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第8回

オレたちの声

[ 更新 ] 2019.07.10
 大学でつきあった同級生の彼は、本にまったく興味がないひとだった。
 小学校から高校までずっと部活(野球)漬けの日々だったので、やかまし村も、コロボックルも、サリンジャーも知らない。
 一方の私はスポーツが苦手で、野球のルールも選手も知らない。
 なぜ好きになったのかと言われると困るが、とにかく共通の話題がなくて、マクドナルドで言葉少なにコーラを飲んだりしていた。

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井上雄彦『SLAM DUNK』1巻(集英社、1991年)書影

 そんな彼の殺風景な部屋にもカラーボックスの小さな本棚があり、そこには見覚えのある背表紙のマンガが並んでいた。『SLAM DUNK』のコミックス全巻だった。ひとり暮らしを始めるとき、数冊の辞書や雑誌といっしょに実家から持ってきたという。

 『SLAM DUNK』は言わずとしれたスポーツ漫画の金字塔で、90年代の「週刊少年ジャンプ」を代表する作品のひとつだ。
 不良少年の桜木花道が同級生への一目ぼれをきっかけにバスケットボール部に入部し、仲間やライバルと出会って成長する青春物語。バスケ経験ゼロの初心者でありながら、わずか4ヶ月でインターハイに出場するまでを描き、単行本の売上げは1億2000万部を超えるミリオンセラーとなった。
 彼の手許にあったのは、そのうちの31冊ということになる。

 『SLAM DUNK』が「週刊少年ジャンプ」で連載されていたのは1991年から1996年まで。
 最大発行部数653万部という驚異的な記録を残し、数々の大ヒット作が生まれた「ジャンプ」黄金期である。
 男子も、女子も、体育会系も文化系も、夢中になって読んでいた。
 だからスポーツに興味がない私でさえ、ゴールに力強く叩き込むシュートを「ダンク」と呼ぶことや、「リバウンドを制する者は試合を制す」(みずから取る!)ことを、常識であるかのように知っている。

 それで、そのとき久しぶりに『SLAM DUNK』を読み返した。
 今にいたるまで、あれほど真剣にマンガを読んだことはない。
 嬉しかったのだ。お互いの存在をまだ知らなかったころ、別々の場所で、同じ体験をしていたという感じ。「ジャンプ漫画」には、そういう力がある。
 
 『SLAM DUNK』に出てくるキャラクターの中で、木暮君が好きだと彼は言った。
 「メガネ君」こと木暮公延は、副キャプテンでありながら湘北高校バスケ部のスタメンではない。
 試合に出る機会は少なくても、驚異的な才能を秘めた新人の影で目立たなくても、重要な場面で実力を証明するシックスマン、「三年間がんばってきた男」である。

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井上雄彦『SLAM DUNK』11巻(集英社、1993年)〈ゴナ〉

 「オレたちは強い」と奮い立つ5人の中に、木暮君はいない。
 姿は見えないけれど、咆哮する男たちを、ずっと近くで見ていただろう。その声に胸を熱くして、心の中でいっしょに叫んでいただろう。
 そんなことを考えていたら、それは木暮君だけではないと気づいた。
 文字を通して声を聞いていたのだ。
 床に響くドリブルの音、会場の声援。私たちは頭の中で文字から様々な音を再生し、感情移入し、畏怖や憧れを投影していた。だからこそ、文字のないラストシーンが「無音」に感じられたのではなかったか。

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鳥山明『DRAGON BALL』27巻(集英社、1991年)〈ゴナ〉

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原作:三条陸/作画:稲田浩司/監修:堀井雄二『DRAGON QUEST ダイの大冒険』27巻(集英社、1995年)〈ゴナ〉

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和月伸宏『るろうに剣心』14巻(集英社、1997年)〈ゴナ〉

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梅澤春人『BOY』15巻(集英社、1996年)〈ゴナ〉

 当時の少年マンガに欠かせない〈ゴナ〉は、かっこいい決めゼリフや必殺技の定番だった。
 この書体でかかれた「オレ」という一人称は、あのころ見ていたジャンプヒーローたち全てを含んでいるように思える。『DRAGON BALL』(鳥山明)の孫悟空が放つ「元気玉」みたいに、文字にこめられた想念が蓄積され、イメージの集合体となって、強いエネルギーを発している。
 でも各作品の顔として使われていた書体は、それだけではない。
 例えば『SLAM DUNK』の場合、〈ファン蘭〉や〈ゴカール〉に「お約束」の役割が与えられ、カスタネットやシンバルみたいな明るい音色を生みだしていた。

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井上雄彦『SLAM DUNK』4巻(集英社、1991年)〈ファン蘭〉

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井上雄彦『SLAM DUNK』15巻(集英社、1993年)〈ファン蘭〉

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井上雄彦『SLAM DUNK』10巻(集英社、1992年)〈ファン蘭〉

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井上雄彦『SLAM DUNK』4巻(集英社、1991年)〈ゴカール〉

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井上雄彦『SLAM DUNK』5巻(集英社、1991年)〈ゴカール〉


 マンガに使う書体を選ぶのは漫画家ではない。
 それは編集者の役割だが、担当編集者も勝手に選んでいいわけではなく、各編集部では書体使用の基本的なルールが決められている。その土台が「ジャンプらしさ」であり、さらに作品によって異なる感性の表現もある。
 書体の選択が個性の一部となり、絵と文字が組み合わさって、初めて、作品の世界をつくりあげていた。

 『SLAM DUNK』と同時期に連載された人気マンガ『ろくでなしBLUES』(森田まさのり)では、「何やってんだおまえわ!」「そうぢゃねえ!」といった独特の表記とともに、〈大蘭明朝〉が存在感を示していた。

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森田まさのり『ろくでなしBLUES』25巻(集英社、1993年)〈大蘭明朝〉

 眉をつりあげた表情、ちょっと巻き舌のしゃべり方。腹の底から絞り出すようなドスの効いた声。
 感情が爆発する瞬間の緊迫感が、書体の変化から伝わってくる。

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冨樫義博『幽☆遊☆白書』12巻(集英社、1993年)〈ゴナIN〉


 冨樫義博の『幽☆遊☆白書』によく登場するのは、文字の輪郭に黒いフチがついている、ちょっと変わった〈ゴナ〉だ。
 これは〈ゴナ〉ファミリーのなかでも最後(1985年)につくられた〈ゴナIN〉で、エネルギーの波動がぶつかりあう感じ、霊気が電流みたいに身体を貫く感じがする。
 私が想像するのは、昔のアニメなんかで見たことのある「雷に打たれる」場面だ。ビリビリっとしびれた瞬間、身体の内部が白黒のガイコツになってしまうアレを、書体で表現しているように見えるのがおもしろいと思う。

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秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』79巻(集英社、1993年)〈ゴナIN〉

 一方、〈ゴナIN〉を多用するといえば、むしろ『こち亀』のほうが印象深いかもしれない。
 長期連載ゆえに書体の使い方で年代がわかってしまう『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治)では、「ビックリして目を白黒させる」イメージで使われている。特別な言い回しではないセリフでも、文字を見ただけで『こち亀』だとわかってしまうのが不思議だ。

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うすた京介『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』1巻(集英社、1996年)〈スーシャ〉

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原作:真倉翔/作画:岡野剛『地獄先生ぬ〜べ〜』13巻(集英社、1996年)〈淡古印〉

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つの丸『みどりのマキバオー』10巻(集英社、1997年)〈イボテ〉

 友達とハマったギャグ漫画『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』の、エレガントさが逆にシュールだった〈スーシャ〉。
 オチがわかっていても怖かった『地獄先生ぬ〜べ〜』の〈淡古印〉。
 マキバオーの鼻の穴みたいだと思いながら見ていた『みどりのマキバオー』の〈イボテ〉。
 ジャンプ読者は、たった十数ページで切り替わる、作品ごとの文法や様式をちゃんと理解していた。
 
 私たちが「ジャンプ」から教わったのは、真摯な努力が報われることや、大切なものを守るための勇気や、喧嘩するときのタンカだけではない。
 多様な書体の違いを見分け、共感すること。怒りや、哀愁や、感情の微妙な揺らぎを感じとること。
 それを毎週、500万人以上もの読者が受容し、反復していた。
 あのころの私たちは、気づかないうちに――、バスケットボールが上達した桜木花道みたいに、異様なスピードで、マンガの文字のリテラシーともいえる才能を花開かせていたのかもしれない。
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