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第6回

計らない人生

[ 更新 ] 2022.06.27
 先日、編集者の友人と久しぶりに会い、私は自分がいかに料理好きかをこう説明した。
「忙しくて時間が取れないのに、どうしても料理したいものがあると、身体が勝手に動きだすんだよね。朝、起きたら、そのまま料理を始めちゃう。自分でも驚くけど」
「そんなに料理が好きなら、自分の料理本をつくりたいって思うんじゃない?」
「思わない」
「なぜ……」
「分量を量らないから」
「あ、なるほどね」
 そうなのです。料理の本には分量がきちんと明記されている。
 100g、1㎏、大さじ、小さじ、カップに4分の1とか半分とか。
 非常に面倒臭い。私はやらない。
 では、料理本は読まないかというと、そんなことはない。読むのは大好きだ。書店において、私の財布の紐が一番ゆるむのが料理についての書籍だ。山のように持っている。けれど、本を読み、分量をきっちり計ってつくることは滅多にない。料理本は材料や工程を参考にするだけ。例外は、食べたことのない料理を初めてつくる時、そしてお菓子やパンをつくる時である。
 もしかしたら、料理にあまり興味のない人は、料理づくりとお菓子・パンづくりは同じものだと思っているかも知れない。しかし実際はまったく別物、といってもいいくらい違う。お菓子とパンは、分量を正確に計らないとうまくつくることが出来ない。一方、料理はまったくお気楽なもので、大抵のものは材料も調味料も、適当に目分量で入れればつくれてしまう。
 料理好きは料理の道具好きであることも多いと思うが、私もご多分にもれず、あまり計らないわりに、計量道具はあれこれいろいろ持っている。本当は道具も計量カップ1個、ナイフ1本、まな板1枚、ボウルひとつですべてが出来るような、ミニマルなシンプル・クッキングライフに憧れるが、実際はボウルだけで10個近く持っている。
 計量道具の中でも、タニタの家庭用スケールはもう15年くらい使っている必需品だ。ほかにも、香港の上海街(東京の合羽橋のような道具屋街。以前、この通りの近くに住んでいた)で買ったステンレスの計量カップ一式(1カップから4分の1カップまで)と計量スプーン一式。友人がベトナム土産にくれたアルミの計量カップはちょっと丸い形をしていて、大変可愛い。百円ショップで買ったステンレスの一合カップ(米を計る時に使う)も、パイレックスのガラスの計量カップ(250ml)もある。
「クラフトフェアまつもと」で出会った、コーヒー豆用の木の匙は、使えば使うほどコーヒーの香りと色が匙に移ります、というふれこみだった。最初は無垢のベージュ色だったのが、今ではすっかり濃い茶色に染まり、コーヒー豆以外はすくえない。
 これだけあれば、何だってつくれるはず。

 現在はスケール愛好者だが、昔はよく計量カップで材料を計り、ケーキを焼いていた。日本のお菓子やパンの本はグラム表記が主で、カップ表記はあっても少ない。もしカップ表記だったら、それは米国のお菓子やパンの本の邦訳かも知れない。米国では料理、菓子やパンの本はカップ表記が多いのだ。私は昔からスポンジケーキやシフォンケーキといった、軽い焼き菓子には興味がなかった。20代の頃、よく焼いたのはキャロットケーキのような、食事代わりになる、ずっしり重いケーキだったので、当時は米国などのレシピを参考にし、カップで計っていた。そのままだと甘すぎるので、砂糖の量だけ3分の2くらいに減らせばちょうど良かった。
 近年は時々、英国へ行くようになり、英国の料理やお菓子にも興味を持つようになった。英国の料理本はグラム表記で日本と同じ。英国の料理本の米国版を見ると、表記をグラム表記からすべてカップ表記に変えてあり、ちょっと、面白い(米国、英国ともにポンド表記の場合もある)。
 グラムとカップ、どちらが使いやすいかは普段の習慣によると思う。慣れている方が楽だと思うようになるものだ。しかし、お菓子とパンは科学の世界、と言われるように、材料のさまざまな化学反応を駆使してつくるので、繊細なものほど分量の正確さが求められる。それゆえお菓子の本には時々、ものすごく厳密な表記があり、ちょっと笑えるくらいだったりする(先日、お菓子の本で、普通なら卵3個、と書くところを、卵黄を先に計り、そこへ白身を追加して、全体で○○グラムにすべし、という記述を見かけた。これは専門家のやり方なのだろう)。
 私の大好きなNetflixの料理番組、『ザ・シェフ・ショー』の中で「ミルクバー(ニューヨークに本店のあるスイーツショップ。シリアル味のアイスクリームが名物。とてもおいしい)」のオーナー、クリスティーナ・トシがアメリカのクックブックにカップ表記が多いことについて「出版社は嫌がるかも知れないけれど、私たちはグラム表記を使う。それが私たちのやり方だから」と言っていた。米国でも正確さを重んじるプロはやはりグラム計算するのか、と納得した。
 そして、例外的に私が必ず分量を計る料理がある。
 料理とはいえないか。調味料である。マヨネーズだ。
 手づくりマヨネーズは、それがあるだけで食事が一ランク上がる、というくらい、おいしい。茹で卵につけたり、野菜につけたり。普通のマヨネーズと同じように使える。
 つくり方はとても簡単なのだ。卵黄一個にマスタードを小さじ1、塩を小さじ2分の1、胡椒を少々加え、1カップの油(クセのない油なら何でもいい)を少しずつ注ぎながら、かき混ぜて乳化させるだけ。好みで酢(レモン汁)を入れてもいい。
 つくり方は簡単でも、とても失敗しやすいのだ。油が乳化せず、固まらない。もしくは最初は乳化しても途中で分離してしまい、固まらなくなる。何度も失敗するので、「マヨネーズが固まらないのは心の乱れ」と、本気で精神論にすり替えてしまうくらい、うまくいかない時期があった。スランプは1年以上続いた。
 マヨネーズが固まっていく時、泡立て器の手ごたえですぐに分かるものである。十数回、手を動かしただけで、重くなる。やったー、ありがとうございます、神様! 私の日頃の行いが良かったせいでしょうか~、などと浮かれながら油を足し、かき回していると、ふっと腕が軽くなる。嫌な予感がして、慌てて泡立てる速度を上げる。しかし一度分離したら、二度とうまくいかない。輝かしい黄金色のマヨネーズとして錬成されるはずだった卵黄と油は、出来損ないの、ただの油っぽくて黄色い液体としてこの世に生まれいでてしまった……。
 私はケチなので、この失敗作を捨てることが出来ず、酢や砂糖を加えたりして、ドレッシングとしてなんとか消費するのが常だが、なぜか(やっぱり、というべきか)全然おいしくない。
 実際、マヨネーズは失敗しやすいもののようで、猪俣典子『修道院のレシピ』には、水を加えたり、卵黄やマスタードを加えたり、トマト・ピュレを加えて赤いマヨネーズ・ソースにしてしまうなど、失敗したマヨネーズの救済策がいくつか載っている。

 手づくりマヨネーズがこんなにおいしいことを知ったのはフランス。やはりフランス、であった。
 私がいつか行きたいとずっと思っていたフランスの町は南東部の、美食のまちとして名高いリヨンだった。リヨンはかつて絹織物で発展した町で、周辺でとれるおいしい食材にも恵まれているのだという。「ブション(bouchon)」と呼ばれる郷土料理の食堂があちこちにあり、家庭的な料理がおいしいことでも知られる。また、偉大なるシェフ、ポール・ボキューズの出身地で、彼の功績を讃えて中央市場はポール・ボキューズ市場(Les Halles de Lyon Paul Bocuse)と呼ばれている。
 実際にリヨンを訪れてみると、ポール・ボキューズ市場は観光客向けに整備された、ゴージャスかつ洗練されたマーケットで、軽い食事も出来た。そこで牡蠣を頼んだら、フライドポテトとマヨネーズが添えられて出てきたのだ。マヨネーズなのに酸味はまるで感じない。まるで軟らかいバターのような……なんというおいしさ! 市販のマヨネーズとまったく違うよ!
 私の記憶の中のリヨンはマヨネーズのまちだ。パテ、ステーキ、そして名物のタブリエ・ド・サプール(牛の胃のフライ)……。どんな料理にもマヨネーズが添えられ、そしてどこでも手づくりだったように思う。
 調べてみるとマヨネーズは案外、簡単に出来るらしい。試してみるとビギナーズラックで最初の2、3回はうまくいったが、つくり続けるうちにだんだんと失敗も増えていった。
 手づくりマヨネーズを成功させるためのいくつかの秘訣として、新鮮な卵を使うこと、事前に卵を室温に戻しておくことなどがあり、これらはずっと守ってきた。レモン汁や酢を入れた方が固まりやすいようだが、目指すのは「バターのようなマヨネーズ」なので、酸味は加えない。
 あまりにも失敗が続くので、料理に詳しい友人に愚痴ると、始めにマスタードを入れないと固まりにくいよ、というアドバイスをもらった。
 それまで私は、マヨネーズは卵黄に油を加えて「乳化」させるものなので、重要なのは「卵と油」だけだと思っていた。だから時々、始めにマスタードや塩胡椒を入れずに、卵黄と油だけをかき回していた。これが敗因のひとつだったかと、改めて初心に戻り、材料をきっちり計ってつくるようにしたら、かなり成功率が上がった。
 私はいつも、卵黄1個につき、油を1カップ入れる。だから乳化に失敗すると、1カップの(後から酢なども入れるので、厳密には1カップ以上の)出来損ないの卵ドレッシングが出来てしまう。それが嫌で私はきっちり半カップずつ、油を計ってマヨネーズをつくるようになった。半カップ入れて、うまくいったらもう半カップ。これなら失敗しても半カップの卵ドレッシングを消費すればいい。傷は浅くて済む。
 そして実は、私は「液体を目分量で計ると、かなりの確率で正確に計れる」という謎の特技を持っている。300mlの水、酢を50ml、といったものを適当に入れて計ると、ほぼぴったり、ということがよくあるのだ。重さに関しては、これほど正確にはいかないが、液体はかなり正確。もしかしたら、これも「計らない人生」にひと役買っているかも知れない。
 一方、毎日、必ず計っているのが「体重」である。朝、顔を洗ってから体重計に乗り、増えていれば、その日の食事に気をつけるし、減っていれば大喜び、というのを飽きもせず、何十年も繰り返している。「毎日体重計に乗るなんて、恐ろしすぎてムリ」と言う人もいるけれど、乗るだけで体重維持に繋がるから、こんなに楽なことはないと思う。ということで、体重に関してだけは毎日、「計る人生」を送っている。
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