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第286回

体の中の王子さま。

[ 更新 ] 2025.02.10
十二月某日 晴
 インドネシアから帰ってきて、洗濯をたくさんおこなう。
 以前は、外国に長めの旅にでる時には、荷物を減らすために服は滞在日数分よりも少なめに持ち、旅先で毎日手で洗濯をしてバスルームなどに干していたのだけれど、夏仕様の服ばかりでかさばらないので、滞在する一週間ぶんの量の服を、たっぷりと持っていったのである。
 少しぼんやりしていたからか、洗濯機を二回まわした量の洗濯物を干すスペースが家の物干し台にはないことを、すっかり忘れている。二回洗濯機をまわし終わり、いざ干そうというだんになってから、干す場所がなくてびっくりする。
 ちなみに、旅先のホテルの部屋には、バスルーム以外に洗濯物を干す場所はたいがいなくて、しかたなくTシャツやブラウスのハンガーを電灯のかさにひっかけたり、カーテンレールの端にひっかけたりしたものだったけれど、家でも同じことをおこなう。
「まるでふたたび外国のホテルに来たみたい! すてき!」と、棒読みのせりふで言ってみるが、ぜんぜんすてきではないし、家の中が湿っぽい。

十二月某日 晴
 ようやく旅先の洗濯物が乾いたので、久しぶりにジムに行って、踊る。
「しばらく休んでたね」
 と、ジム仲間に言われる。
「うん」
 と答えると、
「惜しかったね、休んでる間に、また先生の名言が出たんだよ」
 とのこと。いったいどんな名言なのだか訊ねると、
「筋肉が王子」
 との答えが。
 いったいそれは、どのような意味? と、重ねて訊ねる。ジム仲間いわく。
 舞台で踊る時には、たいがい王子さま役の男性がいて、姫であるわたしたちに手をそえてくれる。けれど、ジムには王子などいなくて、誰も手はそえてくれない。なので、姫であるわたしたちは、手をそえてもらうかわりに、自分の筋肉を強化して自立し、筋肉を王子がわりにすべきなのである。
 自分の体の中に王子がいるって、すごいよね。ジム仲間は、そう言って、嬉しそうに話を終えたのだった。

十二月某日 曇
 同じホームの上り車線に井の頭線、下り車線に東海道新幹線がやってくる、という夢をみる。
 井の頭線は五両編成で、東海道新幹線は十六両編成。
 長さが違うのに、どちらもぴったりとホームの長さにおさまっていて、ホームが余ったり足りなかったりしていないのが、不思議。

十二月某日 曇
 同業者とお酒を飲む。
 昨夜、見知らぬ若い同業者に、腹筋の角度が足りない(きっかりの九十度に届いていない)ことを責められる夢をみて、つらかった。とのこと。
 ちなみに、腹筋運動をおこなう習慣は、いっさいないとのこと。

十二月某日 晴
 コンビニで公共料金の支払いをする。
 おつりのないようお札や小銭を数え、きっかり払い、満足して店員さん(推定年齢四十代)の顔を見ると、ものすごく不機嫌そうで、驚く。
 金額が足りなかったのかと思い、
「足りてますか。よかったら確かめてください」
と言うと、
「あんなにゆっくりお札や硬貨を出し入れしてたのを見てたんだから、数えなくても、足りてるか足りてないか、わかってるに決まってるんですよっ!」
 と、コンビニでのやりとりとしては珍しい長文を繰りだされる。
 うしろに長い列などができていて、迷惑をかけてしまったのかと振り向くが、誰も並んでいない。
 あ、今自分は、ぐずぐずした老人として認定されて、上から見下げられているんだ! と理解し、ますます驚きながらも、新鮮な気持ちに。
 昔、専業主婦だったころに、「世の中でいちばん軽んじられているのは、専業主婦なのではないか」と思っていたことも、思いだす。その時とはまた違う軽んじられかたをしたことも、新鮮。
 生きてみると、いろいろなことがあるなあと思いながら、払い終えた介護保険の領収書をにぎり、家路をたどる。
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