第4回
幡ヶ谷国府道のハチ公バス
[ 更新 ] 2026.04.30

前回訪ねた柳橋の脇から、幡ヶ谷、笹塚の方へ延びていく道がある。最近のグーグルマップには郷土研究家が使うようなマニアックな道の名前まで表示されていたりするが、この道には「二軒屋道」と付いている。少し行ったところに「二軒家公園」というのがあるけれど、大正の頃の地図を眺めると、周辺の小字の名称だったようだ。「屋」と「家」が統一されていないのも昔っぽいが、実際、田畑の中に2、3軒の地主屋敷が見えるような景色から付いたものかもしれない。板橋の中山道のあたりにも二軒家、三軒家というバス停が続く区間があるけれど、こういう小字レベルの地名は郊外では珍しくない。
二軒屋道はやがて山手通りに行きあたり、向こう側にも続きの口が見えるが直進できないので少し南の清水橋交差点の信号を渡って迂回する。山手通りのポイントで有名な清水橋はそもそも、あの柳橋の下を流れていた神田川支流(和泉川)に架かる橋の名からきたもので、古地図を眺めるとこの二軒屋道は昔の和泉川とほぼ並行するような感じで南西方向へ続いている。山手通りを横断した先でまた方南通りを斜めに突っ切って進んでいくと、ファミリーマート幡ヶ谷本町店のある辻で左(南)方からきた道と合流する。グーグルマップはここから「国府道」と記しているが、つまり府中国府の時代からの古道なのだろう。
この辺から道ぞいは商店街じみてきて、百メーターほど先の右手に氷川神社がある。ここが今回の図絵の場所だ。神社の門前で歩いてきた道を振り返ると、湾曲した狭い通りをオレンジ色のハチ公バスが走ってくる。バス好きの僕は、風情あるポイントを探して東京各地の路線バスやコミュニティーバスに乗っているが、この場所は3本の指に入るほど気に入っている。
スマホのアプリで調べた通過時刻(すぐ近くに本町五丁目のバス停がある)が近づくまでの間、氷川神社に入ってみた。やや上り気味の台地斜面に木立ちに囲まれて社殿が立つ、昔の東京郊外らしい神社だ。氷川神社は大宮の武蔵一宮が本社のようだが、ここでまたグーグルマップで検索してみると、大宮からやや西寄りに南下した板橋、練馬、中野、渋谷、目黒……といった環6(山手通り)と環7の間くらいの領域に多い。ここは渋谷区本町だが、本町の頭に付くのは幡ヶ谷で、少し北方の中野区の本町にも本郷氷川神社というのがある。
渋谷駅を中心にした地域を運行するハチ公バスには「夕やけこやけ」「丘を越えて」などの主に歌の名を付けた路線(「神宮の杜」という歌と関係のない名前を付けてしまったのが1つだけある)が4本あって、どれも狭い裏道のようなところを通るのがおもしろい。ここにやってくるのは「春の小川」という路線で、その名は沿線の富ヶ谷近くを流れていた河骨川(童謡「春の小川」のモデルとされる)にちなんだものなのだろう。渋谷区役所の前から出て、富ヶ谷から山手通りを進んで幡代の方を回ってまた山手通りにもどってきた後、清水橋の手前でググッと本町四丁目の狭い通りに入っていく。とくに、この氷川神社の前あたり、一通路の神社の木立ちと店屋筋の間からオレンジ色の可愛らしいバスが顔を見せるショットは、ふと「となりのトトロ」の猫バス登場のシーンを連想させる。
神社の先、というか、この絵の手前で道はまた二又に分かれて、バスは進行方向左側の道(中幡ヶ谷道)を進んでいく。もう一方の国府道を直進すると、右側にグランドと校舎が見えてくるのは東大の付属中学だ。ひと頃は高校もあったはずだが、いまは正式名称を東京大学教育学部附属中等教育学校といって、6年制の中高一貫校になっているらしい。もちろん、東大にそのまま上がれるというわけではなく、研究目的も関係して双子の人が多く通学する学校として昔から知られていた。
僕がテレビや講演仕事をよくやっていた80年代の終わり頃、Kさんというマネージャーが付いていた時期があったのだが、彼は東大付属校の出身というのを持ちネタのように語っていた。実は双子なんですよ、といっていたような気もするし、そうでなかったような気もする。

