第3回
中2のとき、部室で観なかった映画
映画配給収入ランキング 1981年 1位『エレファント・マン』
[ 更新 ] 2026.07.31
なにそれ、怖い。
私は創作物によって感情を揺さぶられるのを、幼少の頃から苦手としてきた。登場人物が肉体的に、精神的に、いずれにせよひどい目に遭うのがどんな理由であれどうしようもなくいたたまれず、うっかりワンシーンでも見てしまうとその後しばらく忘れられずにうなされてしまう。だからできるだけ、強い物語からは距離をとってきたのだ。そんな私は、その敏感さによって『エレファント・マン』を、かなり物語性の強い部類の映画だと察した。
私はなんとかその場を、映画を観ない方向に誘導した。練習をするつもりなく集まって、せっかくテレビとビデオデッキとビデオテープまであったのに、どんな手を使って回避したのだったか。以来、今日まで観る機会はおとずれないままだった。
あれから30年以上が経ち、今なら観られる。年を重ねて感受性が鈍くなったし、度胸もついた。
観て知ったのは、ゾウに踏まれたのは主人公ではなく、その母だったことだ。踏まれたというか、「妊娠4ヶ月のときに野生のゾウに襲われた」ことになっていた。主人公のジョン・メリックは頭蓋骨が肥大し身体中に腫瘍ができており、右手とそれに両足も自由ではない。興行師によって、ゾウに襲われた母親から生まれたエレファント・マンとして見世物小屋に立たされている。
子どもの頃の私が特に恐れていたのは、つらい立場にある登場人物がつらい目に会うことだ。ジョン・メリックはその体を日々好奇の目で見られる。興行師にせっかんまで受けてそれはそれは苦しい状況にある。けれど、物語というのは、別の場所へ物語を連れていくものでもある。そのことを私は大人になってやっと知った。つまり、観ていると、やがてつらいばかりじゃないことが起きる(つらいばかりのひどい物語もあるのが物語のすごいところで、油断はならないのだけれども)。
作品としての『エレファント・マン』は、この、物語が物語を連れていく仕組み、「つらい」と「救われる」を、繰り返し提示することで、誰が悪人かをどうしようもなく問いかけてくる作品だった。
見世物小屋を出ることで、珍しいものとして見ようと集まる人たちの目からは遠ざかったジョン・メリックだけれど、医師の策により病院へ入院したらしたで、今度は有名人や上流階級の人々の慰問という形で、結局はまた自分を見にくる人を集めてしまう。この映画を観ている私もまた、「見にきた者」と言えるわけで……と内省するのは当然の流れであって、中3のあのとき観ていたら、きっと頭をかかえただろう。それは大人になった私も同じだ。
作品には、その問いが無効な人物も数人出てくる。とくに入院先の病院の看護師長が象徴的だった。この人は、ジョン・メリックを見にきたのではない、ただ居る存在である。入院してきた病院が、自分の勤め先だったから、来た人だから世話をした。それが自分の仕事だからだ。
19世紀のイギリスが舞台だ。ジョン・メリックは医師が入院させないことには、放っておけば見世物小屋に居たきりだっただろう。仕組みを機能させること、そしてそこに受け入れる人がいること。観ていると社会の枠組みのことをも、どうしても考えることになる。
なんでもないシーンがないものだなと思った。全部が無駄なくぎゅっとつまって物語を支えている。朝早く病院にやってきた医師に牛乳配達員が「先生、今日もお早いですね、牛乳配達ができるほどだ」と言った他は、あとはもう全部意味を感じさせるセリフだった……と思ってから、そうか、牛乳配達も、医師が早朝に病院にやってきていることを説明しているのだと気がついて、これが映画! と、素人として大いに唸らされた。
監督はあのデヴィッド・リンチである。一筋縄ではいかない作風の名監督であるとは風の便りで長らく聞いてきた。ずっと、それこそ怖い名前だと感じて、畏れからこれまで作品は一本たりとも観られず、私のなかで名前ばかりが巨大になっていく一方だったのだ。40代後半になって、やっと一本観られた。人生これからだ。
1981年日本配給収入トップ10
1位 エレファント・マン
2位 007/ユア・アイズ・オンリー
3位 連合艦隊
4位 ドラえもん のび太の宇宙開拓史
5位 スーパーマンⅡ 冒険篇
6位 典子は、今
7位 男はつらいよ 寅次郎かもめ歌
8位 男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎
9位 ブルージーンズ メモリー
10位 駅 STATION
このラインナップで、重厚な内容である『エレファント・マン』が1位なのがすごいなと思う。申し遅れたが、モノクロ映画だ。名作だとは感じたけれど、それにしても2位の007を押さえられるものか。すごい。
その2位の『007/ユア・アイズ・オンリー』は、ロジャー・ムーアがボンド役だ。古い007は全部ショーン・コネリーという認識のレベルでいたから、1981年の時点ですでに3代目ボンドであることに、80年代はやっぱりまだまだ最近である、という気持ちになってしまった。
連載初回で観たスーパーマンも続編が5位にランクイン。「冒険篇」とはまたストレートな“篇”だ。

