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第2話

専業主夫の一日

[ 更新 ] 2023.12.11
 しきわらしが私の上に馬乗りになって何かを叫んでいる。夢でもなければ、金縛りでもない。私の子どもが「起きて! 起きて! 起きてぇぇ!」と叫びながら狼藉を働いているのだ。のそのそと眼鏡をかけて上体を起こす私を見て、子どもは満足そうな表情を浮かべる。こうして専業主夫の怠惰で爽やかな1日が始まる。
 朝起きると、オムツは水分を吸った高野豆腐のようになっている。寝ている間に大量の尿を吸収した結果である。よって起床後は直ちにオムツ交換を済まさねばならない。次は朝食である。子どもがミルクを飲む間に朝食の準備を始める。細かく切った果物とヨーグルト、パンなど、日によって様々である。成長とともに、お茶漬けや納豆など、何でも食べられるようになる。朝食の後はうんちの時間だ。つまり、再びオムツ交換である。それから外出用の服に着替え、オムツや水筒、お菓子などの必需品をバッグに詰め込む。夏であれば、保冷バッグに保冷剤、虫よけスプレーなども必需品である。出発前に日焼け止めを塗ってあげることも忘れてはならない。最後のオムツ確認を済ませば外出準備完了である。これは、子どもが1歳前後から2歳半頃の場合の典型的な朝の様子である。
 準備が整えば公園に向けて出発である。これは毎日のルーティンなのだ。ただし、出掛ける時間帯は季節に依存する。夏であれば涼しい朝のうちに行く方が良いし、春先や晩秋であれば暖かくなる昼前後に行くのが良い。真冬ともなれば室内で過ごすことが多くなる。ニューヨークの冬は寒いのだ。因みに私は、季節を問わず、雨の日のニューヨークが好きだ。胸を張って自宅でゴロゴロできるからだ。
 よく行く公園の一つはセントラルパークだ。セントラルパークは、横幅が約1km、縦が約4kmという大きな公園である。池で亀を見たり、木陰でアリを観察したり、鳥の鳴き声を聞きながら散策したりと、子どもが楽しめる要素が沢山ある。
 公園での過ごし方は子どもの年齢に依存する。1歳4か月の頃は1時間も歩けば疲れて抱っこを要求してきたものだが、僅か数か月後、1歳8か月頃になると、抱っこを拒否して4~5時間遊び続けるようになった。これほど長時間になると、ただ歩いているだけではない。階段昇降無限ループや滑り台無限ループなど、大人にとっては退屈な遊びが始まる。しかし決して居眠りしてはいけない。危険がないか、常に目を光らせておかねばならない。2歳を過ぎると、足腰がしっかりしてきて、階段や滑り台で遊んでいて危険を感じることは随分少なくなる。小さな梯子やボルダリング遊具まで登るようになる。一方で、他の子どもと追いかけっこをするなど、他の子どもとの交流が増える結果、遊具の取り合いで喧嘩に発展するなど、それまでになかった心配が出てくるのだ。常に目を光らせておかねばならないことに変わりはない。
 午前中から遊び始めた場合は、途中に昼食を挟む。昼食の品は日によって様々である。公園に向かう途中で日系スーパーに寄って昆布おにぎりやカリフォルニアロールを買う場合もあれば、自宅から弁当箱にふりかけご飯とおかずを詰めて持って行くこともある。夏の必需品の一つに保冷バッグが含まれているのは、このためである。また、昼食の他に、おやつを与えることもある。例えば、私の子どもが1歳半から2歳数か月になるまでの期間、最も好きな食べ物は「煮干し」であった。甘いお菓子を与えるよりも遥かに良いので、公園に遊びに行く際も常に携行し、おやつとして煮干しを与えていた。しかし、最近は煮干しにも飽きたようで、甘いお菓子を要求してくる。煮干しに代わる健康的な間食を模索中であるが、まだ見つかっていない。
 そして、午後3~5時頃にようやく帰宅である。帰り道は、お昼寝のための寝かしつけを兼ねる。抱っこやベビーカーで帰路につけば僅か5分で夢の中だ。お昼寝は45分または90分である。時間になると子どもは勝手に目を覚ます。お昼寝の後は、家の中で遊ぶ時間である。子どもの成長に伴って遊びの内容は変遷していくが、1歳から2歳半であれば、絵本、レゴ、お絵描き、かくれんぼ、おままごと、パズル、迷路、歌、ステッカーを部屋中に貼る遊びなどである。遊びの一環として、衣類を洗濯機や乾燥機に放り込むのを手伝ってもらうこともある。
 次に夕飯である。1歳前後であれば離乳食を与える。細かく切った蒸し野菜を製氷皿に入れて冷凍してあり、これを解凍するだけで一品になる。私の料理の腕前は酷いものであるが、幸い、子どもはまだ味が分からない上、文句も言わないから簡単である。2歳にもなれば、だいたい何でも食べさせて良い。しかし、どういうわけか逆に何も食べなくなる。味に厳格になり、不味いものは食べなくなるのだ。これは妻のせいである。時々私に代わって妻が美味しい夕飯を作るからだ。
 因みに、食事に関しては、このように成長とともに楽になったり大変になったりと、波がある。ミルクだけを与えていれば良かった頃と比べれば、離乳食を作るのは大変である。しかし、これもコツをつかめばなんてことはない。無意識のうちに離乳食を作れるレベルにすぐに到達するだろう。しかし、遅かれ早かれ、その技術も時代遅れとなる。子どもは離乳食を卒業し、何でも食べられる段階に進むからだ。何でも食べてくれると思ったら、徐々に美味しいものを要求してくるから、今度は料理の腕をあげたり、納豆のような既製品の中から子どもの好物を見つける努力が必要になる。好きなものを見つけたとしても一筋縄ではいかない。例えば、私の子どもは昆布が載ったご飯が好きであるが、一時期、昆布だけを摘んで食べるようになり、ご飯を食べなくなった。その結果、ご飯も一緒に食べるよう指導することとなった。更には好き嫌いも変わるから、それにも対応せねばならない(例えば、大好物の煮干しを食べなくなった)。食事よりも遊びに夢中になる時期が来れば、どうやったら食事に興味を持ってくれるか試行錯誤せねばならない。このように、子どもの成長とともに、これまで培ってきた技術が時代遅れになり、次々に新たな技術を獲得する必要が生まれるのだ。新たな要求に簡単に適応できる場合もあるが、一筋縄ではいかないことが多い。食事において「大変さの波」を感じる要因の一つだろう。
 夕飯の時間帯は、妻が仕事を終えて帰宅する時間とも一致する。妻が子どもと触れ合えるのは、ここから子どもが寝るまでの2~3時間だけである。出来る限り、妻の帰宅を待って3人で夕飯を食べることにしているが、一緒に食べられるか否かは、妻の仕事の状況と子どもの腹の状況の両者に依存する。空腹の子どもはアンパンマンのお菓子を要求してくるから、その前に夕飯を提供せねばならないのだ。
 夕飯の次は風呂である。子どもが自分で立てるようになるまでは、抱きかかえたまま子どもの頭や身体を洗わねばならない。かなりの力仕事であるから、夫婦のうち、筋力の強い方がやるのが良い。しかし、子どもが成長して自分だけで安定して立っていられるようになれば、最早、風呂に入れる作業は力仕事ではなくなる。どちらが入れるかは、相談して決めれば良い。因みに我が家では、私がずっと子どもを風呂に入れている。いつも暇を持て余していると思われているからだ。心外である。暇な時間は全てゴロゴロすることに費やしているから、暇は1秒たりとも余っていないのである。
 夜9時頃、いよいよ就寝である。寝かせ付けも私の仕事である。24時間365日、私が常に傍にいるため、私の姿が見えないと子どもが泣き出すのだ。幸い、寝かせ付けは簡単である。横で居眠りしていれば子どもはいつの間にか寝ている。私自身、朝から歩き続け、帰宅してからもなかなか身体を休めることができないため、夜9時にもなれば既に疲労困憊であるが、この居眠りで多少は体力を回復させることができるのだ。
 最後の仕事は皿洗いだ。この頃になると、目の前にもやが見え始める。視界が不明瞭になり、いよいよ危ない。目薬をさしても無駄である。目薬では眼鏡の汚れは取れないのだ。
 皿洗いを済ませれば、いよいよ自由時間だ。主夫の自由時間は子どもが寝ている間だけである。すなわち、お昼寝の間と皿洗いの後(22時以降)だけである。私の場合、子どもが寝た後は勉強や研究の時間にしている。しかし、日中の疲労により、夜は非常に強い眠気に襲われることも珍しくない。論文を読んでいても中身が頭に入ってこない上、時間は飛ぶように過ぎ去る。こういうときは一度立ち上がり、コーヒーを口に含んだまま屈伸を3回するのだ。そうすると信じられないことに、どこを読んでいたか忘れてしまうのだ。こうなれば寝るしかない。


 ざっと、これが1日の流れである。体力的には大変であるが、毎日、惰眠をむさぼり、晴れていれば遊びに出掛け、雨の日は家でゴロゴロするだけの、「南の島のハメハメハ大王」の子どもたちのような生活である。しかし、最初からこのような気楽な毎日を送っていたわけではない。特に、子どもの月齢が1か月未満の頃というのは、私の育児経験上、最も大変な時期であった。これから子育てを開始する読者のため、生後間もない子どもの世話についても詳述しておかねばなるまい。
 私たち夫婦が書き留めた記録によると、生後2週間頃の1日のスケジュールは以下の通りである。

7時:起床。オムツ交換と授乳(1)。
8時:哺乳瓶の洗浄・殺菌。大人の朝食。
9時-10時:暗くして子どもを寝かせる(1)。
10時:オムツ交換と授乳(2)。
11時半:大人の昼食。哺乳瓶の洗浄・殺菌。
12時-14時:暗くして子どもを寝かせる(2)。
14時:オムツ交換と授乳(3)。
15時半-16時半:暗くして子どもを寝かせる(3)。
16時半:オムツ交換と授乳(4)。
17時:沐浴。哺乳瓶の洗浄・殺菌。
19時半:オムツ交換と授乳(5)。哺乳瓶の洗浄・殺菌。
20時半-21時半:暗くして子どもを寝かせる(4)。大人の夕食。
21時半:オムツ交換と授乳(6)。哺乳瓶の洗浄・殺菌。
22時-23時半:暗くして子どもを寝かせる(5)。
0時:オムツ交換と授乳(7)。哺乳瓶の洗浄・殺菌。
0時半-2時半:暗くして子どもを寝かせる(6)。
3時:部屋の灯りを消したまま、オムツ交換と授乳(8)。
3時半から7時:大人も子どもも就寝。

 このように、午前7時頃に起き、翌日の午前3時半頃に1日のサイクルが終わるのだ。大人は授乳と授乳の間に睡眠を取ったり、シフトを組むなどして睡眠時間を確保せねばならない。信じ難いスケジュールであるが、新生児の親は皆、これと同様の生活を送っているのである。この「授乳と寝かせ付けの無限ループ期間」が約1-2か月続く。子どもによっては、もっと長く続くかもしれない。

 いくつか補足しておこう。授乳と一言で言っても色々とある。完全に母乳だけで育てる人もいれば、母乳と粉ミルクの混合で育てる人や粉ミルクだけで育てる人がいる。我が家では母乳と粉ミルクの混合であった。哺乳瓶の洗浄は洗剤で普通に洗うだけであるが、重要なのは殺菌である。殺菌は専用の容器に入れた上で少量の水を加えて電子レンジで数分間加熱するだけでできる。水が高温の蒸気となって哺乳瓶を殺菌してくれるのだ。沐浴は、衛生面を考慮して、大人が入る風呂ではなく新生児用の小さな風呂にお湯を溜めて行う。もちろん使用の度に綺麗に洗浄する必要がある。新生児はお風呂に入った際の気持ちよさで尿や便を噴出することがあるから要注意である。子どもを寝かせる際は、遮光カーテンをしっかりと閉め、部屋を真っ暗にしなければならない。私たちはワンルームマンションで暮らしていたため、子どもを寝かせる度に真っ暗な中で生活するはめになった。暗闇の中で仕事をし、薄明かりの中で夕飯を食べたものだ。2部屋以上ある物件に住んでいれば、もう少し快適であっただろう。子どもが起きている間は何をしているかというと、ミルクを飲ませる以外は、話しかけたり、マットの上でキックをさせたりしている。もちろん、この頃は、まだ「ハイハイ」さえ出来ない。
 この「授乳と寝かせ付けの無限ループ期間」を乗り切るための標準的な方法は、実家の両親の助けを借りることであろう。実家に帰っても良いし、実家から両親を呼び寄せても良い。しかし、私たち夫婦には(当時はニューヨークではなく東京に住んでいたにもかかわらず)それが出来なかった。当時は新型コロナのパンデミックの時代へと突入して1年弱といった頃であり、ワクチン接種はまだ始まっていなかった。ワクチン接種前の高齢者が感染した場合の致死率は高く、両親を東京に呼んで子どもの世話を手伝ってもらうことなど出来なかったのだ。パンデミック下で子どもを持った夫婦ならば、皆、似たような状況だったはずだ。一方、感染防止のため不要不急の外出は控えるよう強く呼びかけられていた当時、高エネ研からも、都内在住者は出勤しないよう命ぜられていた。子どもが生まれる数か月前から、私は裁量労働制の在宅勤務となっていたのだ。これは不幸中の幸いであった。おかげで生後2か月程度は休暇も育児休業も取らず、夫婦2人で協力して子どもの世話をすることができた(その後、私は有給休暇の残日数を全て使い切って1か月以上の休みを取った上で、2年9か月の育児休業を取得した)。
 私たちのように、ずっと夫婦2人だけで育児をする場合、夫婦喧嘩には重々気を付けなければならない。子どもが生まれて間もないうちは、夫婦ともに子育てに慣れておらず、様々なことが上手くいかない。子どもは寝ずに泣くばかりであり、夫婦ともに睡眠時間が不足する。更に、出産直後の女性は体力がほぼゼロであるから、尚のこと状況は酷い。子育てが上手く軌道に乗らないまま2週間、3週間と経過すれば、夫婦の衝突が増えることは避けられない(私たち夫婦も、箸が落ちたことをきっかけに大喧嘩をしたことがある)。これから育児を始める読者諸賢の多くも、育児を進める過程で大きな夫婦喧嘩を経験する可能性が高い。その際は自分だけで抱えるのではなく、友人を昼食にでも招待して相談すると良い。きっと熱心に聞いてくれるはずだ。皆、他人の不幸には目がないのだ。
 私たちの場合、育児が上手く軌道に乗ったと感じ始めたのは、生後数週間の頃だ。妻がジーナ式という授乳と睡眠のスケジュール管理の方法を導入することを決めたのが始まりだ。時間になれば暗くしてベッドに置くだけで子どもが眠るようになり、寝かせ付けに全く苦労しなくなったのだ。私たちの負担は急激に縮小し、睡眠時間もしっかり確保できるようになった。そして、夫婦喧嘩のない平和な日々が訪れたのだ。喧嘩を減らすには睡眠を取るのが一番である。寝てる間は喧嘩ができないからだ。


 これが生後数週間の育児の様子であり、乳幼児の育児において最も大変な時期であろう。残念ながら生後数週間や1か月を過ぎれば直ちに冒頭に述べたような怠惰な生活を送れるようになるわけではない。しかし、子どもの月齢が2か月、3か月と大きくなるとともに、どんどん楽になっていくことは間違いない。非常にゆっくりであるが、成長とともに子どもの生活リズムが大人の生活リズムへと近づいていくからだ。例えば、新生児の世話の中で最も辛いことの1つと言える深夜の授乳は、生後2か月の時点で完全になくなっていたし、ニューヨークへとやってきた頃には、子どもの月齢はもう4か月であり、この頃には十分に規則正しい生活を送れるようになっていた。そうなれば日々の生活は楽なものである。
 さあ、もう夜も遅い。目の前に靄が見え始めた。視界が不明瞭だ。目薬も効かない。そろそろ眼鏡を拭く時間だ。 
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