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第11回

『ハッピー・マニア』『後ハッピーマニア』~生涯の友

[ 更新 ] 2024.07.25
 これまでに取り上げてきた、大和和紀『ヨコハマ物語』(1981年~)、市川ジュン『陽の末裔』(1987年~)など、タイプの違うふたりの女性の非常に強い結びつきを物語の中心に据えた作品は、1980年代からその輪郭を際立たせ始めたといってよい。そこには「女の時代」と呼ばれた80年代の時代背景もあるだろう。しかし『ヨコハマ物語』にせよ、『陽の末裔』にせよ、タイプは対照的でも、主人公はいずれもまっすぐに前を向いて進む、進取の気性に富んだ女性たちだった。
 しかし1995年、それとはまったく違うタイプの、「現代」を舞台にした女性二人の、ある種「腐れ縁」ともいうべき、しかしそのじつ、非常に強い友情とシスターフッドの物語が登場する。安野モヨコ『ハッピー・マニア』である。

 ◆鋭い! 鋭すぎるフクちゃんの一言
 『ハッピー・マニア』は、いわずとしれた安野モヨコの出世作である。「尿!!!」とか「ウーウー、マッシモー!!」とか、ときに奇声をあげつつ、どこかにあるはずの「ふるえるほどのしあわせ」を求めて次々と恋愛に走っては玉砕、あるいはとんでもない事態を巻き起こす「恋の暴走機関車」ことシゲカヨ(重田加代子、物語開始時20代半ば)の図抜けたキャラクターは、たいへんな反響を巻き起こした。と同時に、読者に強い印象を残したのが、シゲカヨの長年の友人でありルームメイトであるフクちゃんの存在である(最初は学生時代の友人が上京して一緒に住んでいるのかと思われた二人は、じつはヴィジュアル系バンドの追っかけで知り合ったのがきっかけで、すでに10年以上のつきあいになることが、物語中盤でわかってくる)。
 『ハッピー・マニア』はドラマ(1998)も評判となり、その時はシゲカヨを稲森いずみ、フクちゃんを藤原紀香が演じていた。
 とにかく「彼氏がほしい!」と恋愛に向かって突き進む、そしてすぐにヤってしまうシゲタに対するフクちゃんの突っ込みが、毎回鋭すぎる! 
 たとえば、「そーゆうのは「2・3回やった」ってゆーの。彼氏とは言わないの」。【図1】


【図1】安野モヨコ『ハッピー・マニア』1巻(祥伝社)17頁

 青年陶芸家の岸和田(じつは師匠の娘と関係を持っている)にほれ込んで、陶芸家志望と偽ってその師匠の家に弟子入りまでしたシゲカヨが、血相変えて飛び込んでくると、フクちゃんは、「岸和田とおじょう様がかけおちでもした?」
 「一発であてないで!」
 シゲタが岸和田さんとヤって「なんかもう…すごく相しょうが…」と言いかけると、「と言うより、おじょう様にしこまれてんだよ、相当」
 それに対してシゲカヨは、「なんてことを!!! でも、そうかも!!」「そーだよ」「そうか、ちくしょう。しかし!! コンスタンチノープル陥落!!! 岸和田さんは我が手中にあり!!」
 「ねえ。岸和田さんとはやっただけで、彼氏じゃないんだよ」【図2】


【図2】安野モヨコ『ハッピー・マニア』3巻(祥伝社)164頁

 鋭い! 鋭すぎるぜ、このオンナ!
 鋭い突っ込みばかりでなく、フクちゃんがシゲカヨに具体的なアドバイスをする場面もある。
 シゲカヨが言う。「はっきりゆってオトすのは得意!! どーやれば手出してくるか、Hに持ち込めるか、百も承知!!!」
 「それはたんなるさせ子だろ」とフクちゃん。
 「そのとーり!! しかしちがうんだ。あたしはセックスしたいんじゃなくて、彼、彼が欲しい!! Hすんのはその第一段階だって思うからすんの。ただ…その後…そのアトなの、問題は。どうしたら続くの!? どうしたら「彼女」っていう確固たるものになれんの?? 何が悪いの?」(このシゲタのセリフは、核心をついていてせつない)
 「服装とか…?」というシゲタにフクちゃんは、「ちがうっつーの」。
 シゲタはなおも、「でも男ってモード系よりコンサバ好きじゃん」。
 だけどコンサバの服は面白みに欠ける、と続けるシゲタにフクちゃんは、「おもしろくなくていいんだ、服は!!」
 フクちゃんはシゲタに自分のワードローブから服を選びだし「ホラ、これ着てみなよ」。たぶん似合わない、と抵抗するシゲタ。しかしそういうシゲタに無理やり服を着せ、髪を巻いてメイクして、「ホラ、外行くよ」。
 すると、フクちゃんプロデュースされたシゲタはすぐにナンパされる。
 「いきなりですか!!」
 フクちゃんは言う。「でも話とかくだらないわけだよ。もちろんついて行かないわけだよ。確かに服装やメイクで出会いの確率は変わってくるけど、本当にスキな人に会えるとは限らない」。「じゃあ、何がちがうの!?」と問うシゲタに、「相手」とフクちゃん。
 シゲタがまだ陶芸家の岸和田に夢中だった頃、フクちゃんが言った超鋭い一言がある。「そうやって、つらいつらい淋しい淋しい。あんたって結局淋しくてつらいのがスキなんじゃないの? だからいつまでたっても幸せになんないのよ」【図3】


【図3】安野モヨコ『ハッピー・マニア』3巻(祥伝社)134頁

 これを聞いて、「もう絶交!」と飛び出すシゲタ。しかしこの言葉が、のちに既婚の大河内さんと付き合っているときのシゲタの脳裏によみがえる。
 ほんとうはシゲタが選ぶべき相手は、物語冒頭に出てくる書店でのバイト仲間のタカハシ(20歳・学生。後に東大生だと判明。読み直すとこの頃のタカハシ、超初々しくてカワイイ♡)だ。年下だが、殴られても蹴られてもカヨコ(シゲカヨ)に一途で、なんとプロポーズもし、セックスの相性もいい。しかしシゲタは「自分をスキになるような人なんか好きじゃない」(あるある!)。
 そのためシゲカヨは追ってくるタカハシをよけてよけて、他の男へと暴走する。しかしその間にカヨコ一途だったタカハシは記憶を失い、彼を狙って「自分が彼女だ」と偽った貴子と結婚することになる。それでも、タカハシの結婚など自分の眼中にはないという態度を取り続けるシゲタ。
 貴子が、タカハシと結婚すると電話をかけてきた時、フクちゃんは言う。「愛し愛され幸せだったら、わざわざ前の女の番号調べて電話なんかかけてこないんだよ!!」
 その後も「あんたホントはちょ――――――――ショックだったんじゃないの?」タカハシの結婚が、と問いかけるフクちゃん。
 この前にフクちゃんは自暴自棄になっているシゲタを書店に連れていき、勧める本が、『さみしい女は大変だ』『愛されないけど愛されたいあなたへ』『なんで恋人ができないの症候群』……。
 「なめとんのかコラ‼」と腹をたてたものの、まんまとフクちゃんの術策にはまって本を買ってきたシゲタがいう。「すごいよ、この本!! あたしのことが沢山かいてある!!」「あたし、まず自分のことをスキになる!!」(<じゅーぶんスキだと思うけど…>とフクちゃんの心の声)「こっからぬけ出すの!! 自分をスキになって、あたしを大切にする人を愛せる人間になるの」【図4】


【図4】安野モヨコ『ハッピー・マニア』9巻(祥伝社)14頁

 <もーすぐ両方いっぺんにやってくるわよ>と心の中でつぶやくフクちゃん。ここで、――<フクちゃんの企みに気づかないシゲタ!! >とナレーション。
 読者は思い出す。これがかつてシゲカヨを激怒させたフクちゃんのセリフ、「そうやって、つらいつらい淋しい淋しい。あんたって結局淋しくてつらいのがスキなんじゃないの? だからいつまでたっても幸せになんないのよ」に呼応していることを。
 はたしてシゲカヨは、フクちゃんの企みにのって淋しさと辛さの悪循環から抜け出すことができるのか!? それでも最後まであがき続けるシゲカヨはシゲカヨだが、この導師グルのような友人・フクちゃんが自分にもいたらな、と思う読者は多いだろう。

 ◆フクちゃんという人
 では、フクちゃんとはそもそもどういう人か。
 まず気づくのは、『ハッピー・マニア』の中でフクちゃんが出てくるときは常に、スキンケアする・髪の手入れをする・ストレッチをする……など美容に力を入れる姿で描かれているということである。職業も化粧品メーカーの美容部員であり、シゲタに化粧を教えるシーンもいくつかある。シゲタと一緒に住んでいる間に主任を経て店長まで経験しており、ヒデキとの結婚の際、いったんは退職するが、その後の破綻ののち一念発起して復職。フクちゃんがすぐに決めてきた仕事先は、ちがうメーカーの本社化粧品。「一応、店長までやってるからね。経験がモノを言ったわ」
 ふたりの15年後を描いた『後ハッピーマニア』で、フクちゃんは自分で化粧品メーカーを起こして実業家となり、もうひと踏ん張りで上場できるかも――というところまで成功しているが、それも日常の絶えざる努力に支えられていたことがわかる。
 また、なかなかの苦労人で、実家にたびたび借金しているシゲタと違って、「あたしなんか専門学校の入学金も自分で出して」とさりげなく書かれてもいる (フクちゃんの実家の話は作中に一切出てこないところを見ると、フクちゃんは実家と縁を切っているのかもしれない)。しかしだからといって、直情径行でどのバイトも続かず常に金欠状態のシゲタを責めるわけではない。「バイトくらい探せ!」と厳しい言葉もかけるが、そのじつ、シゲタが家賃・電気代・ガス代・電話代の折半分を何か月分か溜めているのを、いつもフクちゃんが払ってくれている。シゲタが引っ越す時も荷づくりの手伝いに来てくれる。
 なによりフクちゃんがすごいのは、問題があることがわかっているシゲタに、それでも失業していることを心配して自分の職場をバイト先として紹介することである。作中で描かれてはいないが、自由奔放なシゲタの振る舞いに、裏でフクちゃんが何度同僚に頭を下げてフォローしているか想像するに余りある。加えて、岸和田への恋わずらいでシゲタが過呼吸になり、仕事を休もうとした時も、自分は休日なのに、「ホラ、あたしも一緒に行ってやるから!!」とシゲタを職場に連れ出すのである。
 結局シゲタは岸和田さんがらみでフクちゃんの職場を辞めてしまうが、ヒデキとつきあい始めてフクちゃんがアパートにあまり帰ってこなくなると、シゲカヨはフクちゃんの職場に、何度も相談に押しかける。
 あるいは既婚者の大河内さんとつきあって愚痴を言うためにフクちゃんを呼び出す。「あたし忙しいんだけど」「いいじゃん、たまには!!」「なにがたまにはだ…」
 相談するために呼び出したり職場に押しかけるだけではない。タカハシからプロポーズされ、夜10時半に、まだつきあい始めたばかりで燃え上がっているフクちゃんと彼氏(ヒデキ)の暮す家に押しかけたのを皮切りに、シゲカヨは、ヒデキとフクちゃんの暮す部屋にもしょっちゅう愚痴を言いに押しかけている。フクちゃんがいなくてヒデキだけの時も、先にヒデキと話している。ほんとうにしょっちゅう来ているらしいことがフクちゃんの反応からわかる。また、アパートを出てしばらく元カレのところに居候した後、そこも追い出されると、結婚間近の(!)フクちゃんとヒデキの家にやっかいになる。
 二人の生活をこんなに邪魔されても、フクちゃんの彼氏ヒデキもカヨコのことを思いやっていて、弱っているシゲタにフクちゃんとヒデキがくれたのが、箱根への1泊券。手配の御礼をいうフクちゃんに、「心配ていうかさ……」とヒデキが言いかけると、それを立ち聞きしたシゲタが窓から、「問題あるたび家に来られちゃたまんねーってか!」「オメーラの気持ちはよくわかった!!」
 だが、そう言いながらもシゲタにはちゃんと見えている。「ほんとうにあの2人はよく似ている。クールにみえて人情家…」「異性ウケはよさそうで悪く(「つめたそう」とか言われる)、なかなか心を開かないけど、仲よくなると、すげーやさしい」【図5】。「クールにみえて人情家」それがフクちゃんなのだ。

【図5】安野モヨコ『ハッピー・マニア』10巻(祥伝社)143頁


 ◆シゲカヨの(なけなしの)倫理観
 ではフクちゃんは、やることなすことメチャクチャのシゲカヨと、なぜこんなに長くつきあっているのか。もちろん、フクちゃんがかつての追っかけ仲間マリと、京都で窮地に陥っているシゲカヨを訪ねていく時に話す通り、単純にシゲカヨは「見ている分には面白い!」というのもある。
 しかし、メチャクチャにみえてシゲカヨには、ときどき一種の倫理観のようなものが見え隠れする。
 たとえば岸和田さんと陶芸の師匠の娘がデキているのを知っていても、「いやしかし、それは言うまい……仁義として」。
 あるいはお嬢さまとのことが師匠にバレて大騒ぎになると、激怒する師匠に向かって、「岸和田さんは、そんなことでつぶれる人じゃありません」と制止し、恋敵に「なんであんな余計なこと」といわれる。
 また岸和田さんがお嬢さまと駆け落ちしたあと、師匠に弟子を辞めると伝えに行ってみると、師匠夫妻が気落ちしているのを見て、「ここであたしまでいなくなったら……」と、駆け落ちした二人に届け物をするのを引き受ける。
 なによりシゲカヨの倫理感が炸裂するのが、既婚者の大河内さんと別れるときであろう。失業してバイト先が決まらず右往左往するシゲタは、交番でかつてのバイト仲間にばったり遭遇する。結婚した夫がDVで、夫から逃げて引っ越すためにサラ金から借りたお金(70万!)までひったくりにあったという彼女。もしかして自分よりひどい状況かもしれない、とせめて数日泊めてあげようとしたところ、ちょうど訪ねてきた大河内が彼女を見て、「鈍いのかな。自分の立場――気付いてないみたいだね」。
 そのセリフを聞いた瞬間、シゲタの回路が切り替わり、怒りが炸裂する。そこで中盤の、シゲカヨのあの名セリフが飛び出すのだ。「会ってもHをするだけ、会話ナシ。連絡はあたしからしても無視されて。好きなもんの負けなの? あたしには何してもいいの? 人として違うんじゃないの、それ。大河内さんなんて、大ッキライ!」
 シゲタはふだんの行動は常識外れでムチャクチャ勝手なヤツだが、それでも、困っている人が目の前にいたら最低限それは助けようとする「惻隠の情」があるのだ。シゲタの大河内への恋愛感情に終止符を打ったのは、シゲタからみても悲惨な状況にある元同僚=見るからに「弱い者」に対する大河内の冷たさが、この瞬間あらわになったからだろう。自分に対するひどい扱いは甘受できても、他の女性(弱者)に対する蔑みは許せない。大河内の言葉は、シゲタのシスターフッドの精神を直撃したのだ。
 このあと、DV夫に殴られながら、それでも、迎えに来た夫とよりを戻す元同僚の姿にシゲタは、かつてフクちゃんに言われた言葉を思い出す。
 「淋しい淋しいつらいつらい。シゲタは寂しくてつらいのが好きなんじゃない」
 <同じ…同じだ、あたしも。それが好きな限り「幸せ」はない>
 フクちゃんに陰に陽に支えられているシゲタ。しかしフクちゃんは、ムチャクチャやっているように見えるシゲタの、でも目の前の人をほっておけない性格をよくわかっている。シゲタはメチャクチャだが嘘がない。陰湿なところがない。内にこもったところがない。それは、『後ハッピーマニア』で、小さい頃はカヨコのことを親戚かなにかだと思っていたという、フクちゃんの息子のヨージの次のようなセリフによく表れている。
 「カヨはなんでかーちゃんにシットしねーの? 昔からの友達が急に金持ちになったのになんでフツーなの? 態度変わんないのシゲタだけって言ってたよ」
 それに対するシゲタの返事。「フクちゃんは頑張ったから今があるわけでしょ。あの人のことだからハンパなく努力してたはずなんだよね。私、嫉妬できる程、頑張ってないもん」【図6】


【図6】安野モヨコ『後ハッピーマニア』4巻(祥伝社)133-134頁


 ◆シゲタとフクちゃん
 シゲタがフクちゃんから多大な恩恵を受けているのは疑いないが、じつはそのシゲタが、しっかりもののフクちゃんでさえどうしようもなくなったときの受け皿になっているのも確かである。
 フクちゃんがしっかりしていることを示すセリフやエピソードにはことかかない。たとえば最初に結婚する予定だった松江くんと、彼の浮気が原因で破綻した時、「あたしが証拠集めないでケンカするわけないじゃん」。
 とはいえ、そんなフクちゃんも、結婚を考えるような彼ができる前は、1日に3人とかあったらしいし、既婚者である相手の男を職場近くの駅で待ち伏せ、みたいなこともしたことがあるらしい。
 松江と破綻した後、フクちゃんは、『エースをねらえ!』みたいな名前の男・藤堂秀樹と出会い(フクちゃんの名前は「ヒロミ」)、お互いにこれ以上の相手はないと思ってつきあい始める。しかしこの二人の成り行きは波乱万丈で、その要所要所でシゲタは確実にフクちゃんの支えになっている。
 ある日、暗い部屋にシゲタが帰ると、思いもかけずフクちゃんがいる。ヒデキがなんと結婚していたことが判明したのだ。3年前に結婚して去年から別居。「笑うでしょ。あたしは笑ったよ」。別れたよ、とフクちゃんは言う。
 「だって、言えないあいつも、言わせない私もよくないもん」「許すのはカンタン…でも、許した自分が嫌になる、きっと」
 「またかってかんじ……ホントに……つらい」
 この前に一度、結婚式直前の新郎が式のスピーチを頼んでいた女友達と浮気して破談になる、という経験をしているのだから、フクちゃんのつらさはわかる。
 ヒロミとやり直したいというヒデキからの電話をもらい、「フクちゃんも未練ぽかったし、たまにゃあ人の役に立っとこう」。シゲタはヒデキと会い、フクちゃんがいかに激しく落ち込んでいるかを伝える。
 「軽く2升はいってました。それも、つまみはキムチ」「結婚してたのがイヤなんじゃなくて、それをかくすなっつーの。あたしも今、同じ気持ちです!!!」
 ヒデキは言う「2、3日中には迎えに行くから、そこまでヒロミを支えてやってくれないか」。彼はシゲカヨがヒロミの支えになることを知っているのだ。
 シゲタが帰宅すると、フクちゃんからの留守電があり、いま上野で、これから東北に行くという。シゲタはすぐにヒデキに連絡し、二人は復縁。帰宅したらH中。
 「今までずいぶんフクちゃんの仲なおりにはたちあったけど、今回は舞台を東北にうつしてのスペクタクルロマンだったから、ハラハラしちゃったよ」
 ヒデキの離婚も成立し、フクちゃんとヒデキはめでたく結婚することになる。結婚式ではフクちゃんは完璧に振る舞い、夫の上司への気配りもかかさない。おまけにウエディングケーキは手作り。結婚前、南青山のケーキ屋に通ってコツコツ砂糖の花飾りを作っていたのだという。最高の結婚式。
 しかし、フクちゃんの結婚式が終わってシゲタが一人暮らしのアパート(弟にまで借金して引っ越した)に帰ると、なんとフクちゃんがいる!【図7】


【図7】安野モヨコ『ハッピー・マニア』6巻(祥伝社)140-141頁

 「何も言わずに泊めて。」あれほど素晴らしかった結婚式の直後に失踪した花嫁。
 フクちゃんは語りだす。「「幸せ」になるためにふたりで頑張って、貯金はたいて式あげて両親喜ばして、親せきとか会社の上司とかスミからスミまで気つかって。エステに行って、ケーキ作って、料理勉強して準備して…やっとの思いで式は大成功。そしたらなんか気がすんだっつーか、一大事業なしとげたってかんじでさ」
 このときもカヨコはヒデキに連絡をとる。「それは…俺と結婚したいんじゃなくて、「結婚すること」が目標だったってことか…」苦悩するヒデキ。
 その頃、ヒロミはようやく我に返り、「逃げんな」「帰る」。
 しかし、フクちゃんとヒデキは、そう簡単には復縁できなかった。再びシゲカヨのアパートに戻ってくるフクちゃん。「たったひとり」をやっと見つけたのに、なんだか急に全てがイヤになってしまった。「探してた時の方が楽しくて充実してた」
 幸せになることに慣れていないというか、ほんとうに、ふたりして往生際が悪いのだ。だからこそ「ハッピー・マニア」。
 その後、フクちゃんはヒデキが別の女といるところに遭遇し、「……………イヤ!!」と叫んで駆け出す。そのときシゲカヨは、「フクちゃん!! 逃げちゃダメだよ。そしてヒデキ!! あんたが最低なのはわかったから追え!!」。
 その夜、フクちゃんはシゲタのアパートには帰ってこなかった。
 「それでもスキだから……」「でも、他の女になぐさめを求めるあなたの弱さを、あたしは許すことが、どうしてもできない!!」
 ヒデキと復縁したわけではなく、昔の男(今は既婚)を呼び出してホテルの一室でただ抱きしめてもらってパワーを充電するフクちゃん。「つき合ってる時はこんなふうに甘えたりしなかったのにね…」
 <今は…しばらくこうしてパワーためなきゃ>
 ここに入るナレーションが、<逆境はパワーを充電する最大の好機――やっぱりフクちゃんは実業家体質なんだね!!>。
 シゲカヨのいきさつもフクちゃんの成り行きも、急展開に次ぐ急展開で息をもつかせないのだが、双方の怒涛の展開が、フクちゃんとシゲカヨ、お互いの存在に支えられていることがよくわかる。
 シゲタが大阪に引っ越していくフクちゃんを新幹線のホームで見送る時に突然悟るように(「彼氏がいなくともフクちゃんがいたからやってこれた…。だから…なかなか彼氏できなくて……」〔訳:あなたがいると、彼氏いらないんです!!〕【図8】)、たとえ彼氏を失っても、シゲカヨにはフクちゃんが、フクちゃんにはシゲカヨがいるのである。


【図8】安野モヨコ『ハッピー・マニア』11巻(祥伝社)191頁


 ◆田嶋・フクちゃん・シゲカヨ
 では、フクちゃんとシゲタの間にあるのはシスターフッドのみで、ライバル関係になることはないのだろうか。シゲタがフクちゃんの成功を妬むことはない、ということは先に見た。しかし、「ライバル関係」というには微妙だが、同じ男(田嶋)に惹かれるという場面はある。しかも田嶋に惹かれるのは、フクちゃんとシゲタばかりではない。
 シゲタは失業の末、かつての追っかけ仲間で今は編集プロダクションを経営する、フクちゃんと共通の友達・マリちゃんのところで働くことになる。
 フクちゃんが惚れる田嶋という男は、マリちゃんの会社の従業員でまだ20代。マリちゃんとデキている、と社員たちに噂される男である。自分がモテることを疑わず、誰に対しても恋人のような口調でしゃべる男・田嶋。(『後ハッピーマニア』でも田嶋は、重要な役どころとして再登場する)
 友人マリの男であることを知りながら、フクちゃんは、「さぁ今度は田嶋くんに、違う顔みせてもらおうかな…」。フクちゃんの百戦錬磨の技が冴える!
 その後、フクちゃんは、10年のつきあいのシゲタですら初めて見る顔をする。「すっげースキ!!」
 その後のマリとフクちゃんの火花を散らす対決も見ものだ。
 シゲタは田嶋を避けていたのだが、田嶋から、自分にだけ遠慮なく文句つけるのは自分に惹かれている証拠で、今は懸命に俺にホレないようにしている、と指摘され、思わず恋人モードにもっていかれそうになる。というか、友人のフクちゃんもマリちゃんもこの男が好きなのをわかっていても、2度ほど田嶋としけこみそうになり、田嶋の家の前で他の二人と鉢合わせ、という危機一髪の場面もある。
 しかしシゲタは最終的に、「フクちゃんを泣かせたらあたしが許さない。かと言ってマリちゃんも泣かすな!!! これだけは言っとく!!」
 シゲタはだらしないが、友人に対しては義理堅いところもあるのだ。
 しかし出張帰りにそのまま田嶋に会いに行ったフクちゃんは結局、田嶋を切る決心をする。「じゃあマリともあたしともつき合う気は無いってこと?」<予想通りの受け答え。「俺はこの関係を続けたい」「ただし、俺に都合のいい形なかぎり」>
 「ずっと考えてたの。あなたはこんなふうに問いつめられるのイヤがるだろう、とか。こっち向かせるもっとウマいやり方がある、とか」「だけど、あたしはもう、好きな人とはかけひきなんてしたくないの」
 田嶋は答える。「ちなみに「こっち向かせるウマいやり方」がわかってるのに、わざわざ別れる方向で話もち出したのは、アレでしょ。福永さんの方で俺がいらなくなったからでしょ?」
 「そうよ」<頭がよくて調子のいい恋人は、気が利きすぎてこまる>
 ほんとはシゲタのように泣いて大暴れしたかったのに、フクちゃんは相手が去るまで涙一つ見せない。しかし、彼が出ていったあと、フクちゃんは声をあげて泣く。その時にフクちゃんの脳裏をよぎるのは、シゲタの姿である。シゲカヨはじつは、「こうあってもいい」姿として、フクちゃんの理性的でない部分を受けとめてくれる受け皿になっているのだ。【図9】


【図9】安野モヨコ『ハッピー・マニア』10巻(祥伝社)36-37頁


 ◆永遠の女ともだち
 『ハッピー・マニア』の終盤では、後光がさすほど「女ともだちのありがたさ」が感じられるエピソードが二つある。
 ひとつは、出張先の京都でシゲタが自称作家のとんでもない男につかまって、わかっているけどこの不幸が心地よいの、これが私の運命なの…というおかしな精神状態になっているのを、フクちゃんとマリちゃんが救けに行く場面である。
 もっとも二人は、「友人としてシゲタを救わなければ!」というのでなく、「単純に見てみたくない? おもしろそうだよ、マジで」「結局さーあたしたちってシゲタが見たいんだよね」「近くにいるとジャマくさいんだけど、見てる分には笑わせるからな」と言いながら京都に出かけていく。
 そして絵に描いたような不幸の状態に陥りながら、「だって運命の人だもん」「そんな中でも幸せみつけるのがあたしの、あたしの人生の課題なの…」というシゲタにフクちゃんは、「帰るか」。
 ここで「目を覚ましなよ!」とか言わないのがむしろフクちゃんである。飲み食いの勘定を払いながらフクちゃんは言う。「あたし達、ここの1306に泊まってるから」。相手に無理強いはしない、この距離感!
 長年のつきあいで、「でももうなれたかな──コレのあつかいは」なのだ。
 ふたりと話したことがきっかけとなって、最終的に部屋にやってきたカヨコ。3人で新幹線で帰りながら、子供のようにカヨコの顔に落書きをする。この、深刻なことも笑いに紛らす感じもじつにいい【図10】。


【図10】安野モヨコ『ハッピー・マニア』8巻(祥伝社)146頁

 なにより、もっとも印象的なのは、タカハシの結婚式の時のエピソードだ。
 シゲタがようやく自分がタカハシの結婚にどれほどショックを受けているかを自覚し、「ごめんフクちゃん、泣いていい?」と言いながら家に帰ると、フクちゃんも泣いている。ふたりして飲みに行った先で、ばったりとヒデキに遭遇。
 とうとうヒデキと復縁したフクちゃんは、ヒデキとのベッドの中から電話をくれる。「明日じゃなかった? タカハシの結婚式」。
 今日ぐらい自分の幸せに浸りきっていてもいいはずなのに、シゲタを気にかけるフクちゃんの友情!
 タカハシの結婚式当日、フクちゃんはヒデキに車を借りてシゲタのバイト先にやってくる。「待機しててあげるから。その気になったら行けばいいし、行かなきゃ行かないでいいし…」。
 バイトに忙しいふりをして動こうとしないシゲタに向かってフクちゃんは言う。「体がすくんじゃって動けなくなってんだよ!!」
 シゲタがタカハシの結婚式に乗り込んで阻止できたかどうかは読んでのお楽しみ。フクちゃんはとんでもなくいい友だちで、いい女だ。
 妊娠したので籍を入れ、ヒデキの転勤に伴って大阪に引っ越すフクちゃんを、新幹線のホームまで見送りに来たシゲタに、フクちゃんは最後の?アドバイス。「これだけは言うなー!!「今のままでも幸せ!」「あたしのために無理しないで――」」
 シゲタはその後も、子供が生まれたばかりのフクちゃんの家に家出をしておしかけ、何度も大阪に引っ越したフクちゃんの家まで行ってやっかいになっていることがうかがい知れる。
 2020年から始まった、15年後、40半ばになった二人(フクちゃんはアラフィフ)を描いた『後ハッピーマニア』では、カヨコはタカハシから離婚を迫られるが、フクちゃんは夫を美魔女に誘惑され、会社も狙われるなど、シゲカヨよりもっとたいへんなことになっている。
 フクちゃんほどの人でも「めでたし、めでたし」とはならないのが人生なのだとしみじみするが、それでも、あくまで自分をコントロールし、最善を選び取ろうとする「器の大きい」フクちゃんの姿には、感銘を受けっぱなしだ。
 だから最後にこう言って終わりたい。
 頑張れ!! フクちゃん! 最終的にどんな結果になろうと、私たちはあなたの選択を応援している。

 ※本文中の台詞の引用は、読みやすさを考慮して句読点を適宜補っています。
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