第3回
働けない人間の身に起きたこと――年金制度に潜む差別
[ 更新 ] 2022.12.20
2022年11月11日(金)。日付まではっきり覚えている。
日本年金機構(本部)からハガキが届いた。
いわゆる圧着シールを使ったハガキ。ぺりぺりとシールを剥がし、中身を見た。そこには「年金生活者支援給付金 不該当通知書」と書かれており、「支給要件となる受給していた基礎年金が全額支給停止となったため」と書かれている。
正直、意味がわからなかった。
障害年金というものは、初診日が確定したら規定の書類と医師の書いた診断書を提出して、等級を審査する仕組みになっている。等級の更新は2年にいっぺんだ。
私の場合は今年の6月が更新の時期だったため、5月末には書類と診断書を担当部署に送付した。等級の結果通知が来るのは書類提出から2~3ヶ月後だと言われている。しかし5月末から半年近く経った2022年11月10日まで日本年金機構から等級に関するなんの連絡もなかった。それこそ「等級結果の通知が遅くなる」という連絡さえもなかった。私は「等級が変わらない場合は通知もないのかしら?」と今思えば呑気に構えすぎていた。
「年金生活者支援給付金」については後で詳しく説明するが、私の場合だと「障害基礎年金」に紐づいて支給されるものである。
その「障害基礎年金」に関する等級の通知が届いてもいないのに、いきなり「年金生活者支援給付金不該当通知書」が届いたのだ。通知の順番さえめちゃくちゃで、私はしばらく狐につままれたような顔をしていたに違いない。「障害基礎年金」を受給していたはずなのに、なぜこんなものが急に届いたのだろうか。ハガキに記載されていた「給付金専用ダイヤル」に電話したところ、「等級の変更通知が届いているはずだ」と言われる。
そんな通知は全く届いていない。
「今の郵便事情で届くのが遅くなっているのかもしれない。来週には届くはずだ」とのこと。こんなところで土曜日が配達中止になるという郵政民営化の影響もじわじわ私を苛立たせる。翌週を待つことにした。
この日本年金機構からのハガキの内容をお伝えするには、まず障害年金の説明をしなければなるまい。細かい話で恐縮だし、わかりづらいかもしれないが、もし読者ご自身や身近な人が障害年金制度を使う場合にお役に立てればとも思っている。
障害年金には「障害基礎年金」と「障害厚生年金」の2種類がある。
「障害基礎年金」は国民年金に加入している間、または年金制度に加入していない20歳前、もしくは60歳以上65歳未満に、「障害の原因となった病気やけがについて、初めて医師の診療を受けた日」=初診日に診断された病気やけがが、法令により定められた障害等級表(1級・2級)による障害の状態と判断された際に支給される年金である。
二つ目の「障害厚生年金」とは、厚生年金に加入している間に初診日のある病気やけがで障害基礎年金の1級または2級に該当する障害の状態になったときに、障害基礎年金に上乗せして (傍点引用者)支給される年金である(注1)。
ものすごくざっくり言えば、初診日の際に国民年金に加入していたら「障害基礎年金」、厚生年金に加入していて、等級が2級以上ならば障害基礎年金に上乗せした形で「障害厚生年金」を受給することになるのだ。
老後の年金も厚生年金に入っていた方が圧倒的に有利なわけだが、障害年金においてさえ、「厚生年金」優位の現実がある。障害の重さのみで受給額が決まるのではなく、初診日の時に加入していた年金の種類によっても受給額が左右されるのだ。基本、この国はどこまでも、この連載で再三指摘している「正社員(=マジョリティの詰め合わせ)」を中心に年金制度も回っている。厚生年金は基本「サラリーマン(あえてマン、という言葉を使う。いまだに男性が多数だからだ)」と呼ばれるような人たちが加入しているのだから。
そんな私だが、この病気の初診日の際にはたまたま厚生年金に加入しており、等級が2級と診断されていたため、障害基礎年金2級に上乗せされた形で障害厚生年金を受給していた。いわば障害年金制度においては恵まれた層だった。
そしてもう一つ。「年金生活者支援給付金」についても説明したい。
「年金生活者支援給付金」とは、「消費税率引き上げ分を活用し、公的年金等の収入金額やその他の所得が一定基準額以下の方に、生活の支援を図ることを目的として、年金に上乗せして支給」されるものだ。これは「老齢基礎年金」「障害基礎年金」「遺族基礎年金」を受給している人に対して支給される(注2)。
日本年金機構からのハガキを受け取った翌週の11月14日(月)。「給付金専用ダイヤル」から言われた通り「国民年金・厚生年金保険 支給額変更通知」書類が届いた。そこには私の等級が下がり、支給額が下がることが記載されていた。しかし私は理不尽な思いでいっぱいになった。それは等級が変わったことに対してというより「なぜこんなに連絡が遅れたのか」という説明も謝罪も何一つ書かれていなかったからだ。だってそうだろう。本来9月末に連絡が来るものが11月半ばまで遅れたのだ。障害年金は偶数月の15日に(つまり2ヶ月に一回)後払い方式で支給されるため、8~9月の年金は10月15日に支給されることになる。せめて10月はじめに支給額変更の通知が来れば、10月に支給された額を極力使わず、心の準備をしながら今後の生活の仕方を考え、探ったはずだ。支給額の変動は私の生活・人生・命に関わるものだ。等級が下がる理由は書かれていても、その通達が遅れた理由は何も書かれていない。
しかも最初に来たハガキの「年金生活者支援給付金 不該当通知書」をよく読むと「不該当年月日」は「令和4年9月1日」となっている(注3)。先ほど書いたように年金生活者支援給付金は、障害基礎年金の等級に紐付けされている。つまり私の障害等級が下がることは9月1日以前にはすでに判明していたのである。
ちなみに等級が下がった理由としては、私は最初の障害申請をした際に診断書を書いた医者と、今回申請を出した際に診断書を書いた医者が違う(つまり病院を変えている)ため、書き方が変わっていたことに起因する。等級が下がった理由は明解なのでまだ理解はできる。だが、この通達の遅れは理由もわからないので理解のしようもない。そしてこんな重要な通達が遅れるということは、支給額が減額という通知が遅れることによって、生活や人生や生命に危険が及んだとしても、どうでもいい対象であると、制度そのものがこの私をそうみなしているということではないか……。
私は怒りで呆然としてしまった。Facebookにこの件について投稿したし、友人にも話をした。
大概の人はこの制度の理不尽さを理解してくれたが、それでもなかには「医者が変わった場合は前の医者の診断書を見せるもの」「霞ヶ関の偉い人に伝えたら、ようやく謝罪が来た」という書き込みもあった。
医者が変わったら前の診断書を新しい医者に見せて参照するって「診断」ってそういうことで良いのだろうか。そしてそんな生きるための技を障害者に主体的にやらせることで、制度そのものの不合理や、制度の決定に関わる人たちの問題を結果的に隠蔽してしまう。ましてや偉い人に言わないと謝罪が来ないって民主制からはるかに遠い話じゃないか。そもそもこのタイミングでそんなことを言われたってどうしようもないし……と疑問に思うと同時に、つまりは〈オレはこんなことを知っているんだぜ〉というマウントをされたということに頭がクラクラきた。「善意なのかもしれないですが、マウントしないでください」と返信を送った。
そして今度は「ねんきんダイヤル」(前述の「給付金ダイヤル」とは別のダイヤルなのだ)に連絡をし、なぜ等級の通知が遅れたのかを問いただしてみた。電話の相手は疲れていたのかもしれないが、「どうでもいい」という態度を前面に出してきている(ように感じた)。対応できないのなら、わかる人に代わるか、違う部署に繫ぐことを提案すればいいのに、そういう話にもなかなか進まない。思わず、「あなたにとってはどうでもいい話かもしれないけれど、こちらは生活がかかっているんです。そんなバカにしたような態度を取らないでください」と怒鳴ってしまった。
向こうはようやく「申し訳ありません」と返答した後、「普通」の態度となり、地元の年金事務所の相談窓口へと繫いだ。ちなみにこのコールセンターの相手は男性(と思しき声の持ち主)である。……おそらく私のように理不尽な目にあって電話してきている人もいっぱいいる中で、いちいち真摯に対応していたら板挟みでそれこそ心を病んでしまうような状況なのかもしれない。そもそもこの電話受付の仕事がどれだけの待遇と賃金なのか。いわゆる「非正規労働者」の可能性も高い。そしてそんな矛盾だらけの職場に居続けられる人は良くも悪くも「鈍感」にならざるを得ず、そういう人が重宝されているのかもしれない。
やりきれない思いのまま今度は地元の年金事務所の相談窓口に同じことを伝える。等級に納得がいかない場合の不服申し立ての手続きなどについては説明してくれるものの、「なぜ通知が遅れたのか」という質問については、「お一人お一人を丁寧に見た結果、5ヶ月以上かかった」と返ってきた。
「あなた個人の問題ではないとしても、そんなふうにお一人お一人 丁寧に見た結果が予定よりも2ヶ月も遅く通知がくる時点で、制度設計がおかしいし、障害者に差別的ですよ。だって各種税金の連絡や、国民年金等の請求だって、お一人お一人金額が違うはずなのにちゃんと届いているじゃありませんか。なんで障害等級の通知だけ遅れることが当たり前のようになっているのですか?」
向こうはただ申し訳ないと言うばかりで、きちんとした答えが出ず、埒があかない。これ以上やりとりを続けても仕方がないと思い電話を切り、日を改めて12月2日(金)に日本年金機構の代表窓口に電話をした。
「年金の相談ならねんきんダイヤルへ……」という相手の言葉にかぶせるように、「年金の相談ではなく、年金の通知に関する問い合わせはどなたにすれば良いのでしょうか」と尋ねる。
「本部ではそのような問い合わせは受け付けておらず、何かあればお近くの年金事務所に問い合わせてほしい」と言われ、「コールセンターでも地元の年金事務所でも埒があかなかったから、日本年金機構の本部に電話をしたんです」と伝える。すったもんだの挙句に、ご意見対応の窓口にしか繫ぐことができないということで仕方なくそこに繋いでもらい、今までの経緯を話し、「なぜ等級変更の、しかも支給額が下がる通知が遅れたのかを知りたいのです」と話すと、「なぜ通知が遅れたのかを調べてお答えするのは、地元の年金事務所です」と言われる。
……漫画家の水木しげるが、何かの本で「現代の妖怪」として「国家」と「貨幣」を紹介していたが、その二つの大物妖怪の下っ端としてうろうろする小悪党な妖怪「タライマワシ」っていうのがいるとしか思えない。この妖怪「タライマワシ」はコロナ禍で爆発的に増えていると噂されているが、とりわけ社会的な助けを求めている人の気持ちを吸い取って存在している……とかしょうもないことが頭をよぎり、暗い笑いが込み上げてきた。
日本年金機構から私の地元の年金事務所に連絡をして、どういう経緯だったかを調べてほしいという連絡をするという話になり、中一日かかるので、私の方からも地元の年金事務所に連絡をしてほしいと言われた。
12月5日(月)午後。再度地元の年金事務所の前回話をした人に繋いでもらう。前述の日本年金機構でのやりとりの内容を伝えたところ、「先ほど日本年金事務所からの連絡が届いた」と言われたので「午後5時までは連絡できるようにするので、今日中にわかるかどうか、遅れる場合は遅れることを連絡してほしい」と伝えた。
「必ず遅れるときはその旨を連絡する」とのことで、一旦電話が終わる。1時間後、年金事務所から連絡が来た。
「障害年金センターという日本年金機構の内部にある、障害年金の等級を審査する部署に確認をしたところ、2022年10月以降に等級が変更することは9月には判明しているが、等級そのものはまだ9月中は変更されていないので、データの処理上9月中に等級の変更の連絡はできない。これは全員に適用されている話で、この事例だけの問題ではない」
という返信だった。
上記の返答に納得する以前に(今も納得はしていない)、理解するのにものすごく時間がかかった。等級の変更がわかっていても、その変更が判明した時点では等級が変わっていないために、これから変更することの連絡ができないとはどういうことなのかと意味がわからなかった。
わかったのは、障害年金のシステムそのものが、一刻も早く障害者の立場の人に説明して今後の生活を考えるようには作られていない、ということだ。
たかが通知と思われるだろうか? しかし通知の正確さや丁寧さは、社会的な地位に密接していると思う。今年の10月、東京都渋谷区にある美竹公園に住んでいる野宿者に何の通達もなく、渋谷区は公園を封鎖し野宿者を追い出そうとした。野宿をしていた人は何の連絡もしなくていい相手と思われていたのだ(注4)。
「年金事務所に勤めるあなた個人の問題ではない。しかし障害者の私の立場からすれば、等級が変わって支給額が下がる場合はそれこそ一刻も早く連絡をいただき、その後の生活を考えたい。そんなことも許されないというのは、制度設計そのものが障害者に対して差別をしているとしか思えない。年金事務所でもどうしようもないなら、どうしたらいいのか。しかも障害年金センターというものがあることも今初めて知った。ここの連絡先は公表されているのか」と聞くと、「障害年金センターは等級審査にかかわる部署で、公表はしていない」という。
「何度も電話をして初めてわかったことばかりで、通知の書類には何も書かれていない。透明性に欠けている制度としか思えない」と伝えると、「言い訳になるかもしれませんが、ちゃんと制度に則って等級の審査を進めており、不透明ということではありません」
「日本年金機構側にとっては自明の話かもしれませんし、違法という話でもないのでしょうが、私の立場では全くその仕組みが見えないし、不透明極まりないです。このシステムに対してどの立場にあるかという問題ですよ」
そして電話を終えた。
「差別は人の『気持ち』や『憎悪(ヘイト)』の話だけではない。制度や、その制度が構築しているシステムといった社会構造に起因している」
私は差別についてそのような認識をしているし、人前でも話してきた。
個々人の憎悪や嫌悪の感情にとどまるものではなく、必ず法律、制度、システムなど社会構造に裏打ちされている。そう……それはまさに今回の話に通じる。これまでも婚姻制度や税制度等にジェンダーに由来する差別の問題を感じてきたが、今回「働けない」障害者として、巨悪妖怪「国家」と「貨幣」、そして小悪党妖怪「タライマワシ」に振り回されながら、この社会構造的差別をしみじみ噛み締めることとなった。
ちなみに日本年金機構や年金事務所への連絡は、調子を崩してもいたので、ほぼ布団の上で行った。中国で話題の「寝そべり族」(注5)あるいは高島鈴さんの本のタイトル『布団の中から蜂起せよ』ではないが、寝そべりながらの抗議行動となった。
そして布団の中からでも勉強会をしたり、この事態を変えるアクションを起こしたい。皆さんと一緒に考え、布団の上からアクションできたら幸いだ。
(注1)日本年金機構「障害年金」の説明を参照。わかりづらいところは説明を省略したり、文の前後を入れ替えた。
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/shougainenkin/jukyu-yoken/20150401-01.html
(注2)厚生労働省「年金生活者支援給付金制度」の説明を参照。
https://www.mhlw.go.jp/nenkinkyuufukin/system.html
(注3)元号は私の思想に即しておらず、利便性にも欠けるため極力西暦を使うことにしているが、今回は記載事項をそのまま引用したので元号記載のままにした。
(注4)渋谷区は広報等で福祉制度利用を進めたとあるが、このような暴挙をする時点で人権的な観点とは思えない。なお日時などは、野宿者としての生活や人権を守り、たたかいとるために、渋谷・新宿などで野宿者を中心に活動する「ねる会議」ブログを参照。 https://minnanokouenn.blogspot.com/
(注5)現在、中国の若者たちの間で「だらっと寝そべって、何も求めない。マンションも車も買わず、結婚もせず、消費もしない」「最低限の生存レベルを維持し、他人の金儲けの道具や搾取される奴隷になることを拒絶する」という「寝そべり族」(中国語では「躺平」)ムーブメントが起きていることが話題になっている。
「中国の若者に広がる『寝そべり族』 向上心がなく消費もしない寝そべっているだけ主義」『クーリエ・ジャポン』2021年6月7日記事参照 https://courrier.jp/news/archives/248461/