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第256回

検事総長。

[ 更新 ] 2022.08.09
六月某日 晴
 半月ほど前、ぼんやりテレビを見ていたら、「パラパラ炒飯を作る実演」を、俳優がおこなっていた。2018年に『モンテ・クリスト伯』がドラマ化されたおりに、ジェラール・ド・ヴィルフォール検事総長を演じた俳優である。
 翻案ドラマ好きのわたしの中で、好きな日本製翻案ドラマベスト3に入る『モンテ・クリスト伯』(ちなみに、あとの2つは、2002年『漂流教室』と、2014年版『なぞの転校生』。選外の、「翻案しすぎベスト」は、2013年『カラマーゾフの兄弟』)は、DVDボックスを購入し、折あらば繰り返し視聴しているドラマなので、登場する俳優の俳優名はすでに忘れ去られており、ほかのドラマで見かけた時も、みな『モンテ・クリスト伯』の時の名(しかも、原作の中の正式名)でしか浮かんでこない。例――「あっ、アリ・パシャの娘エデが、地下アイドルを推してる!」「仕立屋のガスパール・カドルッスが、日本のタクシー運転手になって、うまいもん食ってるよ……」「そっかー、フランツ・デピネーと結婚させられそうになったヴァランティーヌ・ド・ヴィルフォールは、実はアセクシャルだったのか」等々。
 ジェラール・ド・ヴィルフォール検事総長は、ふだんあまり料理をしないという自己申告ながらも、かなり手際よくパラパラ炒飯を作っていた。実はわたしはパラパラ炒飯が嫌いで、湿ってねっとりした炒飯が好きだ。それは炒飯ではなく、ただ米を油で炒めたものだと非難されたこともあるが、好きであることはやめられない。なので、パラパラ炒飯の作り方は知識としては持っているが、絶対にパラパラにならぬようにしてきた人生である。
 けれど、あの極悪非道のジェラール・ド・ヴィルフォール検事総長までがパラパラさせていたのであるから、しかたない、一度は自分もパラパラさせてみねばなるまいと、半月前に決意し、いよいよ本日の昼、しぶしぶ炒飯をパラパラさせてみたのである。
 たいへんに、パラパラしていて、家人は「うまい」と喜んだが、ジェラール・ド・ヴィルフォール検事総長への義理立てはこれ一回きりにしようと、食べながら強く決意。

六月某日 曇
 数日前、映画『ベニスに死す』を放映すると新聞のテレビ欄にあったので、録画しようかどうしようか迷ったが、若いころすでに十回以上見ているので、やめにしておいた。
 ところが、今日ふとレコーダーを見てみると、『ベニスに死す』が録画されているではないか。
 いよいよ認知機能に異変が!? とおののいていると、家人が録画していたことが判明。
「迷ったんだけど、やっぱりあの、最後の、黒い汁がたれてくるところを見たくて」
 とのこと。
 夕飯を食べながら、黒い汁のたれてくるところを、じっくりと見る。
黒い汁、今見ても、最高です……。
 あと、アッシェンバッハを演じたダーク・ボガードが、今の自分よりずっと若いことに驚きました。おじいさんだと思っていたのに……。

六月某日 曇
 友人数名と、二年ぶりくらいに飲み会。
 久しぶりの再会を喜びあい、みな小さなおみやげを持ってきている。
 一人の友人からは、「人間失格」というアロマスプレーをもらう。
「カワカミさんのために、特別に調合してもらったものなの」
 とのことです……。

六月某日 雨
 おせんべいを、むさぼり食う。
 各種の好物について、それぞれ年に三回ずつくらい、そのような日々がおとずれ、これをわたしは「煩悩全開の日」と呼んでいる。
 煩悩全開の日が始まってからの数日間は、多幸状態が続くが、体重はたいへんに増える。
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