同級生が持ってきた昔のアルバムで皆にばれてしまい、一転して周囲からの攻撃にさらされる桜子。さすがの桜子も顔から血の気が引いていく。しかしそこで、前日にトーマスから桜子の事情を聞いていたつくしは言うのだ。「美しさを金で買って何が悪いのよ。あんたらだってお金で買いたいもん買うでしょーが!」
 つくしの背中にすがって桜子は泣く。桜子が、自分ができなかったことをやってのけているつくしに惹かれていた、というのも嘘ではない。「つくしがはじめてだったんだよ。桜子が学校の子を家につれて来たのは――…」とはトーマスの言葉。
 事実、この日のことを桜子は感謝し、あとで正面から謝りに来る(このあたりが桜子だ)。「あんなにひどいことしたのにかばってくれるなんて、信じられないほど嬉しかった」「あなたにあこがれてたっていうのは本当。あたしが持ってないその雑草パワー。――逆にものすごいコンプレックスもあったけど」
 三条桜子は作品の最後まで、重要なキャラクターとして登場する。道明寺が記憶を失い、つくしの最後のライバルともいえる海ちゃんが道明寺を看病し、つくしを近づけないようにしたとき、海ちゃんとその友人にヤキを入れるのも桜子である。
 そのとき桜子は言う。「わかってるんですよ、自分でも。私がやるべきことじゃないって。単なるイジメみたいですよね」「でも悪役ヒールには悪役ヒールとしてやることあるんですよ。言っても言わなくてもあのタイプにはわかんないかもしれないですけど」
 ──「でも悪役ヒールには悪役ヒールとしてやることあるんですよ」というセリフが刺さる。
 ここには「育ちのよい」お嬢さまにはできない力がある。敵役ではあるが、桜子にはつくしの雑草パワーに近いものがあるのだ。桜子はさらに言う。「私、牧野先輩に救ってもらったんですよ。返しても返しきれないものをもらったの」
 つくしが静先輩に道を開いてもらったように、桜子はつくしに道を開いてもらったのだ。

 ◆破天荒なお嬢さま:大河原滋
 さて、上記の場面で桜子と一緒にいたのが、道明寺の婚約者だったちょっと変わった超お嬢さま、大河原滋(以下シゲル)である。
 シゲルは、道明寺に対してもすぐ手がでるような向こうっ気の強い女性で、道明寺にジャンプして飛びついて、いきなり耳をかじったり、行動の読めない女性だが、アメリカの石油王と提携を結んだ日本で1・2を争う同族企業の令嬢だという。【図8】


【図8】神尾葉子『花より男子』16巻(集英社)198-199頁

 そのシゲルはつくしと出会って意気投合し、友人になりたい、もしつくしが道明寺を好きなのでなければ道明寺と恋愛してみたい、と協力を依頼してくる。よく小説とかドラマである「恋の悩みを友達に相談」というのを1回やってみたかった、という。
 賑やかでくるくると表情が変わり、つむじ風のようなシゲルにつくしは思う。「変わった人…。こんなお嬢さんいるんだ。あたしの知ってるお嬢さんは2種類。静さんや椿お姉さんの正統派、言うことナシ、希少価値タイプ。そして英徳の女狐タイプ。第3のタイプだわ――」
 シゲルはそのうちに本当に道明寺が好きになり、道明寺から「おれとつきあってくれ」「おまえを好きになるように努力する」と言われて、「……私、うれしくて気がへんになりそう。涙がとまんない」。
 つくしはこの時のことを花沢類にこう語る。「めちゃくちゃかわいく泣くの。肩をふるわせて顔くしゃくしゃにして。あたしシゲルさんてもっとあっけらかんとしたタイプだと思ってたから………びっくりした。すごく女の子っぽいひとだったよ」「でも、なんかかわいくって好きなんだ。やること大胆で人をふりまわすけど、おませでわがままな小学生の女の子みたいで憎めないの」
 もちろん最終的には道明寺とシゲルはうまくいかない。道明寺はつくしを好きなのだから。口を出してきてつくしを悪く言う母親にシゲルは、「つくしのことを悪く言ったら、いくらママでも私は許さない!」。
 このあとシゲルは、真夜中につくしのアパートの2階の窓から突然侵入してくる。そして、「道明寺とうまくいっている」と言ったことは嘘だったこと、母親に頼んで婚約は解消してきたことなどを語る。「司とはこんな形になっちゃったけど、私、つくしとは友達でいたい。それを言いたくて今日は来たの。私、司を好きになった以上に、つくしに会えてよかったと思ってるの」。
 これ以降、つくしとシゲルは親友に近い間柄になる。シゲルは同じく道明寺が好きだった三条桜子とも意気投合し、急速に親しくなる。「私達、玉砕シスターズなのよ。それも、聞けばどっちも裸で特攻したっていうじゃない⁉」
 シゲル、桜子、つくし、そしてつくしの中学時代からの友人・ゆうの4人で「Ⅾ4」(ど根性4人組)を名乗ろうかと話すほどの仲の良さだ。
 優紀は唯一、つくしの中学時代からの女友達で、お互いに庶民で、和菓子屋でずっと一緒にバイトをしてきた。地味だが、つくしがつらいとき、陰に陽につくしを支えてくれたのが優紀だ。中学時代の友人が男子の発言に傷つけられて不登校になった時も、つくしがその男子にくってかかったのに対し、優紀は毎日その友人の家に通い、彼女を説得し続けた。「負けないで」と。
 「Ⅾ4」の宴のあと、優紀がつくしに話しかける場面がある。その頃のつくしは、道明寺の母による妨害で住む家もなくなっているのだが、そんなつくしにシゲルがうちに来ればいい、と言ってくれた、そのことについての発言だ。「……和也くんから聞いたんだけど、みんなそれぞれマンションとか持っててさ、誰が提供するのがつくしに一番負担がかからないか昨日一晩話し合ってたらしいよ。…幸せだね、つくし」
 和也は優紀とつくしの共通の友人で中学時代の同級生。親が不動産で成功して成金となり、つくしと同じ英徳学園に編入してきたのだが、つくしと共に赤札を貼られ、いじめのターゲットにされたこともある。優紀のこのセリフは、英徳学園でF4に赤札を貼られて以来、逃げずに闘い続けてきたつくしが、いつのまにか築きあげてきた友人関係とシスターフッドを象徴する言葉だろう。もちろん、つくしを支え続けてきた優紀も含めて、である。
 『花より男子』はじつは少年マンガに似た構造を持っている。次々に現れるライバルは、結局は主人公の人柄に惚れ、仲間になる。そして最後に立ち向かうのは、ラスボスだ。

 ◆ラスボスは道明寺母
 さて、ここまでさまざまなお嬢さまライバルをあげてきたが、『花より男子』のラスボスは、なんといっても道明寺の母親・かえでであろう。
 彼女は世界的な企業の総裁であり(夫も健在のようだが、どうも実権は彼女が持っているらしい)、娘の椿をホテル王の跡継ぎと無理やり政略結婚させ、司をも権力で支配してきた。道明寺司があれほど荒れていたのも、この母親の強い支配下に置かれていたストレスと苛立ちが大きい。
 彼女は息子の周りに目障りな庶民の女がうろちょろしているのを知ると、直接つくしの家に乗り込んでくる。息子は将来のある身だから、5千万円(!)で息子の司から手を引け、というわけである。
 これにはつくしもカッとするが、つくしの母の対応がもっとすごい。すっくと立ちあがると台所に行き、キッチンの塩のケースを取り、道明寺母の頭から塩をぶっかけるのである!「お金を持って、とっととお帰り下さい」【図9】


【図9】神尾葉子『花より男子』16巻(集英社)115頁

 のちにこの母は、たかが5千万ぽっちより道明寺と結婚して財産全部もらった方がいいとのたまうが、このシーンにはスカッとした人も多いだろう。
 しかしもちろん道明寺母・楓はこんなことではあきらめない。大きな権力を使ったその妨害は多岐にわたり(名家の令嬢・大河原滋との婚約もその一つ)、ついにはつくしの友人の優紀の父を左遷させ、和也の両親の会社を倒産させるという禁じ手まで打ってくる。つくしはこれに激怒し、「あなたは最低です」と顔に水をぶっかける。
 そのしばらく前にも、侮辱してくる楓に対し、つくしがタンカを切る場面がある。「あたしは何様でもないですよ。あんたにとってはただの雑草かもしれない。だけど、人に馬鹿にされるような生き方はしてない」「あたしはあなたを心底馬鹿にしています」「出てって下さい。あたしの世界にはあなたなんか入れない」
 ここへきて物語は、はっきりとした階級闘争の様相をあらわにする。
 物語中では一時期、つくしが道明寺家で使用人として働き、使用人頭の厳しい指導を受ける展開がある。そして、つくしが楓に歯向かおうとするとき、まっこうから楓に対峙するのがこの使用人頭・タマなのである。
 彼女は言う。「若い人達の恋愛に踏み入ろうなんて、私に言わせりゃ楓様」「あんた無粋な人ですわ。かっこわる」
 彼女はさらに続ける。「この子を追い出すことはこのタマが断じて許しません」「私はこの館に60年勤めた使用人頭です!」【図10】


【図10】神尾葉子『花より男子』21巻(集英社)40-41頁

 こうして奥様を退けて、この使用人頭はこの家の歴史をつくしに語り、「あんたが変えたんだろ? 司坊ちゃんを」と語りかける。
 私たちは知る。『花より男子』とはじつに階級闘争の物語であったのだと。上流の人々にも一流の尊敬できる人たちはいる。しかし一方で、金や権力をかさにきて、他人を支配しようとする人々もいる。『花より男子』はそういう人々に対し、決して屈せず、誇りを持ち続ける庶民が反旗を翻し、上流階級の中にあるひずみただす物語なのだ。道明寺はその象徴である。
 私は正直言って道明寺が苦手だった。相手を内臓破裂させてそれを金でもみ消すというのは、いくらお金持ちでハンサムでも、私の倫理観に反するからだ。私なら道明寺に近づかないだろう。しかし、そうした道明寺を切り捨てるのではなく根本から変えていく。それこそ「性根をたたき直す」(【図1】参照)。それこそがつくしが担わされた役割であり、それこそが『花より男子』をより大きな物語とし、世界中の人々に愛される物語としてきたのだった。
 そして『花より男子』の中で、古くから少女マンガにあった「貧乏な主人公がお金持ちに立ち向かう」という物語もその意味を変えた。主人公はその突出した才能によってお金持ちのライバルを抜き去るのではなく、「貧乏ではあるが人としてのプライドを失わないこと」をもって相手に対抗し、相手を凌駕していくのだ。
 ではつくしは、道明寺母にどのように対抗し、彼女を凌駕し、道明寺司を変えていくのか。その過程は『花より男子』を読んでのお楽しみである。

 ※本文中の台詞の引用は、読みやすさを考慮して句読点を適宜補っています。
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