第2回
ジシンナシ(初授業で怯えるの巻)
[ 更新 ] 2026.07.25
そのほか報告書の書き方や申し送りの方法、生徒への接し方の説明がなされた。
その説明のなかで、「マネジメントを担当する室長」(塾における、学校の校長先生のような存在。以下室長)から
「先生をやったことがない方は、自信なく生徒に接しがちです。自信を持って接してください。もし自分がわからない科目を訊かれた場合、『わからない』と正直に答えてしまうと生徒の側が不安になってしまうので、その場合はその教科がわかる講師を呼んだりして対応しましょう」
と言われた。
(自信!!!!)
思わず、心の中で叫んでしまった。
この人生で私が最も持っていないもの、それは自信である。いや、もう少し正確に言うべきか。自信がないことにおいて自信がある、というのが正しい。
知らないということを知っていることの重要さを「無知の知」という言葉でソクラテスは説いていたが、クリタリュウコは「無自信の自信」で世を渡ってきたのである。
「無自信の自信」とは、いわば「ビビって当たり前」「まともな大人として取り繕えなくて当たり前」という心構えである。
具体的に言えば、
「バイト先のラーメン屋でビクビクしすぎて、危うく先輩にアヤシイ化粧品を売りつけられそうになった」
「工場に日雇いで行ったら仕事開始10分でクビ」
「学生の頃に1ヶ月近くホテルで住み込みのバイトをした時には、作業が覚えられずテキパキと仕事ができない私を見かねたのか、雇い主である女将さんに、『アンタはテキパキやる仕事よりも研究者が向いてるわ……』と言われる」
「コピーをやると大抵ズレている」
等々、要するに、
「仕事先で教えてもらったことを1回で覚えられたためしがない」
という経験を積み重ねすぎた果てに、無自信が板につきすぎて、もはやふてぶてしい状態にさえ至っているのである。それが今まで通用してきたのはいわゆる出世をしてこなかったからだ。つまり、出世して、何かの組織を代表するポジションなどになっていれば、自信がないなどと言っていられなかったはずである。
また、文筆家といっても、私の場合、当事者性をバンバンと打ち出しすぎて物書きのなかでも若干イロモノというか、「研究者」とか「文学者」といった大御所になりようのない作風である。またこのように「自信のなさ」について書くことができるのは、今まで書いてきた作風と実際の私に差がないからこそ許されているとも思う。つまり、作風と実物と差がないという点においてのみ問題がなかったのである。逆に言えば原稿が締め切りまでに仕上がらないとか、編集者が求める企画趣旨と自分の思いがスレ違った末に大泣きしだすといった問題はすでに起こしており、おそらく一般的なインタビュー記事をまとめるライターや、専門知識を要するテクニカルライターなどであればとっくに干されている状態であろう。いや、今のような文筆の仕事であっても干されておかしくない。ともあれ文筆で食べていけるほど稼げないのは、私の側にも問題があろうと自認している現状である(物書きだけで食べていきたいか、と言われるとまた考えものでもあるのだが)。
さて、「無自信の自信」が揺らぎつつとうとう塾講師初日を迎えることとなった春の日、静かに室長から以下のごとく告げられた。
「今日からよろしくお願いします。栗田さんのこの時間に教える科目は英語で、担当の生徒は高校生の男子です」
(高校生! 男子!!)
私の不安が頂点となった。
第1回でも書いたが、私は不登校をしていたため高校を中退している。そしてその後、通信制高校に入学し、そこで仲良くなったのは同世代の女子あるいは上の世代の方々ばかりで、同年代の男子たちとはほとんど交流を持ったことがない。また私には女きょうだいしかいないので、家の中でも男性とのやり取りは父親以外皆無である。大学入学後は大学生の男子(というか男性?)とは交流してはいるが、高校生男子と全く縁がないといっていい。自分がその世代の男子と話をしているイメージが湧かない。何をどんなふうに話したらいいのかもわからない。
例えばモテない男性(おじさん)が、10代の女子と接するのに怯えるというネタはどこかに転がっていそうな気がするし、自分がモテてなくても10代女子と話せて無条件に嬉しいというおじさんも一部存在していそうだ(その場合、的確な距離をおかないと速やかにセクハラにつながりかねないが)。
しかし、私の場合、これまでも著書で何度も語っているように、10代の頃は男子からは悪口を言われたりバカにされたりとほとんどいい思い出がないので、接近しようなどとはつゆほどにも思わず人生を過ごしてきたのである。ちなみに、個別指導というのは、ブースで区切られたスペースで2対1、あるいは1対1で対応する。正直距離も近い。
(どうしよう……)
と思っているうちに当の生徒が現れた。
正直、目の前にいる高校生男子が怖いというよりも、このシチュエーションが怖かった。教える側が無自信の極みに陥っているというのは意味がよくわからないが事実だ。英語を教えるのが怖いというよりも、人生でろくに会ったこともない高校生男子という存在に何かを「教える側」として向き合っているこの事実が怖い。50歳も過ぎて、まだこんなに不安に怯える瞬間が来るとは……。人生の深みをしみじみ感じてしまう事態だ。
(なんでここに私はいるんだ?)
(なんかもういろいろ怖い!)
(こんなことを私がしていいんだろうか?)
(やっぱりやめとけばよかった!)
もはや、英語のことなど1ミリも考えていやしなかった。はたから見れば50過ぎのおばさんが高校生に受験英語を教えるというなんの変哲もない光景だが、こちらの心情としてはもう、子どもの頃の迷子の経験以上の心細さである。
さて、そんな私にしばらくは教えられるがまま(?)だった高校生が静かに口を開いてこう言った。
「……あの、もっと自信持って教えてくれて大丈夫ですよ」
……へこ。
もし私の心から音が鳴るならば、こんな音が響いていただろう。あるいは、かの『笑点』オープニングテーマの冒頭「パッパラパラパラパッパ・パフ!」の「パフ」の部分が鳴り響いたというべきか。
一言で言うなら、気が抜けて、同時に肩の力も大いに抜けまくったのである。
私の自信のなさなんて生徒にバレバレなんだ、となんだかホッとしたのである。心の動揺をうまく隠して先生として冷静に教えられるのであれば、もちろんいい。だが幸か不幸か、よく言えば正直、悪く言えば大人としての成熟度に私は欠けているので不安がバレバレとなったのである。まあ、動揺を見せずつつがなく授業を進められるならこんな人生送っているわけないか、と妙に納得したのであった。そこからようやく落ちついて、肝心の教えるべき「英語」と、生徒の表情を見ることができたのだった。
先生である前に人間だ、ということを私は1回目の授業で身をもって実感したのである。そうしてさらなる「無自信の自信」がついたのだった。
それにしても、50も過ぎた人間が16歳の男子から「自信を持って」と言われた事実は、いろいろなところで話すと絶対にウケる鉄板のネタである。しかし、我が身を振り返れば16歳の頃は不登校真っ只中でもあり、自分自身の人生のこと、学校のこと、社会のこと等々、真面目に考えはじめた時期だった。それを思えば、そのくらいの年代の人から教えられることがあっても当たり前だよな、とも思う。
かくして笑点のテーマソングをBGMに肩の力を抜きつつ、塾講師の生活がスタートしたのである。

