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第3回

ゴージャスナマニュアル(参考書の進歩に驚くの巻)

[ 更新 ] 2026.08.25
 私は大学で哲学を学んでいた。当時は教師になる気はさらさらなかったため教員免許は持っていないのだが、哲学科で教員免許を取ったとすれば、中学の社会科、あるいは高校の歴史や公民、倫理を教えることができる。
 だが、塾で教えることになったのは、小学生(中学受験)と中学生の国語と英語、そして高校生の現代文と古文と英語であった。とはいえ、ものを書く際に資料を調べるため日本語はもちろん英語を読むことがある。国語(現代文)や英語の読解は現在まで勉強しつづけてきた感覚はあった。
 だが中学生の国語の文法、高校生の古文文法などは学校卒業後、あるいは受験終了後かれこれ3、40年近くご無沙汰であった。
 「これは勉強し直さなきゃ教えられない。」
 そこで、大型書店などに行きわかりやすそうな参考書や問題集を探した。書店に行った際には、コーナーの本棚一面にずらっと参考書が並んでおり圧倒された。
 「……こんなにわかりやすい参考書がたくさんあるとは!!」
 しかし大学受験の準備をしていた頃とは、全く違う視点が芽生えていた。これらの参考書や問題集が私の教師としての、仕事のマニュアルとして見えたのである。生徒として学ぶとすればこれらは参考書だが、教えることを仕事にした立場としては、これらは全てゴージャスなマニュアルに見えてしまったのだ。そしてなんてたくさんの種類の、きれいなマニュアルがあるのだろうと驚いたのである。特別に指導者用の教材を読んだわけではないのだが、これをそのまま塾で伝えれば喜ばれそうな英語の読解の仕方、文法の覚え方等々が書いてあるように感じた。学ぶ視点ではなく、自然に「教える方法」として読み替えている自分がいた。
 私が10代の頃は、今とは子供の数も桁違いであり受験産業も「華やか」であった。大きな予備校では名物先生なる存在が複数現れ、派手な服に身を包み100人単位の大教室で授業を行う時代でもあった。それゆえその頃に参考書が地味だなどと思ったことはない。
 それでも、いまの参考書や問題集はとてもわかりやすくなってきているからこそ、「教える側」としても読みやすいのかもしれない。私が年をとってきているせいか、私の時代よりもさらにカラフルに、字も大きくなっている。これは老眼の身としてもありがたいことだ。
 さて、塾講師になる前にいろいろな仕事をしてきたが、どんな仕事であれ私は仕事をすぐに覚えられなかった。すでに教えられていたことでも必ず一度は間違える。そもそも私からすれば、なぜ「普通」の人は一度しか言われていないことをすぐに覚えられるのかが、いまだに不思議で仕方がないのである。
 これは今に限った話ではなく、さかのぼれば幼稚園児の頃からの疑問である。幼稚園の工作の時間で周囲の園児たちが次々と先生の指示を聞きながら何かを作り上げていくのに比して、私が皆と同じペースで作品を仕上げられた試しはなかった。考えてみれば仕事以前に「幼稚園の工作が一度聞いただけではできなかった」のである。これでは少なくとも一般的な仕事ができるわけがない。50代に至り、かつて赤瀬川原平が語った「老人力」としての物忘れは格段に進んでいる。そして物覚えは幼児の頃から至って悪いのだから、多くの仕事において不利でしかない。
 そんな物覚えの悪い私だが、バイトをした場合は言われずとも必死にメモを取っていたし、家に帰って自分のメモやマニュアルを見ながらもう一回復習もした。これは時間外労働だし不本意な点もあるが、違う言い方をするなら、そのように復習さえできない仕事はクビになるか自らやめるかのどちらかしかなかったのである。
 たとえば日雇い派遣の工場勤務ではマニュアルは存在せず、相手が口頭で言ったことを素早く覚えなければならなかった。日雇いだからこそ家に帰ってメモを見て復習などというわけにはいかなかった。
 あるいはセキュリティの事情で、自分の書いたメモもマニュアルも絶対に家に持って帰ってはいけないという仕事もあった。とにかくすぐにその場で覚えて行動する。わからないことは瞬時に質問し、その回答をすぐに理解して仕事に取り掛かる。このようにできれば私の人生はまた違うものになった気がする。そもそも幼稚園の工作もできない私ができる仕事は限られたものに過ぎないのだと、もっと早く気づくべきだった。ともあれそれらの仕事においては、ただただ足を引っ張るダメ人間だったとしか言いようがない。このような仕事は有期雇用がほとんどだったため、雇用期間終了の日を指折り数えながら仕事をしてきたのだった。
 とはいえ私は小中学校は当然勉強もできる方ではなかった。何事も一発で覚えられないのだから、勉強ができるわけがない。10代前半は、学校の勉強どころかこの世界に存在していることがしんどくて勉強に集中できたためしはなかった。この時代の詳細は他社の本で恐縮だが作品社の『ハマれないまま、生きてます こどもとおとなのあいだ』を読んでいただけると幸いである。だが、それでも他のバイトに比すれば、今回のこの塾講師の仕事は「一回やったことがある」だけマシなのである。
 接客、プロになれるほどの料理、清掃……等々の方法は個々に書籍は出版されているだろうが、「学校の勉強」ほど大量にその身につけ方が本になっているジャンルはない。もちろん参考書だけではなく、指導方法などの本もある。他のバイトに比して、教える態勢の分厚さがすごいのである。
 それにしても「学校の勉強」という能力は、考えてみればほかのことよりも随分と優遇されている。この勉強の能力があれば経済が許す限りトウョウダイガクとかキョウトダイガク、ワセダダイガクやケイオウダイガクといった有名大学に進むことができ、さらなる名誉や評価を得ることが可能になる。私にしたって紆余曲折ありつつもその名誉の一端を得たが故に「先生」と呼ばれるに至っているわけである。
 ドラえもんの漫画に「あやとり世界」という話がある。ドラえもんの秘密道具「もしもボックス」を使って、「世界中があやとりにむちゅうだったら………。」と頼み、のび太くんは、自分が得意なあやとりの上手い下手で人としての評価が決まる社会を実現させてしまう。ジャイアンはあやとりで四苦八苦し、スネ夫はちょっとしたあやとりの技を見せびらかす。普段であれば「学校の勉強をしなさい」とのび太を叱るママが、このあやとり至上主義(!)の世界では「あやとりがへただといい大学やいい会社へ入れませんよ」という。なぜなら「入学テストでいちばんだいじなのがあやとり」になるからである。当然のび太はその世界の中ではスター的存在で、みんなにちやほやされるが、一人浮かない顔をしているのは、他ならぬドラえもんである。のび太はそんなドラえもんに、この社会でちやほやされるためのツールであるあやとりを教えてあげようとするが、「手がゴムまりだからできないんだよっ。」と答え、その後ドラえもん自らが、「もしもボックス」を使って、もとの価値観の世界に戻す。当然のび太が(ちやほやされると信じて)新作のあやとりを披露しても、みんな興味を持たず立ち去っていく……。
 能力主義という言葉があるが、「どのような能力」に秀でているかで、この社会における自分の位置付けが左右されてしまう。そのいびつさがうまくこの作品では表現されている。自分のポジションが決まるような能力が、ほんとうにこの社会をよくするものなのか、幸せにするものなのかはなかなか問われない。そして「あやとり世界」におけるドラえもんのように、そもそもその能力を身につけようがない人のことなど後回しにされる……。
 能力主義の中枢の一つである学校の勉強というもの。その重みを本屋の中で噛み締めた。その重みが嫌だったからこそ教師になりたくなかったのだが、今の私は、ただ生きていくためにその重みの内側に入ろうとしているのだった。
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