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第14回

フィドル、ハーモニカ、バンジョー、タンバリン

[ 更新 ] 2023.08.29
 いま『ぼくのコーヒー地図』という単行本をつくっていて、ようやくその目処が立ったので、しばらく休んでいたこの連載を再開したいと思う。とはいえ、再開の1回目にコーヒーは出てこない。
 鹿児島に滞在するときに、おそらくいちばん行く店は〈食堂 湯湯〉だ。朝7時半からやっている。この食堂の店主は鹿児島出身だが、学生時代をつくばで過ごし、卒業後もしばらくつくばに残っていた。ぼくはその頃に知り合って、彼につくばを案内してもらったことが何度かある。つくばは不思議な町だ。でも、その話は横道に大きく逸れてしまうので、また別の機会にしよう。
 つくばから鹿児島に戻った彼は、しばらく店長を務めていた店からも独立し、名山堀と呼ばれるエリアに自分の店を出した。それが食堂湯湯だ。食堂ではあるが、この店には本もあるし、陶器もあるし、CDやレコードも扱っている。しかもそのほとんどが、いわゆるメジャーな出版物や音楽ではない。陶器も小林東洋という渋い選択である。だから、ぼくのほとんど知らないそれらがとても興味深い。気になる音楽が流れるたびに、「これ、誰?」と質問しては、そこにあれば買って帰るし、なければその場で検索してウェブショップで注文する。ただ朝ごはんを食べに来たのに、手ぶらで帰ることのほうが少ないのだ。いま家でよく聴く音楽は、たいがい食堂湯湯で教えてもらったものである。
 なかでも、KEBAB JOHNSON(ケバブジョンソン)というバンドが気に入っている。どこでいつ頃から活動を始めたのかも知らなければ、何人編成なのかもわからない。わからないというか、調べていない。
 このバンドの4枚目のアルバムがかかっていたときに、ぼくは「これ、誰?」をやってしまったのだが、店主も熊本かどこかの店で、彼らのCDが爆音で流れていて、すぐに誰なのかを尋ねて手に入れたものだそうだ。アルバムの最後に入っている曲が「Fiddles」。ぼくはこの曲がいちばん好きだと店主に言ったら、彼もこの曲を聴いてバンドの名前を教えてもらったらしい。
 同じタイプの音楽ということではないが、自分が学生の頃に追いかけていた葡萄畑というバンドのことを、聴くたびに思い出してしまう。どうしてだろう? もっといい音楽にしたいと思い、いままさにもがいている途中という感じがするからだろうか。でも、この言い方はふたつのバンドどちらに対しても、褒め言葉になっていない。リスペクトをこめて言っているのだが。
 ちなみに湯湯には、酒はあるがコーヒーがない。だから、食後は別の店にコーヒーを飲みに行く。

〈食堂 湯湯〉鹿児島市名山町10-4 M104ビル1階。ビルの入り口からどんどん進んでいちばん奥にある。

KEBAB JOHNSON『fiddles』2016年。彼らの4枚目のアルバム。結局ぼくには、4人組のバンドであるということ以上の情報がない。どの曲も歌詞がすごくいいと思う。

KEBAB JOHNSON『揚子江』2022年。湯湯で『fiddles』が売られていることに気づかず、ウェブで手に入れてしまい、それを笑い話のように伝えた時に、彼らの最新のシングル盤があったので、そちらも購入。こちらも最高だった。

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