ウェブ平凡 web heibon




第11回

犬もしゃべれば

[ 更新 ] 2019.11.08
 今年は佐々木倫子原作コミックの実写化が続いた年だった。
 まず3月に放映された北海道テレビ放送(HTB)開局50周年ドラマ『チャンネルはそのまま!』、そして夏の連続ドラマ『Heaven? ~ご苦楽レストラン~』(TBS)である。
 ごらんになった方も多いかと思うが、私が興味をもったのは単純に原作が好きというだけではない、ある別の理由からだった。
 私にとって、佐々木倫子のマンガといえば風格のある描き文字。
 フキダシの外に書かれた驚くほど丁寧な文字の、思わず笑ってしまう心のつぶやきや、あの絶妙なツッコミを、映像ではどのように再現するのか。
 そんな一ファンの不安と期待に応えるように、どちらのドラマも文字にこだわった演出がユニークだった。
 本来なら役者のセリフや表情で伝えるべき登場人物の心情が、映像のなかに文字スーパーであらわれる。
 その点は共通しているのだが、しかし、選ばれた書体や文字づかいはそれぞれでちがっていた。
 
 ローカルテレビ局の現場を描く『チャンネルはそのまま!』では、実際の放送画面でも使用される細身の明朝体をベースに、場面によって様々なフォントが登場し、さらに随所で手描きらしい加工が施されている。
 対して、フレンチレストランが舞台の『Heaven?』では、極太の明朝体が存在を主張していた。石原さとみ演じる、自由奔放なオーナーに振りまわされる従業員たちの頭上に、毎回同じ「諦観」の二文字が浮かび上がる。神々しいきらびやかな光彩のせいで、文字の輪郭は判然としない。
 ふたつのドラマが、同じ作家の文字を異なる解釈で表現したのはなぜだろうか。
 それは、「佐々木倫子の描き文字」がひと目見ればわかるような個性をもった文字では「ない」からだと思う。
 むしろ独自の書体が存在せず、レタリングによって多種多様な活字書体を書き分けていることこそが、まさに佐々木倫子の面目躍如である。
 
 「レタリング」とはデザイン用語のひとつで、美しく読みやすい、視覚的効果を意図した文字を書く技術のことだ。
 フォントやロゴタイプのデザインだけでなく、明朝体やゴシック体などの活字書体を手で書き写すことも指していて、かつては雑誌の記事タイトルや見出しを書く「文字書き職人」が活躍していたものだった。
 フォントの普及によって以前より減ったものの、街の看板や、スーパー・ドラッグストアなどの売り場にディスプレイされたポップでは今でもレタリング文字を目にすることができる。
 マンガの世界では、効果的なセリフや擬音(「バッ」とか「シュッ」とか、「ドッカーン」とか)を手で書くことが多い。あの手塚治虫もレタリングの名人だった。
 しかし佐々木倫子のように活字書体を手で書くのは珍しい。
 いつからこのような描き文字をはじめたのだろう。
 80年代のデビューまでさかのぼって調べてみると、『家族の肖像』や『ペパミント・スパイ』などの初期作品からすでに兆候のような明朝体のレタリングが見られる。可憐な少女マンガの絵に似合わない、いかめしい明朝体が異色ではあるのだけれど、しかし深く印象に残るようなものではなかった。
 それが作家の個性として進化するのは、1988年に連載がスタートした代表作『動物のお医者さん』である。

1_動物のお医者さん1巻.jpg
佐々木倫子『動物のお医者さん』1巻(花とゆめCOMICS、白泉社、1989年)

 『動物のお医者さん』は、H大学の獣医学部に通う主人公が、様々な動物たちと出会いながら獣医師を目指す物語だ。ハムテルこと西根公輝の愛犬、チョビの健気なかわいさに、シベリアンハスキーを飼うのが流行したことを覚えている方も多いのではないだろうか。
 この作品が画期的だったのは、マンガのなかで動物たちが言葉を話すことそれ自体ではない。
 人間よりも自我の強い声で、いやもっと言うなら、人間よりも人間くさい声で、公然としゃべっていることが新鮮だったと思う。

2_動物のお医者さん9巻.jpg
佐々木倫子『動物のお医者さん』9巻(花とゆめCOMICS、白泉社、1993年)

 私も、子どものころ、犬や猫や鳥を飼っていたことがある。
 彼らは絵本の動物みたいに純粋なだけではなかった。家族のなかでいちばん小さな私は、地位が下だと完全になめられていたので、猫のミケやニワトリのヒヨちゃんに頭が上がらないハムテルの気持ちがよくわかる。
 ときにわがままで、したたかで、ずうずうしくて。心のなかで自分だけに聞こえている声を書体にしたら、まさに佐々木の描き文字がぴったりという感じ。人間と同じフォントのセリフでは伝わらない、暗黙の意味が内包されていると思う。
 
 さて、この場面でつかわれている描き文字は、明朝体だけではない。
 マンガでは定番である〈タイポス〉そっくりの書体も含まれていることに注目してほしい。
 90年代の佐々木倫子は、レタリングに写植書体を積極的に取り入れ、時代が進むにつれて〈タイポス〉や〈石井ゴシック〉、〈中ゴシック〉など様々な書体を書き分けるようになっていく。

3_おたんこナース5巻.jpg
佐々木倫子『おたんこナース』5巻(Spirits healthcare comics、小学館、1997年)

 私は『おたんこナース』をリアルタイムで読んでいた当時、もちろん〈タイポス〉の名前は知らなかったけれど、それが既成の書体を模していることはわかっていた。本や雑誌で見慣れた文字だったからだ。
 でもひとつだけ、作者のオリジナルだと信じていた書体がある。
 他でつかわれているのを見たことがない、佐々木倫子のマンガでしか出会えない文字。
 私はこの特徴的な書体が大好きだった。
 だから今回の文章を書くために、時系列で作品を読み返したときも特に懐かしく、もしも「佐々木書体」というものがあるとすれば真っ先にイメージするのはこれだなと思いながら眺めていたのだが、そのとき不意にある考えがひらめいた。
 時期が一致するということは、ひょっとして、これも写植の文字が元になっているのではないか。
 そこで写植メーカーの書体見本帳から探してみることにした。
 まずは写研。あえて言えば新聞書体に似ているといえなくもない。でもやはりどうしてもピンとこない。
 次にリョービ。広告系によくつかわれた書体かもしれないと思ったからだが、ここにも見当たらない。
 そして最後に、モリサワの古い見本帳をめくっていると、今まで見落としていたページに、とてもよく似た文字を見つけた。
 その名前は〈テレビ太明朝体〉で、もともとはテレビ専用につくられた書体だという。
 モリサワでは、1964年の東京オリンピックをきっかけにテレビテロップ専用の写真植字機が開発されたそうだ。現在DTPのスタンダードになっているモリサワのフォントには、写植時代に生まれたものがラインナップに数多く残っているけれど、この書体はデジタルフォント化されていない。
 見本帳の説明によれば、「漢字は横線を太く、ふところを広く改良し、ニュースのテロップなどスピードに耐えるように設計された」。
 もしも「佐々木書体」のルーツが〈テレビ太明朝体〉にあるなら、デジタルフォント化されていないのは残念だ。ぜひドラマで使われるのを見てみたかったと思う。

4_ヘブン1巻.jpg
佐々木倫子『Heaven?』1巻(ビッグコミックス、小学館、2000年)

5_ヘブン1巻.jpg
佐々木倫子『Heaven?』1巻(ビッグコミックス、小学館、2000年)

6_テレビ太明朝.jpg
〈テレビ太明朝体〉書体見本(モリサワ)

 佐々木倫子の作品は、2005年刊行の『月館の殺人』を境にしてDTPへと変わり、以降のレタリング文字はデジタルフォントをベースにしたものになり、同時にこの〈テレビ太明朝体(?)〉も作品から姿を消した。そして入れ替わるように、行書体や楷書体、隷書体など、書体のバリエーションがさらに増えていく。

7_月館の殺人.jpg
佐々木倫子『月館の殺人』上巻(IKKI COMICS、小学館、2005年)

A_クラフト墨.jpg
〈クラフト墨〉書体見本(ダイナフォント)

8_チャンネルはそのまま3巻.jpg
佐々木倫子『チャンネルはそのまま!』3巻(ビッグコミックス、小学館、2010年)

B_行書体.jpg

〈行書体〉書体見本(ダイナフォント)

9_チャンネルはそのまま4巻.jpg
佐々木倫子『チャンネルはそのまま!』4巻(ビッグコミックス、小学館、2011年)

C_細楷書体.jpg
〈細楷書体〉書体見本(ダイナフォント)

10_チャンネルはそのまま6巻.jpg
佐々木倫子『チャンネルはそのまま!』6巻(ビッグコミックス、小学館、2013年)

D_唐風隷書体.jpg
〈唐風隷書体〉書体見本(ダイナフォント)

 見本が写植だろうとデジタルフォントだろうと、どうせ手で書くならどちらでも構わない、だからあえて変える必要もないような気がするのだけれど、時代によって書体がアップデートされているのがおもしろい。
 切り貼りする写植と、描く写植。
 コンピューターの画面上で配置するフォントと、描くフォント。
 その違いはどこにあるのだろう。
 よく考えてみれば、手描きの文字をわざわざ既成の書体に寄せるなんて不思議な話だ。
 マンガも印刷物なのだから、その書体を望むなら本物をつかえばいいし、どうせ手描きするなら「らしさ」を強調した唯一無二の文字を書こうとするほうが自然だろう。
 でも、佐々木倫子が描く普通の世界の、魔法や特殊能力を持たない平凡な人々には、目に見えない枠や基準線によって均整を保っているレタリング文字の生真面目さがよく似合う。
 その真似しがたい組み合わせの妙を味わうことも、密かな楽しみのひとつである。
SHARE