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第五章 愛──永遠に波をつながれて(前篇)

[ 更新 ] 2021.10.01
 事件発生と同時に空港は閉鎖され、空港に接近中だった旅客機三機はそれぞれ、近くの空港や軍事基地への着陸を要請された。
 人々の怒号が飛び交うなか、犯人と思しき若い日本人男性が連れ去られてほどなく、陸軍の兵士がやってきて、空港ビルは軍の制圧下に置かれた。その後、副首相、国防相、運輸相らが次々に姿を現した。消防自動車が到着し、ホールの床に広がる血の溜まりや、壁に飛び散った血痕や肉片の清掃を始めたのは、午前零時よりも少しだけ前だったか。
 事件発生から、約一時間半が経過していた。
 その間、記者は、自分の目で見た現場の様子を記録しながら、手当たり次第に人々の話を聞いて回った。拾い集めた話をつなぎ合わせると、犯人は、拘束され連れ去られた者のほかに、ふたりいた、ということが明らかになってきた。つまり、襲撃犯は、三人だった。では、残りのふたりは? おそらく、殺されたか、自死したか、どちらかだろう。みるみるうちに洗い流されていくあの血の海の中に、彼らは存在していたのだ。浮かび上がってくる「ふたりの肖像」を記者は見ようとした。何も見えなかった。
 やがて、警察長官による記者会見が始まった。
 「今回のこの惨事は、警察の責任ではないのか?」
 ひとりの記者がいきなり、そんな質問を投げつけた。
 警察長官は答えた。
 「われわれの責任ではない。精神に異常をきたした者どもが、自分たちも死ぬつもりで無謀な行為に及んだときには、誰にも、警察にも、その暴挙を止めることはできない」
 別の記者が訊いた。
 「死傷者の数は?」
 「まだ把握できていない」
 死傷者の数が判明したのは、それから一時間後だった。
 空港の管理責任者でもある運輸相は「死者は二十人」と発表した。しかし、この数字はあとで二十六人と修正される。アメリカ国籍を持つプエルトリコ人が十七人、イスラエル人が八人、カナダ人が一人であった。重軽傷を負った七十三人と合わせると、死傷者の数は九十九人。その約八割は、巡礼を目的としたプエルトリコ出身の観光客であった。
 三人の日本人テロリストたちの目的は、いったいなんだったのか。
 遠いアジアの小国からわざわざイスラエルまでやってきて、観光客に向けて銃を乱射したのは、いったいなぜなのか。その「暴挙」は、彼らの意志によるものだったのか。彼らは「精神に異常を来した者ども」だったのか。彼らはなんのために殺し、なんのために死のうとしたのか。「死ぬつもりで無謀な行為に及んだ」にもかかわらず、なぜ、ひとりだけ、生き残ったのか。
 記者の頭の中は、空港に足を踏み入れた瞬間から、混乱状態のままであった。
 現場から引き上げる前に、記者は、空港の地上作業員への取材に成功した。この男性は、空港内のローディングエプロンで、旅客機の荷物の積み下ろし作業をおこなっているさいちゅうに、自動小銃を手にした日本人が駆け寄ってくる姿を目にしたという。
 「彼は手榴弾を投げた。しかし、不発に終わった。僕は逃げる日本人を追いかけた。格闘の末に、捕まえた」
 この日本人が三人のうち、生き残ったひとりであった。
 午前一時過ぎ、事件発生後、最初の到着便に乗っていた乗客たちが通関ホールに入ってきた。空港閉鎖命令は、ホールの洗浄が終了した時点で、解除されていた。壁に残る弾痕や割れたガラスなどを除けば、惨劇の名残はきれいに取り除かれており、まるで何事もなかったかのように見えた。
 何事もなかったかのように?
 あれだけのことが起こったはずなのに、わずか二時間半で、すべては元通りに戻ったのである。テロリストになど屈しないという、イスラエル政府の威厳を世界に示すためではないかと、記者は解釈した。死んだふたりのテロリストがこのことを知ったら、どう思うのだろうか。彼らと彼らの行為は、わずか二時間半で「片づけられた」のである。


 6時過ぎから「セツル経験交流会」なるものに参加。二時間半の議論。
 会自体はどうってことのないもので、だらだら、うだうだ、しょうもない愚痴をこぼしあっているだけで、面白くもなんともなく、時間の無駄でしかないと思えるのだが、そこに玉木さんがいた。それだけで参加した意義あり。「現に、私たちの目の前に、人生を破壊された子どもたちがいる。生きてもいないのに、生きる前から、未来をめちゃくちゃにされている子らがいる。その子たちの「生」をなんとかしなくては。ただそれだけの気持ちで、私はセツラーをやっています」と、語るこずえは美しい。
 俺の内面で玉木さんはすでに「こずえ」になっている。それが怖い。なぜ怖いのか。わからん。いや、わかっている。認めたくないだけだ。わかっていることを認めたくないのか、こずえを好きになっている俺を認めたくないのか、わからん!!! こずえは美しい。きれいだ。しっかりしている。俺なんかの何倍も。いい人間だと思う。神聖で、優しい善人だ。俺みたいなちんけな悪人にはふさわしくない。
 俺に必要なのは恋愛じゃないはずだ。色恋では断じてない。
 俺に必要なのは自己向上と、純粋な思想の獲得と実践と、思想に一体化することと、一体化することによる社会貢献、階級闘争、男女平等、何よりも子どもたちの幸福に尽力すること。
 わかっているのだが、こずえは美しい。俺はその美に感電している。男というのは悲しいもので、美しいものを美しいままで飾っておくことができない。愛でるだけでは物足りない。美しいものを自分で壊してみたいような欲求がある。肉欲? ああ、その通りだ。だがそれが愛じゃないのか。愛は求めるものだろう。愛されることを願うよりも前に、こっちから愛してやるべきだろう。愛は一方通行じゃないはずだ。愛は両面攻撃だ(なんでここで、攻撃が出てくるんや!)
 だが、一歩、踏み出す勇気がない。告白すればいいじゃないかと、松本に言われた。おまえに言われたくないぜ。女にへらへらすることしか知らん、下半身で物を考えているような松本なんかに。当たって砕けろは得意やろ? とも言われた。それはそうや、得意中の得意や。せやけどな、松本はん、場合によるんやで、それは。
 このまま何も言わんと、ただ指をくわえて見つめているだけなら、こずえと俺のあいだには何にもないまま起こらないまま、別れてしまうに決まっている。セツルをやめたら、こずえとの仲も終わりや。一生、友だちか知り合いのままでええのか。ええのかもしれんな。恋愛して、結婚して、子どもをつくる? そんな「一生」のどこがええんじゃ。やめとけ、やめとけ、やめられるものなら、やめとけ。
 自己の欲望を抑えて、清く正しく生きていく。これは正しい生き方なんか?
 自己の欲望を解放することが自己を高めることになるんか? 欲望を解放する、すなわち、こずえに声高らかに愛の告白とやらをして、俺といっしょになって、おままごとをしてもらう?
 そうやない。欲望という縛りから、解放されることこそが真の解放なんや。
 欲望を通して、自己を高め、成長していくことは可能か?
 こずえにもそういう欲望があるのだとすれば、俺らは共に、欲望をぶつけ合って、欲望で欲望を斬るようにして、生きて行けばええんと違うのか?
 違うな、それは。こずえ、おまえはきれいや。誰よりもきれいや。今夜も俺はおまえ(の幻影)を抱いて寝る。あばよ。
 
 「あばよ」
 その三文字から、なぜか、目が離せなくなる。
 佐藤首相訪米阻止闘争についての、書きかけの原稿を保存すると、私は立ち上がってキッチンへ向かった。
 お湯を沸かして、緑茶を淹れながら、千尋の遺稿集に書かれていることと、書かれていないことに思いを馳せる。
 遺稿集の随所に登場している愛の告白──こずえは美しい──は、一九六九年十一月、千尋が上京して参加した、佐藤首相訪米阻止闘争以降、忽然と消えている。
 なぜなのか。
 それは東京で、千尋に、ある出会いがあったからではないか。


 佐藤首相訪米阻止闘争とは、どのような闘争だったのか。
 十一月十七日、当時の内閣総理大臣、佐藤栄作は、アメリカを訪問する予定だった。翌年に期限が切れ、以後は自動継続、と取り決められていた日米安全保障条約の継続について、アメリカ側と話し合うためだった。全共闘、新左翼の諸派たちは、この訪米を阻止するべく、ゲバ棒と火炎瓶で武装し、東京国際空港(通称、羽田空港)を目指した。
 行動部隊の中に、千尋もいた。千尋は大学を留年し、六九年以降、京都大学全共闘運動の活動家であり続けていた。
 十六日から決行されたこの武力闘争は、惨敗に終わった。数百人ずつのグループに分かれた部隊が蒲田駅に到着するたびに、機動隊に撃破され、二千五百人以上が逮捕され、佐藤首相の訪米は予定通り実施されたのだった。
 千尋はこの上京中、人を介して、ひとりの女性活動家と知り合った。
 その名を沢開さわひらき風里ふうりという。
 日本における共産主義革命を「世界同時革命」の一環であるととらえて、主に中東に拠点を据え、パレスチナ解放、反帝国主義、マルクス主義などを掲げ、七〇年代から八〇年代にかけて、幾多の武装闘争事件を起こした日本赤軍(一九七一年二月に設立された組織は「アラブ赤軍」とも呼ばれる)の設立者であり、のちに、千尋と偽装結婚をすることになる、筋金入りの革命家。千尋は風里と共に、この「国際極左テロ組織」であり「国際武装ゲリラ組織」でもある日本赤軍の、設立者のひとりになっている。


 マグカップになみなみと注いだ緑茶をかたわらに置いて、ここまで書き進めてきたとき、京都で話を聞かせてくれた玉木こずえさんの発言を私は思い出した。
 「渡良瀬さんは本当に素晴らしい人でした。私にとっての彼は、今も昔も『素晴らしい人』でしかありません。あんないい人、世界中どこを探してもいないと思います。この思いは終生、変わりません。渡良瀬さんのことが好きでした。彼が私を好きでいてくれるよりも、私の方がもっと、彼を好きだったと思います。まだ二十代でした。渡良瀬さんのことが好きだったから、セツルメント活動にも力が入りました。彼が京大全共闘部隊の一員として、東京へ出ていくことになったとき、いっしょに行かないかと誘われたのに、行かなかったことを後悔しています。私がいっしょに行っていれば、あんなことには」──。
 あんなこととは、一九七二年五月三十日、イスラエルのテルアビブ近郊に位置する都市、ロッドにある「ロッド国際空港」(現在は、ベン・グリオン国際空港)で起こった、日本人三名による、世界で初めての空港テロ事件──通称「テルアビブ空港乱射事件」──を指している。
 玉木さんは、上京を前にした千尋から「いっしょに行かないか」と誘われ、その誘いを断っている。これは私の推察に過ぎないけれど、千尋にとってその誘いは、玉木さんへの「愛の告白」だったのではないだろうか。
 「まるで温泉旅行にでも誘うみたいな言い方でした。私は、旅行へは行きたかったけど、暴力的な学生運動には、どうしても賛同できなくて。私の反応がどれだけ渡良瀬さんを失望させたか、それは私なりにわかっているつもりです。彼は、私といっしょになれるなら、闘争を止めてもいいとまで言ってくれました。この闘争を最後に、足を洗ってもいいとさえ。留年していた大学へ戻って、きちんと卒業し、きちんと就職もするからと。そこまでの決意をしていたのに、それを私は受け入れなかった。いっしょに行けないと、断りました。私の罪は、大きかったと思います」
 京都で玉木さんに会った翌日、高槻市で取材した美容師の光村さおりさんからも話を聞かせてもらっていた。彼女も「自分の発言を作品に書かないこと」を条件にして、語ってくれた。
 「千尋先生は東京で沢開さんに会って、説得されたんやと思います。こずえ先生にふられて悲しかったから、その悲しみに付け込まれたんですよ。ほら、心に悩みを抱えている人が新興宗教なんかに勧誘されたら、すーっと入ってしまう、なんてこと、あるでしょう? あんな感じやったんやないかな」
 それほどまでに、千尋の失恋の痛みは激しかったということか。
 いや、それほどまでに、沢開風里の存在は圧倒的であったということか。
 推察の域を超えることのできない、千尋の恋愛については、いっさい書かないつもりでいるけれど、私の胸には今ひとつ、割り切れない思いが存在している。
 玉木さんへの思いと、沢開風里との出会いには、果たして関連性があったのだろうか。もっと有り体に言えば、千尋と風里のあいだには、恋愛関係、もしくはそれに準ずるような感情的な交流があったのかどうか。仮にそのような感情があったとして、それがあのような冷酷無慈悲な事件につながっていくものなのか。私には、人を人でなくしてしまうような恋愛の経験は、ない。しかし、ある種の恋愛には、人を神に近づけてしまう、あるいは、相手が神であると錯覚させてしまう、そのような力が宿っているということを、幾多の文学作品から学んできたつもりだ。
 梅宮彰朗教授は、こんなことを語っていた。
 「あれは、空港テロの第一号じゃったね。あれから今日まで、世界中で、いったいどれだけのテロ事件が起こったことか。平和ボケしている日本国民は、本気で考えたことがいっぺんでもあるんじゃろうか。911もそうじゃし、中東や東南アジアでもしょっちゅう起こっとるけど、空港テロや自爆テロいうもんは、そもそも、日本人がやり始めたんじゃということをな。あの三人は、紛う方なき元祖テロリストじゃわな。不名誉なお手本になったもんです。そういえば、ヴェトナム戦争中に起こった村々への虐殺行為も、アメリカ軍が日本軍の南京虐殺を手本にして、やったことじゃった。日本では誰もこんなこと、話題にもせんじゃろうけど。しかし、あんな高潔な、あんな純粋な男がなんで、テロリストの手本になるようなことを、せにゃならんかったんか。彼の内面で、いったい何がどう動いていったんか……どっかであと戻りをするチャンスはなかったんか。そこを中嶋さんに、しっかりと書いてもらえたらと思います」
 梅宮教授の話を聞きながら、私が思い浮かべていたのは、写真でしか見たことのない沢開風里の姿形だった。いっそ愛らしいと言ってもいいような、清々しい、少女のようなあどけない笑顔の持ち主である。「こずえは美しい」と、千尋は何度も書いているけれど、風里に対する記述は、どこにもない。名前すら出てこない。「ない」ということが饒舌に物語っているものがある。私には、そんな気がしてならない。
 時には人を奴隷にすることができるもの。奴隷になっていると、自覚させないままに。時には人を易々とコントロールできるもの。コントロールされていると、気づかせもしないままに。それは何か。
 愛なのではないか。
 千尋は、風里によって自由を奪われ、永遠にその波を彼女につながれた、不自由な、奴隷のような海になったのではないか。
 愛とは、そういうものではないのか。少なくとも、千尋にとっては。
 頭の中で、私に書かれることのない言葉がぐるぐる回っている。「千尋は空港テロ、自爆テロの世界第一号であった」「千尋は愛に取り憑かれてそれをやってのけた」──そんな言葉たちだ。
 佐藤首相訪米阻止闘争の流れについて、書きあぐねている原稿を打っちゃり、パソコンの前を離れると、私はヴェーユの著書を手にしてソファーに身を沈めた。
 愛について、知りたいと思った。救いを求めるように。
 彼女は愛について、どう語っているのか。千尋も読んだに違いない哲学者の言葉に浸りたいと思った。祈りを捧げるように。

 愛。わたしは自分が愛する人から愛されたい。だが、わたしに心身を捧げつくすならば、その相手は存在しなくなる。わたしは相手を愛するのをやめる。充足。わたしに心身を捧げつくさぬかぎり、相手はわたしを充分に愛してはいない。
 
 人間の愛は死よりも強いというのは事実ではない。死のほうがはるかに強い。愛は死に服している。
 生きているものを愛するのはやさしい。死んでいるものを愛するのはむずかしい。死者への愛は死に服してはいない。対象がもはや死ぬことはないのだから。だがこのような愛は、いやしくも愛であって夢想でないとき、超自然に属する。[……]
 愛する人の死は怖ろしい。相手への愛の正体があらわになるがゆえに。死にまさる愛ではなかったことが露呈するがゆえに。
 存在せぬものへの愛は死よりも強い。
 存在せぬものを愛する。なんたる不条理。それは狂気=愚かさフォリーである。ところが、これこそ魂の救いである。

 そこまで読み進めたとき、夜の闇を弄ぶかのようにして、固定電話が鳴り始めた。この番号にかけてくる人はだいたい決まっている。今の時間帯だとひとりしかいない。
 受話器を取り上げると、聞き慣れたアンドリューの声がした。
 「ヘイ、カリン、どうしてた? 元気か?」
 「仕事してた。元気よ。あなたは?」
 「ああ、僕は相変わらずだけど、金持ち暇なしかな。ところで用件はね、来週の感謝祭の午後、うちにディナーに来ないかって、妻がきみを誘ってる。もちろん僕の方も大歓迎だけど、どうだろう?」
 急に現実に引き戻されて、魔物のような愛が遠ざかっていく。
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