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第12回

大レシピ時代

[ 更新 ] 2022.07.01
 秋田県内のスーパーマーケットでしばしば売られている、脂が黄色くてかみごたえのあるひね鶏、もとい親鶏のもも肉を使ってつくる汁物は間違いなくおいしい。夫・サキさんと私のあいだでは「ひね鶏スープ」と呼んでいる。味付けは味噌でも塩でもしっくりくる。お値段といえば100g100円を切るのも魅力的である。ひねは、ひね生姜のひね、一般的に売られている若鶏よりも長いこと飼われていて固くなった鶏肉を指す。固い、といってもそれはあくまでも若鶏の正肉と比較してのことであって、常日頃もつやきを食べ慣れているこちらとしてはあまり差し障りを感じない固さだ。嚙めるうちは嚙んでいたいような。
 パックから出してみて、同じくらいの値段の若鶏と触り心地を比べると、お肉全体にはりがあって、皮もぐんにゃりしておらず端っこが立ち上がっている。
 最初に見かけたのは冬場で、パックにはきりたんぽ鍋用と記されていたけれど、鍋の季節が過ぎてからも売られていたので安堵した。県南のスーパーのおそうざいコーナーではひね鶏の醬油煮を見かけもした。
 東京にて再現しようというときは、うちの近所の「吉池」の精肉売場にあった「伊達鶏」でつくると、肉そのものにはひね鶏ほどの嚙みごたえはないものの、汁そのものは近いものに仕上がった。しかし伊達鶏は、福島は伊達市の銘柄鶏ゆえに、無名のひね鶏と比べると倍以上のお値段ではあるので日常的なメニューにはならない。それでも100g200円そこそこでこの味わいならと納得せざるを得ない。
 なぜ、秋田の話かというと、サキさんがしばらくそちらで働くことになったから。この連載第6回でふれた、もの静かな電気炊飯器を秋田に送った理由はそこにあったのだった。私はといえば東京と秋田を行ったり来たりしている。よくいえば、好きなように使える台所がふたつある豊かな生活ではある。デメリットといえばふたつを使い分けないといけない、頭を切り替えないといけないこと。東京の台所にいて、そろそろ食器洗い用スポンジを替えようというとき、こないだMUJIのを買い足しておいたはずだけど、あれって秋田でだっけ、こっちだったっけ、と、いっとき迷ったりする。


 素材の力に手を引いてもらいながら料理をするのは気持ちいい。
 包みを開けるまでは、つい買っちゃったし早く使わなきゃ、という義務感が先立っていても、いざ、調理台、というか秋田の家は狭いので食卓に敷いた新聞紙の上に材料を出してみると、気分が高揚する。洗ったり切ったりしたくなる。つまり、ふれたくなる。
 その力は素材そのものの個性に拠るものでもあるし、旬、つまり食べごろのタイミングにはいっそう大きな牽引力を発揮する。今だ! と、走り出したくなるような。秋田だったら、山菜はまさにそう。
 親鶏は、硬さなどは違えどもお肉はお肉としてそらで料理ができるのだけれど、山菜にはこれまでは春先の、ばっけことふきのとうくらいにしか親しんではいなかったから、本棚から郷土料理レシピ本を引っ張り出したり、iPhoneで検索したりする。種類によっては、たとえば「みず」とか、と前置きし、秋田では山菜は野菜の顔をして売られているよね、とはサキさんの言。別格だけど、非日常のものじゃない。


 これつくろう、というきっかけは、材料からだったり、メニュー選びからだったりする。人である場合ももちろんある。
 ここ10年くらいの私は、材料をとっかかりとすることが主だ。
 それというのも区民農園で野菜を育てる勉強を3年間やってから、一気に食べごろを迎えたのちは急速に魅力を失っていく野菜、たとえばトマトやいんげんなどを追われるように料理しているあいだに、そうなっていった。種蒔きから収穫、そして調理までをやり遂げたから、自分でつくったからおいしい、との感慨は畑1年目にはたしかにちょくちょくあったけれど、3年続けるとそうやって喜んでいるばかりではいられなくなる。自分が育てたからおいしいではなく、おいしいものはおいしいというだけなのだと分かる。おいしくつくれないこともあって、でも、その理由の全てが自分のせいではない。こちらの感情とはまた別に、畑指導の先生にいわれるがままやった肥料を受け取って伸びていったり、集まってきた虫に盛大に食われたりする。きっちり世話していたはずでも、太刀打ちできない大雨大風がきたらそれっきり、それが野菜なのだと。
 前述のような、買い求めた好みの材料に後押ししてもらいながら料理をする気分というのはそのときよりはずいぶんゆったりしたものではある。
 以上は私の事情にすぎないのだけれど、時を同じくして、巷でも、材料を決めてからはじまる料理が増えているような印象を受ける。私の場合とはまた別の事情を背景にして。
 数多のレシピを検索できるようになった結果、手元にある材料をキーワードにしてレシピを探すことがより容易になっているのは確かであって、数多の材料をまとめあげてつくる一品よりも、使う材料の数を絞った簡素なレシピのほうが目立つ理由のひとつも、その影響ではとも思える。


 もしも日本の家庭料理年表をつくるなら、少なくともここ10年の情勢は「大レシピ時代」と名付けられるにちがいない。これほどまでにレシピがとめどなく増殖し続けるのは、あらゆるものを自分の手でつくりたいという貪欲さの結果なのかもね、などと胸中でひとりごちる今このときにもレシピは発信され続けている。数多の人が自由にウェブ上にレシピを発信し続ける、それは、レシピの氾濫。かつて誰ひとり経験したことのない、まさに無限レシピ的な状況。
 それゆえに、検索すればあらゆるレシピが探し出せるはずという思い込みも定着しつつあるように、ありとあらゆるものにはレシピ、つまり誰かが構築してくれた方法論があるはずという幻想で満ちているように感じられてしまう。ウェブ上にないものは、存在しないことになってしまうのではないかとも。
 たとえば、南瓜煮のレシピを検索すれば、もちろんやりかたは沢山見つかる。そうはいっても、一日の食卓に3パターンの味付けの南瓜煮を並べてみるのは家庭というよりもむしろ料理研究家の実験室の風景にちがいない。料理に集中し、いろいろ試すという余裕を持てない普通の暮らしだから、代わりに試作を重ねてくれて、これがいちばん、と太鼓判を押してくれるのが料理研究家であったはず。
 しかし、もはやウェブ上では、料理研究家と、特段、料理を生業とはしていない人のレシピは、ぱっと見ただけでは見分けがつかない場合のほうが多いくらい。誰しもがウェブ上で好きずきに発表できるようになって、お手本を仰ぎ見るだけの時代は終わった。
 とはいえ、レシピの書きかたには、お手本がある。
 仕上がりは何人ぶんになるか。必要な材料と調味料、その分量を列挙する。調理の手順を時系列に、箇条書きにして完成までを書き連ねていく。
 調理にかかる時間の合計や、材料の値段は記されたりそうでなかったり、必須ではない。
 大正時代のレシピをみるとすでにそのようなフォーマットが確立していると分かる。
 そう、どんなに新奇な料理のレシピであったとしても、つくりかたに関しては、これまで世に出ているレシピのフォーマットが踏襲されているのである。言い回しも含めて。その書きかたは誰かに手取り足取り習うわけではない。少なくとも私は誰かに教わったことはない。ほとんどの人が先人のレシピをお手本にして、見よう見まねで書いているはず。
 そうやってなぞられているからこそ、レシピ用語も、新たなものには置き換わらない。手がようやく、せっかくおぼえた事柄を、年単位で頭の中で書き換えるなどせずにすむということでもあって、それは有難いことである。
 しかし、レシピ用語は分かりにくい、そう表明する人もいる。
 私の、家庭料理にまつわる記事スクラップの中に、レシピ用語のとっつきにくさに疑義を唱える内容のコラムがふたつ見つかった。どちらも、書き手は男性である。それは偶然かもしれないが。
 ひとつは、読売新聞の編集委員、伊藤剛寛さんによるついこのあいだのコラム。
 「料理の言葉は悩ましい。例えば、材料を鍋でゆでて、ざるで水気を切る動作。本紙の記事を調べてみると、『ざるにあ(上)げる』『ざるにあける』が混在している」
 NHK「みんなのきょうの料理」でも両方の言い回しが使われていたとのことで、伊藤さんがNHK放送文化研究所に問い合わせてみたところ、厳密ではないと前置きしつつ、「あげる」は、ゆでた材料をざるに載せること、「あける」はお湯ごとざばーっと材料をざるに移し替えること、と、使い分けているとのこと。文字通りといえば文字通り。伊藤さんによれば「あげる」のほうが近頃は多く使われている場合が多いそう。ゆで湯をどう扱うかについて特段ふれないのであれば、たしかに「あげる」のほうがふさわしいかもしれない。それに「あける」は「ゆでこぼす」とも言い換えられるし、むしろそちらのほうが分かりやすい。文字数は多くなるけれど。
 「『ひたひた』(材料が水面から少し出るくらい)、『塩少々』(親指と人さし指でつまんだほどの量)など独特な表現も多い。『適宜』(好みや必要に応じた量。入れなくてもよい)、『適量』(必ず入れるが、量は加減して)の違いも当初戸惑った」
 「適宜」「適当」は流石に文字通りでしょう、というか台所以外の場所でも使われる言葉であるのだし。適当にやっといてね、と頼まれたら、自分の裁量でやればいいんだなと分かるだろうし。
 そうはいっても「ひたひた」はたしかにレシピ以外では見かけない表現かもしれない。
 そう、もうひとつのコラムにも「ひたひた」の前で迷いがち、と書かれていたのだった。
 「『ひたひた』と『かぶるくらい』の違いが感覚的すぎる」とあったのは、月刊誌『ポパイ』の料理特集号「そろそろ自分たちで料理をしてみないか。」に載っていたコラム「ぼくは料理本が読めない。」。そういった疑義が呈されてのち、プロ向けの料理本出版社、柴田書店の編集部を訪ねて疑問を解決するとの流れから、「料理レシピ本大賞」第8回で大賞を受賞した『カレンの台所』を紹介する記事「滝沢カレンのレシピは文学だ。」に続く。
 既存のレシピ用語は分かりにくい上に陳腐だと捉えているならば、新奇な表現に書き換えることに挑むのは素晴らしいと思えるのかもしれないけれど、特段、レシピ用語の現状に不満を持たない者としては、これまで積み上げられてきた普遍性を放棄する必要性を感じない。レシピをどう解釈するかはきわめて私的な領域に属する反面、レシピそのものはその人の作品でもあると同時に、明解な説明文でもあるという要件を満たしていなければよいレシピとは呼べない、そう信じてもいるので。
 さりながら、もはや時代遅れとなったこつも、家庭料理にまつわる因習も、レシピの中に紛れてそのまま引き継がれてしまいがちなのはいかんともしがたい。ただ、滝沢さんが編み出した新しい料理の言葉は特段そういう旧時代を打破するという力を持つものでもないというか、たとえば、豚の挽肉に火が通って色が変わり表面に脂をまとって光るという状態を「男子という名の挽肉は喜びに変わりどんどん男らしくなっていきます」と言い表すのは、別にそこに男だ女だというたとえを持ち出さなくてもいいのでは、と、白けてしまう。
 うちの本棚にある年季の入ったレシピ本から「ひたひた」を探してみる。1972(昭和47)年刊の『家庭料理の道案内』には「ひたひた」は頻出し、一例を挙げると「大豆と鶏肉の煮込み」をつくるのに、ぶつ切りにした葱、つぶした生姜と一緒に炒めた鶏肉に焼き色がじゅうぶんについたら、調味料と「水をひたひたになるまで加え」あらかじめゆでておいた大豆と共に煮込む、とある。
 もう半世紀も、更新されずに同じ意味で使われている言葉である。因習が絡みついているわけでもなく、感覚的な振れ幅を容認してくれるところもあって、つまり懐が深い。時代遅れにもなってない。私としては特段、なにか他に言い換える必要を感じない。
 「ひたひた」への疑義は、言葉の問題ではなくて、料理という作業そのもののとっつきにくさ、めんどうくささの表明に過ぎないのではとも思ってしまう。その前で歩みを止めるにしてはあまりにも低い障壁では、と。
 そういった基本的なレシピ用語は、家庭科の教科書には載っていたやもしれないけれど、そこでおぼえたという実感は私にはない。家庭科の調理実習についても、ホイップクリームの泡立て以外はほぼ記憶にない。人前で、手先を使った作業をしてみせるというのが極端に苦手な子供だったもので、緊張しすぎてなにも頭の中に刻み込めなかったのだった。
 思うに、高校一年生のときに父に買ってもらった『non・noお料理基本大百科』でおぼえたはず。
 実家にはレシピ本といえばお菓子のものしかなく、図書館で借りたレシピ本は水で濡れた手で触ったり背が割れるほどぱかっと広げたりできないことにもんもんとしてしまうし、自由に使えるおかずのレシピ集というのはそれだけで有難かった。フルカラーで800ページ、4500円(当時)。
 ひとつひとつのレシピには、誰が考案したかと記されてはないけれど、巻末の「調理・指導」とある欄に並ぶ54人の中には、見知っている料理研究家の名前が多く見つかる。たとえば、有元葉子、上野万梨子、枝元なほみ、大原照子、城戸崎愛、栗原はるみ、小林カツ代、船田キミエ。しかし、女子高生の私はこの欄に目を向けることはせず、たとえ見たとしてもその名にぴんときたりはなかったはず。
 本をその隅々まで舐め尽くすように読むようになったのは、本の仕事をしようと決めてからだったのだなと、「“味の断絶”の時代にこたえる最善の方法」などと、まるでアジテーションのようなえらく肩に力の入ったまえがきを、まるで記憶していないところからも知らされる。
 そのまえがきを通り過ぎてしまえばどこまでもロジカルに、材料の解説と調理法がひたすら明解に解説されるという体裁だ。気持ちの置きかたについては特筆されない。
 野菜やお肉の写真とともに特性と来歴と旬が記されていて、図鑑っぽくもあり、カタログみたいでもあり、ページのボリュームはたっぷりとしている。小学校低学年の頃は動物、植物、昆虫図鑑にはまっていたことを思い出し、この大百科も、その延長線上でめくっていて、だからこそ頭に入れやすかったのだった。サンチュが「つつみ菜」との名前で載っていたり、プチヴェールが「'92年春に登場したニューフェイス」と、まるで当時の化粧品かミュージシャンのように紹介されていたりするところは時代を感じさせる。そうかと思えばラムしゃぶが提案されていたりもする。
 当時ももちろん基本を教えるスタイルのレシピ本は世に出ていたはずで、その中からなぜこれを選んだのかというと、ファッション雑誌『non・no』の冠のもとに刊行された本だったからだ。実物を本屋で目にしてから父にねだったのではなくて、広告を見て存在を知ったはず。そう、『non・no』の版元は集英社、小学生の頃に同社刊の漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』に心酔していたことから、集英社から刊行される本というのは必ずやよいものであるとティーンエイジャーの私は信じ切っていた。
 『non・no』は当時も今も、10代後半から20代後半の女の子向けの雑誌で、その年代に向けて基本を教えるレシピ本としてはかなり大人びていることにあらためて気付く。というよりむしろ、四十路を越えた今の私が読んでもなんら違和感がない。今、世に出されている初心者向けのレシピ本は、もっと幼げなスタイルになっている。めんどうくさくないよ、と、あやすように謳ったりして。

〈文中に登場する本など〉
2022年3月24日付読売新聞「言の葉巡り」伊藤剛寛
『ポパイ』2020年6月号 マガジンハウス
『家庭料理の道案内』沢崎梅子 婦人之友社 1972年
『non・noお料理基本大百科』集英社 1992年


※「家庭料理の窓」の連載は今回で終了です。書き下ろしを加え、単行本は8月終わりに刊行予定です。どうぞお楽しみにお待ちください。ご愛読ありがとうございました。
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