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第276回

死んだ蟹。

[ 更新 ] 2024.04.10
二月某日 曇
 いつも使っているデスクトップパソコンの電源を入れても、まっ暗なまま、何もあらわれない。
 しばらくすれば明るくなるだろうと高をくくり、お茶を飲んだり洗濯を干したりしてからふたたびパソコンの前に座ったが、まだまっ暗なままである。
 パソコンの保証書をひっぱりだしてきて、購入したYカメラに電話をする。しばらくの問答ののち、修理に出すこととなる。
 いったいどのくらい修理に時間がかかりますか。と聞くと、原因がいくつか考えられるが、どの場合も、最低一か月はかかると思われます。との答えが。
 迫りくるいくつかの締切を思い、青ざめる。けれど、いざという時や旅の時のために以前購入した小さなノートパソコンがあるので、どうにかなるだろうと、この時はあいかわらず高をくくっていた。
 本格的に青ざめるのは、もう少し後のことである。

二月某日 晴
 しばらく使っていなかった小さなノートパソコンの充電ができたので、こちらで原稿を書いてみる。
 以前このノートパソコンを使ったのは、六年ほど前のことだったか。コロナで旅にも出ず、デスクトップパソコンの調子もよく、出番がなかったのである。
 ずっと使っていなかったにもかかわらず、すぐに画面が明るくなり、クラウドから書きかけの原稿をおろしてくることもでき、いざという時のためにちゃんとこうして備えてあった自分、えらい、さすが、と内心で自分をほめたたえる。
 ところが、いざ原稿を書く段になってみると、画面が小さいため、大変に原稿を打ちこみにくい。
 老眼が進み、かなり大きな画面でかなり大きく拡大したワードの字でなければ、読みとれなくなっていたのである。小さな画面で自分の老眼でも見えるように拡大すると、一行二十文字が、全然入りきらないのだ。それなら一行十文字にしたら……と、レイアウトを変えるが、何か考えがぶつ切れになってしまうような心もちになり、うまく書けない。
 一日、いろいろ試みるも、書きかけの連作長編小説、まったく進まず。

二月某日 雨
 連作長編小説を連載している文芸誌の担当の編集者に電話し、相談。結局、デスクトップパソコンが戻ってくるだろう来月に、締切を変更してもらう。申し訳なさ過ぎて、電話を切ったとたんに、仕事部屋の床に座りこみ、しばらく呆然。
 そのうちに底冷えがしてきたので、のっそりと立ち上がり、お茶を飲みに台所に行く。
 「東京日記」やエッセイなどの、比較的短いものは、小さな画面のノートパソコンでがんばって書くつもりだったが、長い小説の締切が突然なくなってしまったので、夕方まで呆然としたまま、お茶を数杯飲みつつ、脱力。
 四時ごろ、突然カラスがものすごく鳴きはじめる。何羽ものカラスたちが、大音声で、いつまでも鳴きかわしている。
 カラスの会議か?
 それとも、わたしの心が弱っていることがカラスたちにわかってしまい、囃されているのか?

二月某日 曇
 パソコンのない日々にも慣れ、いっそのこと手書きに転向するかとも思いつつ、突然ぽっかりと空いてしまった時間を過ごすために、近所に散歩に行く。
 今住んでいるところに引っ越してくる前に住んでいたあたりまで、遠征。
 編集者との打ち合わせや、新刊のためのインタビューにいつも使わせてもらっていた喫茶店がなつかしくて、行ってみる。
 店内でプレーリードッグを二匹飼っている、という不思議な喫茶店で、コーヒーがおいしく、写真撮影も可、という、心の広い、昔ながらの喫茶店である。
 店の看板が遠くから見えてくる。以前と同じ、青い看板である。
 コロナも無事やり過ごし、今も変わらず営業している! と、喜びながら近づいてゆくと、昔は「喫茶М」と書いてあった看板の、「喫茶」が消えていて、かわりに「骨董М」という店名になっている。
 え!? と思いながら、地下へとおりる階段におそるおそる足を踏み出す。階段は、以前と同じだし、入口のドアも同じ、そしていよいよドアをあけると、店全体のレイアウトも一緒だ。けれど、椅子はすべて姿を消し、プレーリードッグのいたコーナーには石仏が置かれ、机の上にはみっしりと古伊万里の焼きものが並べられている。
 どぎまぎしながら見回すと、ご主人が奥から出てきて、
「おお、久しぶりですね」
 と言う。たしかに、喫茶Мのご主人である。
「い、いつから骨董屋さんに」
 聞くと、
「いやあ、コロナでね、透明な仕切りとか置かなきゃならないし、お役所は面倒なこと言ってくるし、もう、めんどくさくなっちゃったんで、骨董屋になりました」
 とのこと。
 ご主人の思い切りのよさと、骨董屋になってもまったく雰囲気の変わっていない店内と、安らかに天寿を全うしたというプレーリードッグの消息とで、思わず一人で感極まるが、ご主人はごく淡々と店内の整理などをしている。
 小さな古伊万里のぐい飲みを一つ買い、店を出る。
 パソコンのことでここしばらく弱っていた気持ちが、ずいぶんと軽くなり、その夜は買ってきたぐい飲みで、ぬる燗を少し。

二月某日 晴、強風
 友だち三人と飲み会。
中の一人が、亡くなったお父さんの思い出ばなしをしてくれる。
曰く、父親は魚介類にうるさくて、ある日母親がゆでてある蟹を買ってきて夕飯に出したら、「死んだ蟹など、食えん!」と、怒髪天をつく勢いで怒る。それならばこれからは魚介類を食べたい時はあなたが買ってきて調理してくださいと母親が言い、以来日曜日は、父親の魚介類の日となった。
 一番父親が好きだったのは蝦蛄で、バケツ一杯ほどの生きた蝦蛄を海辺の市場で買い求め、家でゆでて供する。とてもおいしいのだが、ご飯も味噌汁も何もなくて、ただゆでた蝦蛄だけが何十と出てくる食事なうえ、蝦蛄の殻はトゲトゲしているので剥くのに難儀し、日曜日が来るのが怖かった……。
 とのこと。
 飲み会の間じゅう、「死んだ蟹など、食えん!」というフレーズが、はやり言葉に。
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