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第6回

一生の夢

[ 更新 ] 2021.10.20
 電線との間にふれあいはない。特に配電線に触れるのは危険だ。
 でも本当は触りたいなあと思っている。真っ黒な電線の表面を覆う被覆は、プラスチック(透明なビニールバッグなどにも使われるポリ塩化ビニル、ポリエチレンやポリエチレンに熱を加えた架橋ポリエチレン)やゴムで出来ている。プラスチックはすべすべしていて、ゴムはむっちりと手に吸い付くような柔らかさがあり、それぞれ好きだ。
 道を歩いているとき、大きな指でつーっと電線を撫でていったら楽しいだろうなと想像するのが私にとっては自然というか、癖になっている。もし私が巨大怪獣だったら触るだけでなく、電線をあおいで揺らしてみたり、弦のようにはじいて音を出したりもしてみたい。
 ちなみに、触ると危険な電線の手触りを知っているのは私が恋人だから、というわけではなく、家に電線コレクションがあるからだ。私が好きなときに電線を愛でるため、ちょこちょこと合法的に集めた電線・ケーブルたちが、大きめの箱にがさっと入っている。思い立ったときに電線を取り出して、その質感や重みを感じるだけでちょっといい気分になれるし、いつでもそうできる準備があるだけでもなんだか安心する。

 先日、恋人がめずらしく人間と触れ合う (本当はめずらしくないけれど、羨ましいのでそういうことにする)、もとい、工事の様子を見てみませんか? というお誘いをいただいた。
 色々なところで「配電工事が見たいです」と言い続けていたら、関電工さんのご厚意で、住宅街の路地に建てられた古いコンクリート製の電柱(鉄筋コンクリート柱)を交換する電柱建て替え工事を見学させてもらえることになったのだ。
 以前、夜中に遭遇した電線の工事をじっと見ていたら作業者の方々に気味悪がられてしまい(その節は本当に反省しています)、電線工事と遭遇しても遠目から静かに見守るだけにしている。
 それが、大手を振って電線工事を見られるなんて! 恋人を自称してよかった。何でも言ってみるものだ。

 小雨のある日、江東区の住宅街にある路地の工事現場で傘をさしたり畳んだりしながら、道具の名前を聞いたり写真を撮ったりしていたら「石山さん、そろそろいいですか?」と言われた。あっという間に1時間半が経っていた。

 普段は電線ばかり見ているけれど、工事と電柱をこんなに眺めたのは初めてだった。
 街の血管・神経が電線だとすると、電柱は街の骨になるのだろうか。どちらもセットで働いているものなのに、私の目には電線のほうばかり見えていて、電柱はあるけどないようなものとしてフォーカスが合っていなかったのだ。

 電柱と聞いてぱっと思い浮かべるのはコンクリートが円柱形に伸びる姿だが、実際の電柱は上に行くほど細くすぼまっている。真下から見上げていると分からないが、少し遠目から見てみると、電柱の先端に、誕生日パーティで被る三角帽子のような「架空地線キャップ」が付いているのが見えることもある。



架空地線キャップの上で鳩が文字通り羽を休めている。人も猫も手の届かない憩いの場だ。

 架空地線そのものは避雷針の役目を持つワイヤーで、電気は通っておらず、配電線より上に架かっている。一見ちょっとした飾りのようにも見えるけれど、架空地線キャップは架空地線を固定する大切な役割を持っている。
 電柱の構造はストローに近い。重さを調整するために、真ん中を空洞にしてあり、内側には鉄筋の支柱が通されている。もし気になったら、手のひらで電柱をパンと叩いてみてもいいかもしれない。真ん中の空洞に音が反響して聞こえるかも。

 今回の工事で新しく建てられる電柱は、銀色に輝く金属製の電柱(鋼管柱/こうかんちゅう)だ。最新型の電柱は、狭い場所での設置や運搬の際の利便性のため、3つに分割された状態で運ばれ、現場で組み立てられる。100年前から変わらない 電柱・電線を使った配電も、工事の方法は進化しているのだ。
 下町の路地にピカピカの電柱が建つ様子は、それぞれの持つ雰囲気に落差があってかっこよかった。この電柱も、これからここに馴染んでいくのだろう。

 バイパスケーブルを使い電気の流れを一時的に変更したり、新品の電柱からカバーを外したり、電線の先に細いキャップを付けたり、部品を締めたりと、細かな作業によって少しずつ景色が変わっていくのが面白い。
 なかでもグッときたのは、布設途中の電線だ。
 工場からやって来た新品の電線は、木製の大きな糸巻きのような形の「ドラム」に巻かれて現場に運ばれ、電柱から電柱へ架けられる。丸まっていた線が少しずつ伸ばされ、雲形定規で描かれた漫画のふきだしのように「ぼよんぼよん」というリズムのある曲線になる。子どもの頃に描いていたお姫様のドレスのフリルの形にも似ていた。弾力がありそうに見えるけれど、実際は真ん中にアルミ導線が入っているので硬い。以前、街を歩いていて同じような形の電線を見かけて不思議に思っていたけれど、あれは変身の最中だったのだ。

 電気工事士さんが使うのは、黄色い高枝切りばさみのような見た目のホットスティックという道具だ。先端の部品にバリエーションがあり、作業者の方はゴンドラの横にくっ付けた黒いバケツの中にホットスティックを何本か入れ、用途によって使い分けていた。
 ホットスティックで作業する工法は、間接活線工法というそうだ。10年以上前にこの工法が広まってから感電事故が激減し、作業中に全身ゴムの作業着を着なくともよくなったのだという。全身ゴムの作業着を着ていた頃は、暑さで汗が長靴の中で池のようになっていたそうだ。ホットスティック、すごい。

間接活線工法に使うホットスティックを持たせてもらった。現場の皆さんは軽々と扱っていたけれど、1年間だけいた剣道部で振った竹刀よりも重かった。テレビ通販で見る高枝切りばさみと、おもちゃのロボットアームが合体したような見た目をしている。

 電線に触りたい、触りたいと思いながら生きていると、電線に触れると危ないというのをどこかで忘れそうになる。しかし、電気が通ってこその電線であり、通電しているものに触れれば静電気の「バチッ」どころでは済まない。プロの仕事の積み重ねによって、のんびりと電線を見上げられる世界が作られている。全国どこの電線も、もれなく人の手で布設されているのだ。



クレーンの動きはスムーズで小回りが利く。手前に架かっているのが布設途中の配電線、このタイミングでないとお目にかかれない形をしている。

 そして、電線工事の花形といえば高所作業車だろう。
 狭い路地でもするする動く、あのクレーンがかっこいい。電線とのちょうどいい距離に、すーっとゴンドラが着く。どこよりも近くで電線を観賞できるプラチナ席は高所作業車だよなあと思いながら、その日も見上げるばかりだった。
 そういえば、ポンキッキーズ時代の市川実和子さんが歌手デビューした「ポップスター」(98年リリース)の8センチCDジャケットは、ワンピースを着た市川さんが腕を組んだポーズで電柱の上に立っている写真だ。電線には触れていないので感電もしていないのだろう。
 限定版の見開きには、腕金(うでがね)にもたれかかる写真も使われている。どちらもめちゃめちゃかわいいので、画像検索してほしい。

 私も電柱の上から目線の高さで電線を見たり、電線の目線から街を見てみたい。
 生涯の夢って急に考えてもパッと思いつかないけれど、高所作業車には絶対に乗りたい。高所作業車に乗れないまま死んでいくのは考えられない。もはや選択肢は一択だ。

 自動車免許を持っていないけれど、念のため、車の免許がなくともゴンドラには乗れるんですかと関電工の方に聞いてみたら、特別教育を受講すれば誰でも乗れるのだそうだ。
 家に帰って調べてみたところ、高さ10メートル未満であれば、なんと学科6時間、実技3時間の合計9時間の講習で、高所作業車に乗れるようになるそうだ(公道での運転はできないが、現場の作業は可能)。

 えっ、一生の夢、めちゃくちゃハードル低いじゃん。しかも受講料の目安はおよそ15,000円。この間通販で買った、犬の形のビーズでできたチョーカーよりも安い。
 原稿料で何をすべきかが決まった。

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