
第288回
癖のある飲み物。
[ 更新 ] 2025.04.10
台所のシンクの排水溝に、掃除用の古ハブラシを落としてしまい、家じゅうにある長い針金やら長いブラシやら長い棒やらを総動員しても引き上げられなかったため、工務店のひとに相談する。
そのままにしておいては絶対にいけない、ということとなり、結局、工務店のひとが午後にやってきて、一時間かけて古ハブラシを釣り上げてくれた。
工務店のひとはN本さんといい、たぶんわたしと同い年。以前、屋根の一部が壊れているので修繕が必要だ、という詐欺のおにいさんが訪問してきた時も、その場で電話してN本さんにかわり、電話ごしにおにいさんを追い返し、すぐに家にかけつけてくれ、屋根にひょいと登り、屋根が壊れていないことを確かめてくれた、しんから頼りになるひとである。
N本さんは、いつもにこにこしていて、穏やかで、説明がていねいで、身軽で、遠慮深くて、来世はN本さんに生まれ変わりたいと願っている知り合いを、少なくとも二人は知っている。

二月某日 晴
友だち五人と夕飯を食べる。
コロナ禍以来、久しぶりに会うので、みんな五年分ほど年をくっていて、補聴器をつけたひと、痩せたひと、太ったひと、性別を変えたひと、など、それぞれに変化があり、盛り上がる。
中の一人がN本さんのことをよく知っており、
「彼は若いころサーファーだった」
と言うので、驚く。たしかにN本さんは、屋根の上を軽々と歩きまわれるくらい平衡感覚がすぐれているから、サーフィンをすれば上手そうだけれど、わたしたちの世代にとっての「サーファー」という、ある種の派手な印象のひとびと、とは違う、もっと実直なタイプに思えるからである。
二月某日 曇
用事があって、N本さんに電話したので、
「そういえば、サーファーだったんですか?」
と聞くと、
「いやあ、ははは、草分けのころのサーフィンで、ウエットスーツが今よりずっと重くて、とにかく重かったー」
とのこと。仲間と車を駆って、当時住んでいた関西から湘南まで行ったこともあるのですよと、実直な口ぶりで教えてくれる。
「サーフィンとは、キムタクがおこなうもので、そこで工藤静香と知り合い結婚する行為全体をさす(ファクトチェックなし)」という、今までの自分の「サーファー」観が、がらがらと崩れる。

二月某日 晴
友だちと飲み、久しぶりに二軒めまではしごする。
「〇△ふうのねじこびた店長が、癖のある飲み物を供する(友人の言葉そのまま。〇△は、共通の知人)」バーで、癖のあるカクテルを二杯。おいしかったです。
二月某日 曇のち雨
酔っぱらって、帰り道にあった古着屋に入り、衝動的にセーターを二枚買う。家に帰ってリュックから取りだしてみると、まったく同じデザインの、ほぼ同じ色(水色と、少しだけ濃い水色)のものだった。
かねがね、酔っぱらってポチ、をしてものを買ってはいけないと自戒していたのだけれど、実物を見て買っても、この体たらく。
深く反省するために、セーターを家の神棚がわりにしている本棚に飾る。