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第15回

『君に届け』~もっとも美しいシスターフッド

[ 更新 ] 2024.11.27
 これまで、さまざまな形で少女マンガのライバルとシスターフッドについて取り上げてきたが、なかでももっとも美しいシスターフッドは?と問われれば、『君に届け』をあげるだろう。何度読み返しても、知らないうちに涙が頬を伝っていることに気づく。『君に届け』はそうした、美しい涙が結晶したような作品である。

 ◆「友達ってね、気づいたらもう、なってんの!」
 主人公の黒沼爽子は、長い髪と陰気な外見から「貞子」と呼ばれ、霊感が強いとか目があったら呪われるとか言われてクラスメートから距離を置かれる存在だ【図1】。


【図1】椎名軽穂『君に届け』1巻(集英社)6-7頁

 しかし実際の彼女は、とても素直でピュアで、ひねくれたり人を恨んだりする感情からもっとも遠い存在である。露骨に避けられていても、クラスメートにはいつも自分から挨拶し、<明るくあいさつできたかな? 人に恐怖心を与えないひとになりたいな……>と考え、なにか人の役に立ちたいと、クラスの雑用はいつも彼女がかってでる。クラスのみんなで肝だめしをやるというときも、「貞子が来たら本物も出そう」とささやかれても、<き………期待に応えられない………!>と思う爽子なのだ。
 そんな彼女の本質を見抜いているのが、学校でも評判の爽やか男子・風早くん。「クラスで浮いてる子とかほっとけないんだって」と言われる彼は、爽子にも分け隔てなく話しかける(ほんとうは爽子に特に好意をもっているのだということが、のちにわかってくる)。
 彼に続いて爽子と会話するようになるのが、クラスでも強面こわもての女子、吉田と矢野。吉田は男子相手にタイマン勝負99連勝の記録を持ち、矢野はピアス穴をたくさんあけて大人っぽく、校外の年上男子とつきあっているらしい。吉田と矢野が、クラスでやる肝だめしに貞子がお化け役をやってくれたらいいのに。でも、下手するとイジメになるか――と話しているのをたまたま聞いた爽子が「あの……その役……やらせてもらえないかな……」。いや、ムリヤリやらせたみたいになっても、こっちも気分が悪い、という二人に爽子は、「…役に立てたら、私がうれしいから…」。ただし「みんなの期待に応えられなくてとても心苦しいんだけど………………」「霊感はありません。」
 「わはははは!! 今頃カミングアウトかよ!!」
 片方で、「何あんた泣いてんの!!」「………あたしだめなのよ。こういうけなげな子…」
 これをきっかけに、吉田や矢野と爽子はしだいに親しくなっていく。
 だがそのうちに、吉田と矢野に関する悪い噂が流れ始める。吉田は元ヤンで少年院に入っていた。矢野は男好きで色んな技で百人斬り。しかもその噂の出どころはなんと、「…貞子―――……」だという。「自分の地位あげるために風早や矢野さんや吉田さんを利用してるって……みんな言ってるよ!」
 噂はきっぱりと否定し、受けて立つ二人。噂を貞子(爽子)が流しているというのは、最初はまったく信じていない二人だったが、さまざまな噂が広がっていき、たまたま「よかったね。友達できて。なんだっけ、矢野さんと吉田さんだっけ?」と問われた爽子が「と、友達じゃないよ……!」と答えているのを目撃し、しだいに疑心暗鬼が広がっていく。正面から「あたしらのこと、すき?」と聞いても、爽子の答は「す……すきっていうか………」。これを聞いて二人は「わかった……。――貞子、困らせたね」 。
 噂と誤解はさらに広がっていく。「なんか吉田と矢野もバックにつけてさ~~~~しかも風早までいいように使ってぇ」「風早もさ――!! このまま貞子につきまとわれたら株落とすよ、絶対!! 吉田と矢野みたいにさあ!」
 自分がそばにいると相手の評判を落とすかもしれないと、吉田や矢野、風早とも距離を取り始める爽子。だが、吉田や矢野の悪口が目の前で言われているのを聞いて爽子は、「ごっ……誤解だよ!!」「さっきの言葉、とりけして……」と、自分を突き飛ばし足蹴にしてくる相手に正面から立ち向かう。「みんなは…何もわかってない!」「私がさけられる中で……怖がらないで……さけないで、…どんなに…ふたりがやさしくしてくれたか……」「…私がどれだけ、矢野さんと吉田さんを……すきよりもっと………だいすきか………」
 ここで、矢野と吉田が現れる。「貞子じゃない。貞子が言うわけない!!」
 風早が、「黒沼ががんばってる。吉田と矢野の噂のことで」と二人に伝えたのだ。
 爽子は二人にいう。「私がそばにいることでふたりにへんな噂が流れて、また傷つけるかもしれないって思っても……それでも……どうしてもあきらめられなかった」「もっと仲良くなりたい」「もしもまた誤解がうまれたら、何度でも何度でも何度でもとくよ」「やのさんと吉田さんと……ともだちになりたい………」
 二人は爽子を抱きしめてこう言う。「しってる? あたしたち、あんたが可愛くてしょーがないの。…しってる? 友達ってね、気づいたらもう、なってんの!」【図2】


【図2】椎名軽穂『君に届け』2巻(集英社)175頁

 忘れがたいセリフ、忘れがたいシーン。少女マンガ史上、もっとも美しく心打つ場面の一つである。

 ◆くるみちゃんと悪意
 さて、吉田と矢野の悪い噂、そして噂の出どころは貞子だ――という噂を流したのは、人形のように可愛い美少女・胡桃沢くるみざわうめ、通称「くるみちゃん」である(彼女は「梅」という名前が好きではないため、「くるみちゃん」と呼ばれるのを好む。というか「梅って呼んだ奴ノート」をつくり、ひそかに恨みをためている)。
 最初はさりげなく、他クラスからやってきて風早にCDを貸す、という役柄で登場した彼女は、悪事の後ろに影を見せるようになり、噂の嘘がばれたところでその全容を現す。「…ちぇ、失敗しちゃった」「ばかな子たち」【図3】


【図3】椎名軽穂『君に届け』2巻(集英社)182頁

 くるみちゃんは可愛い顔して、じつはそうとうな策略家である。
 風早とちづ(吉田)と中学が一緒で、風早が好きだという女の子・ゆみが告白する仲介をちづに頼み、その子がふられると、また別の子が次々と仲介を頼んでくる。ちづが、もうやってられない、とさじを投げると、「ゆみには協力してあたしはだめなの⁉ ゆみ派だったの⁉」。めんどくせえ…!! とちづが思ったところに「待って!!」と、くるみの声。「ちづちゃんは悪くないよ!! こんな風にクラスの女子ばらばらになるのよくない! これならいっそのこと…誰も告白なんかしない方がいいよ!!」
 この全員への牽制が、彼女の最終目的だったのだ。そうやって同じ中学の女子と不戦協定を結びながら風早と同じ高校に進学し、CDを貸したりしながら少しずつ距離をつめ、周りからの応援も得られそうになってきたところへ、爽子の存在の浮上である。
 誰もが、風早が貞子を好きになるなんてありえない、と思っている中で、彼女だけが、「そうかな? 風早が好きになったっておかしくないんじゃない?」
 ひとまずは周囲の否定を誘う言い方だが、彼女だけが、ほんとうにその可能性があることに気づいている。ずっと誰よりも風早をみつめてきた彼女は、風早が周囲の評判で相手を判断しないことを知っているからだ。そうした風早が、純粋で素直な爽子の頑張りに惹かれていること、逆に風早は、自分のように策略をめぐらせたり、人の足をひっぱったりする人間をけっして好きにならないことにも、どこかで気づいている。
 だが、だからといって黙って引き下がったりしないのが、くるみちゃんだ。
 彼女は爽子に親しげに近づき、「わたしたち、ともだちになったんだよね!」。
 爽子は<なんて感じのいい人なんだろう……。私の求める理想の乙女像が、今ここに!!>。しかしそのじつ、爽子に「お人形みたい!」といったくるみの真意は<髪ののびるお人形。みたい!>。意地悪なのである。
 彼女が爽子に近づいたのは、近くで話すことで自分との差をわきまえさせ、身の程を思い知らせるため。それがうまくいかないと、今度は「風早が好きだから私を応援して」と言い出すという、女の子あるある、の手に出てくる。だが他の子と違って、爽子は正面からそれを断る。
 そうなるとくるみちゃんは、爽子をちづの幼馴染の龍とくっつけようとし、風早に、爽子は龍を好きになるに違いないと吹き込んだうえで、爽子の手紙を装って龍を呼び出し、爽子が龍と一緒のところを風早に目撃させようとする(動機は違うが、このあたりの策略は、『ピーチガール』のさえにも似ている)。
 一方、あの悪い噂を流したのはくるみだと、矢野は気がついている。矢野はくるみに言う。「爽子のこと邪魔だったんだろーね~~~~。しかもあたしとちづがバックにいたら手ー出しにくいしね? そんであたしの噂はともかく、ちづの噂はびみょ――に事実を大ゲサにしたのが多いんだよね。だからあたし、ちづや風早と同じ中学だった奴だと思ってんだけど。このこと風早にばれたら…その子どーするんだろうね?」
 そしてついに、くるみのしたことを、爽子と吉田(ちづ)も知ることとなる。
 「2人の悪い噂も爽子ちゃんが言ってたってことも、流したのは、わたしだよ」「……邪魔なんだもん、爽子ちゃん。ちづちゃんたちや……みんなと、離れちゃえばいーなーと思って」
 「私のこと………嫌いだったの…………?」と問う爽子。
 「そうだよ。今頃気付いたの……? 「友達」なんて、一度も思ったことない」
 くるみの言葉にショックを受けながらも、このことを風早に伝えようとする吉田と矢野を止める爽子。<あんなの……本音じゃない。絶対、本音じゃない><すきな人に悪く思われたいわけないよ―――…>
 くるみのしたことは、たしかにひどい。だがくるみの行動は、女の子が抱きがちな悪意の表出なのではないか。
 『君に届け』では、一見陰気で恨めしさの塊のような外見の爽子の、珍しいほどにピュアな内面が私たちの心を打つが、片方で、一方的に断罪の対象にしない紙一重のところで、周囲の無責任な噂や偏見や、グループになった時の女の子の悪意と愚かさもまた、繰り返し描かれている。
 先述したくるみの中学時代の策略のところででてきた、「友達の告白を応援する」とか「誰も告白しないようにしよう」という協定もそうだが、思春期の女子には、そうした、本来1対1のはずの恋愛関係をグループで管理する、といった側面がある。
 実際、くるみ自身も、グループの女子の一人が好きだった男の子がくるみを好きだと言っていたと知れると、「ひどいよね――くるみとか言って梅のくせに。くるみといたら男子と喋れるから同じグループに入れてやったのにさ―。くるみがすきな人出来たら邪魔しちゃお――よ。うちらだって邪魔されたんだし、い―よね―!」とささやかれる場面もある。(くるみの一連の行動は、間違いなくここを原点にしている)
 また、中学時代はバレー部のキャプテンでセッターを務めていた矢野が、今のように何事からもちょっと距離をおくようになったのも、部内の女子の一人が好きだった男の子が矢野を好きだと言い、それを断ると、部内の女の子たち全員からそっぽを向かれた、それで大会の直前に退部した、という出来事があったからである。 
 また吉田も、幼馴染の龍に告白してきた子がいて、その子はふられたにもかかわらず、告白した子を応援する女の子たちから、「龍を恋人として好きでないのなら、龍と仲良くしないでほしい」と要求される場面がある。
 大人になった私には、「ああ、うっとおしい!」の一言であるが、かつて、そうした世界に身を置いていたこともあるし(ラブレターの代筆もしたことがある)、そうした面倒くささは今でも女の子の世界には生きているのであろう。くるみの意地悪や悪意は、そうした女の子グループが持つ悪意や意地悪の表出であり、のちに爽子が風早と彼氏彼女になり、その悪意が集団として爽子に向けられた時には、矢野がその子たちに言って聞かせる。「…あんたたちもさ、別にもともとは爽子に文句とか、そんなんじゃなかったんでしょ? ただ風早のこと、すきなだけだったんだよね。周りの評判とか関係なくさ。…それ、きっと風早も同じだよ。周りの評判で女を選ぶ男じゃないんでしょ? そういう風早だからすきになったんでしょ? そーいうの、ほんとは全部わかってるんでしょ?」
 矢野はくるみに対しても、「風早にあんたは無理よ。あんた、アレだね。あたしが男だったら良かったのにね。そしたら、あんたの汚いところ、全部わかってやるのに」。
 『君に届け』では、爽子の純粋さの魅力だけでなく、くるみを象徴として、「女の子の悪意」「女の子の汚いところ」も同時に包摂されているのである。

 ◆私たちは……ライバル!
 一方で、くるみは意地悪や悪意だけの存在でもない。まず、彼女が爽子に近づいたとき、「貞子」ではなく、「黒沼爽子ちゃん、だよね?」と、ちゃんと本名を呼んでいる。爽子はそれに気づき、一連の噂を仕組んだのがくるみだとわかったあとでも、<……なんだかんだ言ってくるみちゃんは、私を1人の人として認めてくれるんだな>と思う。<「そーいうの」で判断しないのは、くるみちゃんも同じだもん……>。
 そう。周囲が、「貞子なんかが風早に相手にされるわけない」と思っていた時、風早をずっと観察していたくるみちゃんだけが、爽子こそが自分を脅かす相手だとわかっていた。だからこそ爽子にあれだけの意地悪をしたのである。そして、今まで誰にも言わなかった風早への気持ちを、爽子にだけは打ち明けて、「協力して」と言ったのである。
 爽子への一連の工作はうまくいかなかったが、その結果、くるみちゃんは風早に、ついに自分の気持ちを告白する。予想していた通り、他に好きな人がいると言われて、翌日くるみちゃんは、泣きはらした目をサングラスで隠して登校してくる。
 「爽子ちゃんが万がいち、億がいち、風早とうまくいっても、絶対に「よかったね」とか言わないからね!!」
 このストレートさ! やり方に問題はあるかもしれないが、彼女は常に他人の評判ではなく自分の目で物事を見極め、自分のなすべきことを決めて、そのために全力を尽くす。
 「ともだちには……なれないんだよね?」と問いかける爽子に、「友達? …ライバルでしょ!」【図4】


【図4】椎名軽穂『君に届け』5巻(集英社)40頁

 くるみちゃんが爽子を対等なライバルとみなした瞬間である。
 そののちもくるみちゃんは、バレンタインデーに風早に手作りのチョコレートを渡そうとする爽子に対し、「……風早、本命チョコはもらわないみたいよ?」「そのチョコレート、義理チョコだったらきっと風早ももらってくれるよ」。去っていきながら、<このくらいの意地悪でダメになるようならそれまでだもんね――>
 結局、爽子はこの時、チョコを渡せなかった。それをちづに責められて「そーよ、邪魔したのはわたしよ! でもだから何だっていうの!! 渡さなかったのは爽子ちゃんじゃない!! わたしは「渡すな」なんて言ってないもん!!」
 くるみちゃんは言う。「…わたしはね!! あの程度の女に負けたなんて思いたくないの! ……あんなに手応えない女だと思ってなかったわ。ガッカリよ!!」
 ここでいう「あの程度の女」とは、勇気を出して一歩を踏み出そうとはしない女、風早に対して「その程度の思い」しかもっていない女、ということである。思いの深さと行動力でのみ、相手を測る。くるみちゃんはその点では一貫している。このかなり前に、くるみちゃんが「爽子ちゃんが相手なら勝てるって思ったよ!!」という場面がある。「だってわたしの方がさわこちゃんよりずっと………」「ずっと――――…」続く言葉は、「風早のこと、すきだもん………」。
 それを受けて爽子が、「最初の頃のくるみちゃんよりも今のくるみちゃんの方がもっともっと可愛いと思う…………」というと、「わたしが可愛いなんてわかって……」そこでぶわっと涙が吹き出す。「でも……そんなの意味ないじゃん……」「風早がすきになってくれなきゃ意味がないじゃん!!」この時のくるみちゃんの一途な泣き顔は最高にかわいい!
 結局、爽子がはっきりと正面から風早に思いを打ち明けてカップルになれたのも、くるみちゃんの檄が背中を押してくれたからだといえる。「わたしはちゃんと伝えたもの……。…ふられたけど! …ちゃんと間違いなく伝えた!! 一緒にすんな!!」
 くるみちゃんと風早だけが、爽子を対等な存在とみなしている。くるみちゃんは言う。「風早だけは爽子ちゃんのこと可哀想だって思わなかったんじゃないの? ちづちゃんやあやねちゃんですら可哀想に思ってた爽子ちゃんの事をよ!! あんた風早の何を見てんのよ!!」
 爽子を可哀想と思っていないのは、風早だけでなく、くるみちゃんも同じである。だからこそ、闘いをしかけてきたのだ。吉田や矢野は爽子の純粋さをで、保護者のような気持ちで接している。その友情も、あたたかく得難い関係である。だが、くるみちゃんは爽子の強さを引き出し、向き合おうとする。だって、ライバルだから。
 『君に届け』には、ライバルという言葉が何度も出てくる。
 爽子と風早がカップルになったあとで、なんで貞子――!と押しかけてきた女の子たちの集団に対してくるみは言う。「……そんなんだから風早に好かれないのよ。「だって貞子だよ」って…じゃあ、あんたたちなんぼのもんなのよ」
 「風早が決めたことよ!」「爽子ちゃんに何かしたら、きっと風早、許さないと思う。……絶対、許さないと思う……」。この最後の言葉は、自分に言っているのだろう。
 去っていくくるみになおも食い下がろうとする女の子たちを遮って爽子は言う。「……くるみちゃんのライバルは……私なので」
 風早に告白して受け入れられた爽子は、くるみに報告に行く。<逆だったら、きっと報告してくれた。絶対、してくれたから>。
 「「よかったね」なんて言わないよ」と言ったあとにくるみは続ける。「言ったよね。「わたしはちゃんと伝えた」って……。爽子ちゃんがいたからよ。爽子ちゃんがいなかったら――…わたしは、風早に気持ちなんて伝えられなかった」
 彼女は最後に言う。「爽子ちゃんがライバルでよかった」【図5】


【図5】椎名軽穂『君に届け』11巻(集英社)32頁

 爽子は思う。その逆のこと(くるみちゃんがいたから、くるみちゃんがライバルでよかった)も、どれもほんとうだけれど、<どれも、私が言える言葉じゃない>。
 くるみちゃんだからこそ、言えた言葉。
 「爽子ちゃんがライバルでよかった」その言葉を<…大事にするよ。大事にする>。
 そして、「教師になりたい」と思った爽子とくるみは、進学先も同じ大学を志望する。D教育大。「わたしたち、どこまで行ってもライバルなんだね!」とくるみ。
 風早と同じ大学に行きたい…とまだ志望校を迷っている爽子だが、くるみからの提案で、二人は一緒に受験勉強を頑張ることになる。志望校のことで初めて風早と喧嘩をした爽子。くるみちゃんは言う。自分は嫌われないように言葉を選んで風早と話をしてきたが、「爽子ちゃんはケンカできるんだなって思った」「けど私、爽子ちゃんにはケンカ売れるな――」
 それに対し爽子は「………いつでも買うよ! ライバルだもん!」。
 「売り続けても、売り続けても、気づきもしなかった人がよく言うよ」
 物語終盤、二人の仲は、もうそんなことを言い合えるところまで来ている。くるみは言う。「…わたしに何されても負けなかったんだから………堂々としたら」
 最終的に、くるみは爽子に言う。「教育大に行こうよ!! わたしと…教育大に行こうよ!」【図7】


【図7】椎名軽穂『君に届け』26巻(集英社)126-127頁

 これはほとんど告白である。爽子は思う<……私を、認めてくれてる>。
 この直前に置かれている、くるみがついに爽子に謝罪する場面も必見だ。

 「…………爽子ちゃんは…………まっすぐだよ…。…だから、いつも、うらやましくて………むかついた……」
 「………あの時はごめんなさい……………」
 「さわこちゃんにしたことを…………忘れないわ。一生忘れないわ……………」

 図版を載せたいところだが、この場面だけはぜひ、自分の目で確かめてほしい 。
 卒業式で顔を合わせたとき、くるみの親に「…お友達?」と聞かれて、爽子は「……はい!」。くるみは、「………別にっ………………ただの、親友!」

 ◆運命の人
 じつは『君に届け』には、全3巻の番外編がある。『君に届け 番外編~運命の人』。
 これは、くるみちゃんが主人公で、爽子が脇役。ここも『ピーチガール』と重なるが、『ピーチガール』とは違って『君に届け』では、くるみちゃんの悪だくみの裏話ではない。逆に、札幌の同じ大学に進んだ爽子とくるみは、ほとんど同棲しているような仲の良さだ。【図8】


【図8】椎名軽穂『君に届け 番外編~運命の人~』1巻(集英社)12-13頁

 実際はアパートは別々なのだが、くるみが爽子の部屋にしょっちゅういりびたって、ごはんを食べさせてもらっている。おまけにくるみは爽子の従兄の栄治おにいちゃん(以前の連載『Crazy For You』の登場人物・赤星)とつきあうことになる。これは、その過程を描いた物語である。
 この中では繰り返し「だって私は意地悪な悪役なんだもん」というくるみちゃんの自己認識が語られるが、物語は、こんな一文で始まる。「たまに思うの。爽子ちゃんはもしかして、わたしの運命のひとなんじゃないかって」。


【図9】椎名軽穂『君に届け 番外編~運命の人~』1巻(集英社)48頁

 同じ言葉が作中で二度目に出てくるとき(【図9】)にはこう続く。「…爽子ちゃんのいない人生だったら、わたし、完全にダークサイドの人間だもん…」
 くるみちゃんは、たしかに爽子に救われている。爽子は吉田と矢野のあたたかい友情に救われたが、くるみちゃんは対等なライバルとして爽子にぶつかり、爽子の強さを引き出し、同時に、自分の中にある闇の部分に正面から向き合った。くるみちゃんはそれができる聡明さと勇気を持ち、その変化の触媒となった爽子は、くるみちゃんにとって何者にもかえがたい大事な存在となる。
 本編『君に届け』の終盤では、くるみちゃんが風早に言うこんな言葉が出てくる。
 「……爽子ちゃんは—————…わたしから風早をとったと思ったけど……ちがった」「風早がわたしに、爽子ちゃんをくれた……」。
 これはすごいセリフである。最初は、風早をめぐるライバル関係だった二人だが、最終的にはお互いが、お互いの彼氏よりもある意味、大事な関係になっている。
 ライバルとシスターフッド。彼氏よりも大事な女友達。
 『君に届け』の連載が始まったのは、2006年。矢沢あい『NANA』(2000~)もそうだが、21世紀の少女マンガに「彼氏よりも大事な女友達」が浮上してくることを、私は興味深いこととして眺めているのである。

 ※本文中の台詞の引用は、読みやすさを考慮して句読点を適宜補っています。
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