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第296回

キャサリン。

[ 更新 ] 2025.12.11
十月某日 晴
 帯状疱疹を発症してから、三日め。
 発疹がでている周辺全体が痛い、という通常の症状のほかに、前屈がほとんどできない、という症状があることに気がつく。
 ジムなどに通っている昨今なので、柔軟体操は定期的におこなっており、たいそう体が柔らかい、ということはまったくないのだけれど、前屈をおこなえば手のひらが床につく、というほどのやわらかさはあったはずなのに、指先すら床に届かず、無理に体を曲げようとすると、足の裏のすじのような部分が、きーんと痛くなり、驚く。

十月某日 曇
 前屈する時、ことに左足の裏が痛い。帯状疱疹は右半身に出ているのに、なぜだか右足の裏部分は、左足にくらべ、ほとんど痛くない。

十月某日 雨
 痛み止めを飲みきったけれどまだ痛いので、かかりつけ医に行く。
 一週間ぶんの薬を処方してもらい、会計のために待合室で待っていると、一人のご婦人がやってきて、窓口にしきりに何かを訴えている。
「テレビでドラマの再放送を見ていたら、殺人事件の犯人がようやくわかったの。それで、急にお医者さんに行かなきゃ、って思いだして、だから、いそいで来たの」
 とのこと。
 犯人発覚と医院来訪のつながりが、ご婦人の中でどのような経路になっているのかは、不明。窓口の看護師さんは、そうですかー、それはよかったですー、と、温厚にあいづちをうっている。

十月某日 晴
 発疹もどんどん薄まり、痛みもほぼ消えてきた。それにともない、柔軟性が突然戻ってくる。足裏の痛みも、ほとんど、なし。
 ネットのどこを探しても、「帯状疱疹・柔軟性」の記述はないので、自分特有の症状なのか、あるいは何かの気のせいなのか。
 ちなみに、痛みは消えたが、かわりに、やたらくすぐったい。着ているTシャツが帯状疱疹部分にふわっとふれると、ものすごい勢いで何人かの人間にくすぐられているよう。痛みもアレだが、拷問みは、こちらの方が強い。
いろいろ考えたすえ、腹巻を着用。

十月某日 晴
 ごきぶりが嫌いなあまり「ごきぶり」と口に出すことがどうしてもできず、かわりに「キャサリン」と名づけているという人の話を聞く。
 家で「キャサリンが来たー」と叫ぶと、家じゅうの人たちが駆けつけてくれるとのこと。
 暖かい家族である。
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