第5回
インボイス制度――国家や企業の本音が透け透け
[ 更新 ] 2023.02.20
税金に関して素人の私が、なぜこの制度について取り上げるのかといえば、それだけ切羽詰まっているからだ。あと私のような素人の言葉の方がかえって伝わりやすいかも、と思ってもいる。国税庁のサイトにはインボイス制度の概要が説明されているが、「本当に伝える気があるのか?」と驚くほどわかりにくい(注1)。国税庁のサイトに書かれている説明でわかる人は、すでに消費税のこともインボイスのこともよく理解している人としか思えない。
ではさっそくインボイス制度の説明に入ろう。インボイスとは英語で「請求書」という意味だが、財務省や国税庁は「適格請求書」と、わざわざ「適格」という日本語で紹介しており、そこにはいやらしいほど意味が込められている。その意味は後述するとして、まずインボイス制度が導入されるということは「消費税の納税の仕組み」が変わるということだ。だからインボイス制度を知るには、消費税についてざっくり知る必要がある。
消費税の税率の問題は身近な話題だろう。消費税が導入されたのは1989年で、スタート時は3%だった。それ以前には景気が今より非常によかったにもかかわらず、消費税は存在していなかった。その後1997年には5%、2014年には8%、そして2019年に標準税率10%(軽減税率では8%)になった。生活賃金はこの30年ほとんど上昇していないのに消費税だけはどんどん上がっている。消費税率は買い物をする人ほとんどが目の当たりにするのでわかりやすいように思える。だが、インボイス制度導入は消費税を納入する企業側(特に会計や経理担当者)にはわかりやすいが、消費者個々人には実にわかりにくい話なのである。
ここで「えっ? 買い物するたびに消費税を国家に支払っているんじゃないの?」と思った方はおられるだろうか。たとえば100円の買い物をしたら消費税は10円となるが(2023年2月現在)、この10円がそのまま国家に納入されると、つまり買い物をした人間が直接税金を払っていると考えていないだろうか。
実はこれが全然違うのである。私たちは買い物をするたびに消費税を払っているが、「納税者」ではなく「担税者」と呼ばれる立場になる。あくまで消費税を納税しているのは「事業主」であり、消費税は「間接税」(担税者と納税者が違う税。担税者と納税者が同じ税を「直接税」という)なのである。消費税は製造業者→卸売業者→小売業者→消費者と、商品が矢印の流れの中で取引されるたびに、その販売価格に上乗せして税金がかかっていく。最終的にその上乗せされた税金を消費者個人が支払う。この上乗せされた税金を最終的に消費者が払う仕組みは「転嫁」と呼ばれる。
じゃあ、事業主は担税者が「本体価格+消費税」を支払うのと同じように、この「消費税分」を納税しているのかといえばそうではない。「売り上げ価格」の中の「10%」から、さらに「仕入れ税額」を差し引いた金額を納税しているのだ。これを「仕入れ税額控除」という。「仕入れ税額」とはいかなるものかを説明するとややこしくなるのでここでは省くが、とにかく110円の商品が売れたとしても、そのうちの10円を企業が納税しているとは限らないと知っておいてくれればいい。すでに頭がこんがらがってきている読者もおられるだろう(私も当初は頭がぐちゃぐちゃになった)。それはこのシステムを理解できないあなたが悪いのではない。はっきりいって消費税の仕組みそのものが、消費者である個人にとっては非常に不透明なのだ。「本体価格+消費税」といった形式で記載されている商品を見ると、てっきりその「消費税」と書かれている部分が納税されていると、素直な人ほど思うはずだ。しかし実は大企業であればあるほど控除される「仕入れ税額」が大きく、消費税として支払う額は売り上げの10%より低いのが現実なのである。
なぜ今、声優やアニメーター、フリーランスからインボイス制度導入反対の声が上がっているのか? 実は日本の消費税法9条により「商品の総売り上げが1000万円以下の事業主」の消費税は免税されている。インボイス制度とは、このような総売り上げ1000万円以下で企業と取引のある個人事業主(フリーランスの相当数はこれに該当するだろう)に、消費税を支払うか、支払わないかの選択を迫る制度である。憲法9条は大事だが、零細個人事業主にとっては消費税法9条も非常に大事だ。
たとえば私が消費税を支払う選択をするならば、税務署に申請して「登録番号」をもらい、「課税事業者」という立場となる。「課税事業者」にならないことも形式的には選べるが、その場合、取引先企業から嫌がられる可能性がある。というのも、先ほど企業が消費税を支払う際には「仕入れ税額控除」が認められるという話をしたが、今後は「課税事業者」が税務署からもらった登録番号が記載された請求書がなければ「仕入れ税額控除」が認められず、取引先の企業がその分損をすることになるからだ。ただの請求書ではなく、わざわざ「適格」などと英語にはない言葉を付け加えたことには、仕入れ税額控除ができる請求書は「適格」なものと判断する日本の役人の価値観が滲み出ている。つまり零細個人事業主から見たインボイス制度とは、総所得1000万円以下であっても消費税の課税事業者となる必要が生じる制度だ。しかし課税事業者になればそれだけ納税の負担が大きくなり、それによって廃業、あるいは起業することを諦める人が多数出てくるだろう。
しかしこの話だけを聞くと、「消費税って1000万以下の事業主は支払ってないの!? 得してない?」と誤解する人も多そうだ。総売り上げとは仕入れ額なども込みの金額であり、手取りの額ではないので勘違いしないでいただきたい。またこの「納税義務の免税」について「益税」と主張する学者もいるが、「益税」などという言葉は税法上存在しない。「控除」という言葉はそれがどんな大企業が対象であっても人々に抵抗なく受け取られるのに、「免税」という言葉はそれがどんなに零細な事業主が対象であっても厳しい視線に晒されるのはなぜなのか。「控除」は配偶者控除、扶養控除というように、この連載でもマジョリティの代表としてしばしば登場する「サラリーマン」になじみ深い言葉だからなのか。ちなみに、この免税の基準も今は商品の総売り上げが1000万円以下だが、消費税がスタートした1989年当時は3000万円以下だった。消費税率は上がっているが、賃金は下がり続け、また免税の基準も下がっているというのはどうにも納得ができない(注2)。
この原稿を書いているのは2023年2月はじめだが、Webで公開される頃は、確定申告受付の時期と重なる。2022年分の領収書をかき集めたり、会計ソフトと格闘したり、税務署主催の相談会に行ったりと、多くの人があたふたする時期だろう。もしインボイス制度が導入され、課税事業者になった場合は、そんな領収書をかき集める作業に加えて、領収書に登録番号がきちんと記載されているかどうかをチェックする必要がある。そんなの手作業でやっていられるか! と思う人々を、冒頭で書いたように種々のIT企業がインボイス仕様にした会計ソフトやオンラインシステムといった商品やサービスを携えて待ち構えているわけだ(注3)。
そもそも私がこの制度について初めて知ったのは、2021年秋ごろにTwitter上でのインボイス制度反対の署名を呼びかけるツイートを見たのがきっかけである。
2020年2月、私は『ぼそぼそ声のフェミニズム』を出したことを契機に「個人事業主」となった。それこそ冒頭に書いた通り、消費税は直接税だと思い込んでいたほど、消費税について無知だったので、もし個人事業主になっていなければその書き込みを見逃していた可能性が高い。
当時は本当にごくわずかな人しかこの制度について理解していなかったと思う。実際にインボイス制度が導入されたら生活に影響が及ぶ人であってもほとんど知られていなかったのではないだろうか。今は著名な声優やアニメーターがインボイス制度について発言するようになったことで、2021年ごろよりは周知されているとは思う。反対の声が大きく、課税事業者となった場合も2023年10月1日から3年間は売り上げ時に受け取った消費税の20%だけ支払えばいいといった中途半端な妥協案(?)を政府が出さざるを得なくなったくらいだから(私自身の見解としては、あくまでこのインボイス制度は廃止すべきで、少なくともまずは導入を延期すべきだと思うが)。なにせ、個人事業主や企業はおろか、インボイスを推進する立場であるはずの財務省さえ、この制度を導入することによる影響の大きさをちゃんと把握していたのかどうか極めて疑わしいことが判明した(今もその破壊力をどこまで認識しているのか疑わしいが……)。
インボイス制度のことを知って間もなくの2021年12月16日、衆議院第一議員会館にてインボイス制度に関するレクに参加した。フリーランスのライターの方が企画したこのレクでは、3万1570人、A4用紙にして800枚超のインボイス制度導入反対署名が財務省に手渡された(注4)。その際に財務省官僚は、インボイス制度が導入される理由は「税の公平性と透明性」の担保だと抜け抜けと語った。しかしインボイス制度を知れば知るほど、前述したように「消費税そのものの不公平性と不透明性」を知ることとなった。インボイス制度による「税の公平性と透明性」は、消費税に対する多くの人の「無知と無関心」を利用した詭弁としか思えない。消費税は滞納率が非常に高い税金でもあるのに、収入の低い人からさらに納税させようとすることの意味がわからない。海外では多くの国がインボイス制度にしているという点を導入の理由として挙げる人もいるが、個人事業主としてはそんな曖昧な理由で導入されたらたまったものではない。インボイス制度を導入することは一部の企業の目先の利益にはつながるが、社会全体に豊かさをもたらすものとは思えない。
インボイス制度によって、私は政府のフリーランスという働き方への軽視、無知、そして無関心をつくづく感じた。そもそもフリーターとフリーランスを区別できていない政治家がいたが、2021年の財務省のレク時でも「名ばかり事業主(注5)のような立場の人はどうするのか?」という質問にも満足に答えられず、「大学の先生の副業などは対象としない」などトンチンカンな回答が返ってきた記憶がある。また「ライターはインボイス制度が導入されても、原稿料に消費税分を上乗せして賃金を支払ってもらうのは難しい。ただ切られて終わるだけだ。そのような事態は考えているのか?」「ウーバーイーツなどの働き方はどうなるのか?」などと質問をしてもまともな回答は返ってこず、実際に影響を受けるであろう多くの個人事業主のことなど何も考えていないことがその時わかった。
2015年に成立した女性活躍推進法の一環として、経済産業省は「女性活躍推進に向けた起業支援の取組」を進めており(注6)、「女性の起業」が日本経済を支えるという発想のもと、女性のための起業セミナーを男女共同参画センターなど各地で行っていた記憶がある(注7)。そのころ、私は自分が住んでいた自治体の男女共同参画センターが発行している冊子が「女性の起業」をテーマに記事を作るということで、ある女性の起業家にインタビューをしたこともあるのだが、「時間に融通がきくので家族のケアとの両立ができる」点や「女性は男性と違って大きなところから始めようとしない」点で女性は起業に向いていると話してくれた。しかし「子育てや介護と両立できる形」で「大きなことから始めようとしない」姿勢で起業しようとする(あるいは起業した)女性たちにとって、インボイス制度は妨害にこそなれ、後押しするものとはとても思えない。インボイス制度の反対運動を通じて、女性のフリーランサーはとても多いことに改めて気づかされた。私は女性活躍推進法を良いものとは思っていないのだが、それでも女性の活躍などと口では聞こえのいい話をしながら、収入こそ多くないものの地道にフリーランスで活動している女性の足を引っ張っている事実を、女性の起業を推進していた人たちは今どう考えているのだろう。
またフリーランスの仕事に就く人の中には、私もそうだが、いわゆる定時に起きて、電車に乗って通勤するといったスタイルの仕事ができない、あるいは向いていない人もいるはずだ。私自身も鬱になったのち、文筆の仕事だけで生計を立てているわけではないが、それでも続けていける自分なりの「働き方(お金の稼ぎ方)」を、国や企業が邪魔しようとしている現実。いろいろな意味で「マイペース」を許さない政治・許さない社会。本当にどこに多様性があるのかと思ってしまう。この国の労働の中心にいるべきは「サラリーマン」という発想が根強くあるとしか思えない。消費税という極めて不透明な税をめぐるこのインボイス制度において、結局は国家や企業の都合に合わせた都合の良い働き方を、特に女性たちにしてほしいという本音こそが透けて見えてきたと言える。
(注1)国税庁「インボイス制度の概要」参照
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice_about.htm
(注2)「電子インボイス推進協議会(英語名称:E-Invoice Promotion Association)」という組織が2020年7月29日に発足。その会員には会計ソフトの会社や××ソリューションズといったIT関連会社が名前を連ねている)。2022年6月1日には「デジタルインボイス推進協議会」に名称変更(ただし英語名称は海外において「e-Invoice」が一般名称ということでそのまま)。2023年1月23日時点においては日本公認会計士協会や日本税理士会連合会までも特別会員(団体)として名前を連ねている。
https://www.saj.or.jp/documents/activity/project/eipa/eipa_memberlist.pdf
(注3)1988年3月10日、竹下登総理(当時)は衆議院予算委員会における発言で、消費税に関する6つの懸念として〈1〉逆進的な税体型、〈2〉中堅所得者の税の不公平感の加重、〈3〉所得税のかからない人たちへの過重な負担、〈4〉いわゆる痛税感が少ないことによる税率の引き上げが容易、〈5〉新しい税の導入により事業者の事務負担が極端に重い、〈6〉物価を引き上げ、インフレが避けられない、といった6つの懸念を挙げていた。〈6〉だけは外れたが、あとは全て懸念が当たっていたと言える。そしてインボイス制度によって〈3〉と〈5〉の懸念が現実となっていっている。
財務総合政策研究所 財政史シリーズ『平成財政史 平成元~12年』第4巻 租税 第1章 第2節「平成元年度の税制改正」参照
https://www.mof.go.jp/pri/publication/policy_history/series/h1-12/4_1_2.pdf
(注4)この時のレクを企画した人々によって、インボイス制度を考えるフリーランスの会、通称「STOP!インボイス」(Twitter:@STOPINVOICE)が生まれた。同団体の呼びかけによって2023年2月13日時点で18万162筆の反対署名が集まり、同日に財務省へ手渡された。
https://twitter.com/STOPINVOICE/status/1625008354308546561?s=20&t=M7Ljozn_Y_QheP1pgTU9tg
(注5)「名ばかり事業主」とは、働く時間・場所や仕事の方法などが企業に決められるなど、実質的には「労働者」と同じであるにもかかわらず、契約上は企業から個人事業主(業務委託など)として扱われる人たちのこと。
(注6)「経済産業省の女性活躍推進に向けた起業支援の取組 」(平成28年[2016年])1月 経済産業省経済産業政策局経済社会政策室)資料参照
https://www.gender.go.jp/kaigi/renkei/team/kigyo/pdf/h28_0121_kigyo01_3.pdf
(注7)注6の資料は「平成27年度男女共同参画推進会議『女性の起業支援』チーム第一回会合(平成28年1月21日)に使用されたものである。男女共同参画局においても当時は女性の起業が主要テーマの一つであったことがうかがえる。