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第6回

「セブンスターショー」のティン・パン・アレイ
昭和51年(1976年)

[ 更新 ] 2021.10.15
 前回、「ゴー・ゴー・ナイアガラ」で僕のハガキが読まれた回の録音がまだ見つからない……といったことを書いたけれど、例のディスクをその後さらに丹念に聴いてついに探しあてた。まずは、放送時間が月曜夜の12時台になった(51年3月~)後の6月7日のハガキ特集。件の〈SBモナカカレーを食べる会会長〉という僕のラジオネームを読んだ大滝さん、「へぇ、そんなのあるの?」とリアクションしていることから察して、これが初めて読まれた回だろう。このときは「森山加代子の曲をかけてくれ」という僕の要求に応じて「月影のナポリ」がかかっただけだったが、さらにひと月後の7月12日のハガキ特集では、内容がハマッたのか、たっぷり紹介されている。「新宿区の朝井泉(※僕の本名)クン、SBモナカカレーを食べる会会長……ふむこの方ケイオーなんだね」なんて前振りがあってから、大滝が番組で提案した「のど自慢大会」で歌いたい曲(ベスト11)がすべて読みあげられた。
 1・ホンダラ行進曲、2・九ちゃんのズンタッタ節、3・まぼろし探偵の歌、4・明星即席ラーメンの歌(ひゃ、こんな歌あんの?と大滝の反応があって)、5・ポケット・トランジスター(チャコ=飯田久彦風)、6・ゴマスリ行進曲、7・潮来花嫁さん、8・北海の満月、9・美しい十代、10・ふりむかないで(あー、いい曲だね。と大滝の感想が入り)、11・君たちがいて僕がいた──という具合。(※曲名は読まれた僕のハガキに順じたもので正確なタイトルでないものもある)
 多くは好みのジャパニーズ・オールディーズではあるけれど、大滝や番組リスナーのウケを狙った選曲も見受けられる。しかし、「ホント、おもしろい人だね、まったくもう。」と、大滝の反応は頗る良い。オンタイムの記憶はあいまいなのだが、聴いていたとしたら、この夜は興奮して眠れなかったに違いない。ところで、こういう“趣味のランキング”のような作業はもっと前からやっていた。
 中学2年だった昭和45年(70年)の10月から毎週土曜日にヒット曲のベストテンをノートに記録していた。これは、できるだけ個人的な偏見は抑えて、チェックしたテレビの歌謡ベストテン番組(まだ「ザ・ベストテン」はやっていないが「今週のヒット速報」とか「ベスト30歌謡曲」とかいくつかあった)やラジオの深夜放送のチャートやリクエストの頻度などを参考に自分なりに総合判断したもので、怠けて欠落した期間はあるものの、昭和51年の初めはベスト20にボリュームアップして記録されている。以下は、1月31日付のベスト10。

 1・およげ!たいやきくん 子門真人
 2・木綿のハンカチーフ 太田裕美
 3・白い約束 山口百恵
 4・恋の弱味 郷ひろみ
 5・ファンタジー 岩崎宏美
 6・立ちどまるなふりむくな 沢田研二
 7・俺たちの旅 中村雅俊
 8・めまい 小椋佳
 9・なごり雪 イルカ
 10・あの唄はもう唄わないのですか 風

 ちなみに、前年秋からヒットしていた荒井由実の「あの日にかえりたい」はまだ17位にがんばっている。しかし、なんといってもこの年頭は「およげ!たいやきくん」で、子門真人の太い声が巷に流れまくっていた。
 そんな「たいやき」に迫る急先鋒として前回の「ゴー・ゴー・ナイアガラ」でも話題に上った作詞家・松本隆の出世作「木綿のハンカチーフ」がじわじわと順位を上げ、このチャートでも翌週の2月にはトップの座についている。
 筒美京平の曲はもちろん、萩田光雄の編曲も素晴らしい(僕は船山基紀より萩田好みだった)。「木綿」──このシングル盤も「あの日にかえりたい」と同じく日吉のパチンコ屋で取った印象が強い。そして、彼女が歌う姿をよく眺めたのもユーミンの「ルージュの伝言」を観た記憶のある「ぎんざNOW!」だった。この時期、太田裕美は何曜日かのレギュラーで、ハヤる前からよく歌っていた。そして、別の曜日のレギュラーだった清水健太郎とデュエット(シミケンがレイバンのサングラスをかけて、スカした感じで男のパートを歌う)したシーンがとりわけ記憶に残っている。
 高校生のときに始まった公開型の生バラエティー番組「ぎんざNOW!」(TBS)は、ナウのフレーズこそ堂々と口にするのは恥ずかしくなっていたけれど、夕方5時台の帯番組として定着していた。
 銀座の三越の裏方あたりにあったテレサというサテライトスタジオで生中継されていたこの番組、1度だけちょこっと出演したことがある。大学1年生の夏、例のサークル・広研が葉山海岸で催す「キャンプストアー」にプロモーションでやってくる新人アイドルの応援に駆り出されたのだ。
 50年の夏のことだが、渚リールという名の歌手で「真夏の感触」という、ちょっとセクシー路線の曲を歌っていた。ハヤリの60sポップス調の曲だったが、プロモ用のTシャツ(オッパイの所を隠すように掌のイラストが描かれている)を着て彼女の後ろで踊れ! というのが先輩からの指令だった。集まった5、6人の部員で、これといった揃いの振り付けもなくナヨナヨと踊っているとき、すぐ横でハンダースの「ありがとうの小林くん」と呼ばれていた太った男が盛りたてるように、上半身裸でひときわ激しく踊っていたのをよくおぼえている。いや、ステージ側のタレントはともかく、距離の近い客席に集まった、素行の悪そうなリーゼント頭の高校生たちがコワかった。
 こうやって書いてきて、つくづく当時のTBSはドラマもバラエティーも冴えていたと思う。「木綿のハンカチーフ」がハヤッていた51年の春先、荒井由実とかまやつひろし、ティン・パン・アレイの面々が共演した「セブンスターショー」という伝説の番組が放送された。
 これはTBS日曜夜の90分枠のスペシャル音楽番組で、セブンスターとは7回連続の各回に登場する7人(組)のスター歌手を意味していた。初回が沢田研二で以降、森進一、西城秀樹、布施明、かまやつひろし&荒井由実、五木ひろし、ラストが吉田拓郎という面々。プロデューサーのトップに久世光彦の名がクレジットされているのも異色の音楽モノといえるが、「悪魔のようなあいつ」(時効が迫る三億円事件犯を扱ったドラマ)の沢田研二、「寺内貫太郎一家」の西城秀樹、かまやつひろしは「時間ですよ」のシリーズに“カマタさん”として顔を出し、その友人役で吉田拓郎がちらっと出たこともあったから、これは久世の人脈で成立したような企画なのだろう。
 かまやつ&荒井の回の放送は3月14日というから、1年から2年にかけての春休みの時期だが、オンタイムで観た記憶はない。僕がこの番組の存在を知ったのは、「テレビ探偵団」でユーミンを扱うコーナーをやることになった(彼女本人は出演していない。ゲストがかまやつさんの回だったかも……)とき。同じTBSということもあって、担当ディレクターから「幻の名番組の映像があるんですよ」なんて感じでダビングしたVを渡された。当時、「セブンスターショー」の放送からせいぜい10年くらいが経った頃だったが、既視感・・・はなく、「へー、こんなのやってたんだ」と驚いた。ちなみに近頃は、許可の有無は定かでないけれど、ユーチューブで眺めることができる。
 ホール型のシャレたクッキー缶のゼンマイネジを回すと、缶がパカッと開いてショーが幕を開ける──というオープニング。ここに〈ユーミン&ムッシュー〉のクレジットが掲げられているから、そうか……ユーミンの愛称はこの時点(51年3月)で公式に使われていたのだ。すると、第4回でふれたあの映画「凍河」(51年4月封切)のプレスにあった“ムーミン”は、やはりかなりのボケかまし、ということになるだろう。ちなみに、6月には「YUMING BRAND」のタイトルの最初のベストアルバムが発売された。
 クッキー缶のなかのステージではユーミンが「生まれた街で」や「雨の街を」や「ルージュの伝言」……といったデビューから「コバルト・アワー」までの曲を歌い、かまやつは前年大ヒットした「我が良き友よ」や「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」をティン・パン・アレイのバックで披露する。メロディーラインの似た「あの時君は若かった」と「12月の雨」のコラボレーションなど、歌の見所は多々あるが、時折、こっち(視聴者)が照れ臭くなるような小芝居、ショートコントが織りこまれているのがご愛嬌。
 YMO以降、コントもすっかり手馴れた細野晴臣はともかく、鈴木茂や松任谷正隆がズッコケたりしている映像は珍らしい。

 ところでこの年、ユーミンが楽曲を提供したアイドル歌手に三木聖子というコがいた。先ほど、久世光彦の演出ドラマで「悪魔のようなあいつ」の名を挙げたところで思い出したのだが、彼女はこのドラマで三億円強奪犯・可門良を演じた沢田研二の病弱な妹役で女優デビュー、荒井由実が作詞作曲を手掛けた「まちぶせ」で51年6月にレコードデビューを果たす。ちょっとマニアックな話になるけれど(ってこれまでけっこうマニアなネタを書いているが)、木之内みどりや岡田奈々のいるキャニオンNAVレーベルらしい、フォトジェニックなお嬢様系アイドルだった。
 「まちぶせ」は5年後に石川ひとみによってヒット、こちらがスタンダードになってしまった(石川も好みのアイドルではあった)けれど、細い声を絞り出してアップアップな感じで歌う三木聖子──の方を僕は推す。とくに、定番衣装になっていた純白のノースリーブのワンピースで歌うシーン。
 奇妙なほど記憶に強く残っているのは、軽井沢のビジネスホテルか学生寮のような一室のテレビで観たこと。広研の三田祭展示の担当か何かを任されていた僕は、もう1人のさほど親しくない男と軽井沢で催される全体会議のようなのに出席した。そういう会議をなぜわざわざ軽井沢(どの辺かもよく思い出せない)でやっていたのか、首を傾げるが、ともかくイヤイヤ行った軽井沢で、夜やることもなくテレビを観ていたときに白いワンピース姿の三木聖子が登場した。コレ、おそらくドリフの「8時だョ!全員集合」のコント間のコーナーだろう。しばしば新人歌手がぶちこまれて、ナンの紹介もなしに歌を走り・・気味に披露し、次のコントセットに押し潰されるように袖へ消える。新人歌手にとって、試練的な演出だった。
 あまり会話を交したことのないもう1人の男と「いいネ、このコ」「うん……」なんて感じでブラウン管の三木聖子を見つめた。「まちぶせ」という曲は、寂しい軽井沢の夏の夜のシチュエーションになじんでいた。


著者所有の三木聖子「まちぶせ」

 この「まちぶせ」と同じ頃、岡崎ひとみの「ひとこと言えば」という名曲があった。惜しくもあまりヒットしなかったが、「夜のヒットスタジオ」の歌唱シーンがユーチューブにアップされている。この「夜ヒット」よりも僕の記憶に残っているのは、何かバラエティーがかったドラマのサロンみたいな場所でエレクトーン伴奏に合わせて岡崎が「ひとこと言えば」を歌うシーン。作詞作曲をした森ミドリの方を検索していたら、坂上二郎が主演する「たぬき先生騒動記」というこの時期のフジテレビのドラマがヒットした。
 森は音楽の他、司会や女優もこなす芸大出の才人で、このドラマでは「みどり」という本人と同名の役をやっていたようだが、坂上たち教師が集まるサロンのエレクトーン奏者、みたいな役柄ではなかったか? 岡崎と同じポニーキャニオンの子門真人も出演(主題歌も)していたようだし、同系グループのフジのドラマだし、コレではないだろうか。
 ところで、彼女のキーンと澄みわたり、かつコクのある声質は、どことなくYOASOBIのikuraちゃんを思わせる。“ファーストテイク映え”しそうな声だった。
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