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第6回

後世に影響を与えまくった映画の、後世に影響をたぶん与えなかったシーン
映画配給収入ランキング 1984年 1位『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』

[ 更新 ] 2026.09.15
 〈インディー・ジョーンズ〉シリーズを、例によって1本も観ずに大人になった。大変なビッグタイトルである。さんざんテレビでも放送されたのではと思うのだけど、ちらっとも観たことがない。
 それでもさすが、存在だけは身近だ。予告編をコマーシャルで観たり、街でPRの看板やポスターを見かけたり、細かな単純接触が積もりに積もって、未知にもかかわらず身近という状況を生み出したのだろう。メジャー作品のすごみであり、考えてみたらそういう、中身を知らないのにガワだけ知っているコンテンツばかりだなとも思う。

 本作はシリーズ2作目で、ただし作中の時系列としては1作目の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』の1年前ということになっている。せっかく観るのだからと、『レイダース』を観てから鑑賞したところ、これが大正解だった。『レイダース』にはインディ・ジョーンズを理解するうえで非常に重要なシーンが描かれていたのだ。インディが、考古学者として授業をしているシーンだ。

 階段教室の聴講生にはあきらかに女性が多く、みんなぽーっとした表情で授業を聴いている。これはすごいなと思ったのが、左右のまぶたに「LOVE」「YOU」と書き、まばたきすることでインディに対して愛を表明している学生がいたことだ。そんな告白があるのか。

 インディーに、泥だらけのいわゆるインディー・ジョーンズ的な活動をする傍ら、シュッとして学生に人気の考古学者の面があることを理解できたのは大きかった。このあとどんなシーンを見ても、普段はモテる人であるとの要素を加味して見ることで、どんなピンチにも(人気者がこんな目に……)と厚みが出たなと思う。

 さて、踏まえて『魔宮の伝説』である。『レイダース』と違い、『魔宮の伝説』は私がイメージするインディ・ジョーンズとはちょっとズレのある作品だった。インディ・ジョーンズといえば、深い森の中に入り、古代遺跡を通じて人智を超えたスピリチュアリティと対峙する、みたいな印象を持っていたのだけど、本作で立ち向かうのはインドの邪教だ。カルトという意味でスピリチュアルではあるものの古代感には薄く、こんなインディ・ジョーンズもあるのかと思わされた。

 サギー教と呼ばれるこの教団は、それはもう突き抜けて恐ろしい。村の子をさらって奴隷として地下の洞窟で宝石などの採掘をさせ、儀式が行われるとなれば生贄の心臓を手でくり抜いて、人体を網に挟んでぐつぐつに煮える溶岩の穴に落とす。悪行の限りだ。
 教団は、表向きはある地方の藩主と周辺人物ということになっていて、藩主が開く宴で供されるごちそうのゲテモノぶりがまたひどい。もろもろの描写のせいで、撮影はインド政府に拒否されて、スリランカで行われたというのは有名な話のようだ。拒否されてなおやったのかよとは、やっぱり思う。

 見ながら感じ入ったのは、どのシーンも冒険映画の演出としてあまりにポピュラーだということだった。ハリウッド発の冒険映画の文法が、このあたりの年代の作品で確固たるものになっていったのだなと、後の影響の計り知れなさに毎秒泡を吹く。
 トゲトゲの天井が落ちてきて、ワー! となったり、鉱山のトロッコに乗って猛スピードで追いかけっこしたり、吊り橋がど真ん中で真っ二つになり人が落ちたり摑まってぶらぶらして大ピンチを迎えたり、谷底の川にはもちろんワニがいたり。映画鑑賞の素人だからこそ、新鮮に教科書的な作品だとびりびり感じることができた。

 いっぽうで、「LOVE」「YOU」とまぶたに描く学生のような、私などにはまるで見たことのない演出が、後世に影響をたぶん与えなかった表現として浮かび上がってくるのがおもしろい。インディとヒロインが、どっちが寝室に誘うかで揉めて5分間の我慢比べをするシーンには、一体なんなんだそれはと感心した。

1984年日本配給収入トップ10
1 インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説
2 里見八犬伝
3 キャノンボール2
4 メイン・テーマ/愛情物語
5 ドラえもん のび太の魔界大冒険
6 プロジェクトA
7 空海
8 フットルース
9 ステイン・アライヴ
10 男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎/喜劇・家族同盟

 本連載は、僭越ながら筆者0歳の1979年を起点としている。1985年までやってきて、ここでようやく私は6歳だ。『ドラえもん のび太の魔界大冒険』はもしかしたら生まれてはじめて映画館で観た作品かもしれない。怖いシーンで怖いといえず、トイレに行きたいと父に言った覚えがある。
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