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第19回

時代の交差点(後編)

[ 更新 ] 2021.11.22
 二十年以上も昔のことで、トリックの詳細については記憶が曖昧だけれど、たった一度だけ上演された“私たちの”『古畑任三郎』は、新進気鋭の美しいピアニストが作曲家に殺されるというストーリーだった。
 私(当日は音響係をやっていた)以外に女子がひとりもいなかったので、出演者は全員、男子である。異様に背の高い女性ピアニスト役は、長い髪のカツラをかぶったワンピース姿のバレー部員だし、父親の冠婚葬祭用スーツを衣装に改造した古畑任三郎といい、広いオデコを異様に強調した今泉巡査といい、完全にものまねコントであった。いちばん見せ場の多い犯人役のA君は、どさくさにまぎれて、石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」をアドリブで熱唱した。
 それはもうカオスで、客席は大笑いしていたけれど――緊張のあまりCDプレーヤーのデッキで顔を隠すようにして、教室の隅から見ていた私は、本気で感動したのだ。
 パソコンのキーボードから生まれた、もうひとつの世界。
 『古畑任三郎』のテーマ曲を流しながら、自分の名前がタイトルバックに大写しされたような晴れがましい気持ちになった。
 
 あの日の私は、どんな文字を頭に描いていたのだろうか。
 そんな疑問がわいたのは、今年の春につたえられた田村正和さんの訃報がきっかけで、ドラマの再放送を観たときのことだ。
 画面にテンポよくあらわれては消える文字を目で追っているうちに、ふと何かに引っかかりを感じた。
 違和感の正体がわからないまま、最後まで見たあと、どうしても気になってオープニングを再生した。ひょっとしたら、犯人に疑惑を抱いた古畑任三郎みたいな顔つきになっていたかもしれない。
 やっぱり、そうだ。間違いない。
 『古畑任三郎』のタイトルバックには、異なる書体が混在していた。


『古畑任三郎(第2シリーズ)』(フジテレビジョン、1996年)〈ナウ〉

『古畑任三郎(第2シリーズ)』(フジテレビジョン、1996年)〈ゴナ〉

 私が観ていたのは、1996年の1月〜3月に放送された第2シリーズの初回である。
 田村正和、西村雅彦、三谷幸喜といった、毎回必ず出てくるキャストや制作陣の名前は〈ナウ〉という書体で記されているのだが、ただひとり、犯人役の明石家さんまだけ、別の書体〈ゴナ〉になっている。
 「そんなはずはない」
 と、咄嗟に思った。
 〈ナウ〉はパソコンのデジタルフォントとして流通しているけれど、そのルーツは写植書体である。写研のモダンゴシック体〈ゴナ〉の大ヒットを受け、別の写植メーカーであるリョービから1979年に発売された。
 ふたつの書体はとてもよく似ている。
 似ているからこそ、両者を混ぜることに必然性が感じられなかった。
 一瞬にして切り替わる画面上で、特定の名前を強調するならば、そこだけ明朝体に変えるとか、色やサイズを変えるとか、もっとわかりやすい方法が他にあるはずだ。
 この回に限って、何かの手違いだったのかもしれない。
 そう思って確かめると、シリーズを通して同じ組み合わせ――基本の書体は〈ナウ〉で、ゲスト俳優の名前だけに〈ゴナ〉が紛れこんでいる――ということがわかった。


『警部補 古畑任三郎(第1シリーズ)』(フジテレビジョン、1994年)〈ナウ〉
 
 そこで他のシリーズも見直してみた。
 第1シリーズ(1994年4月〜6月)で使われている書体は、役柄に関係なく〈ナウ〉のみである。
 混在が始まるのは、第2シリーズ以降だ。
 第3シリーズの開始直前に放送された特別編『古畑任三郎 vs SMAP』(1999年1月)は、スタッフの名前が〈ゴナ〉、役者名が〈ロダン〉で記されている。写植由来ではないDTP用デジタルフォントが登場するのは初めてだ。また一部にはコンピュータで変形したような文字も含まれている。


『古畑任三郎 vs SMAP』(フジテレビジョン、1999年)〈ロダン〉木村拓哉
 
 SMAPとの対決が過渡期だったのだろうか。
 第3シリーズ(1999年4月〜6月)が始まると、今度は〈新ゴ〉が基本書体となる。
 〈新ゴ〉も〈ゴナ〉に似た太ゴシック体だ。
 ようやく統一されたかと思いきや、奇妙なことに、またしても怪しい容疑者がいる。
 歴代ゲストのなかで唯一、犯行未遂に終わった古畑の旧友役の津川雅彦をはじめ、松村達雄、岡八郎、玉置浩二などの名前は、よく見るとレタリング(手描き文字)なのである。


『古畑任三郎(第3シリーズ)』(フジテレビジョン、1999年)〈新ゴ〉

『古畑任三郎(第3シリーズ)』(フジテレビジョン、1999年) レタリング
 
 さらに文字の変遷を追った。
 レギュラー放送終了後、約5年の歳月を経て、スペシャルドラマ『すべて閣下の仕業』(2004年1月)、そして『FINAL』(2006年1月3日、4日、5日)が制作されたのは、デジタル放送が始まった後のことだ。
 それらの新作では、さすがに〈新ゴ〉で決着したかに見えて、いや、まだ終わらない。ゲスト俳優の名前が〈平成角ゴシック〉になっている。ここまでくると確信犯である。
 もうひとつ付けくわえるなら、オープニング以外にも大きな変化が起きている。第1シリーズからずっと〈石井太ゴシック〉だったエンディングロールの文字が〈平成角ゴシック〉に統一されたのだ。
 21世紀への突入とともに、写研の文字は『古畑任三郎』から完全に姿を消した。


『古畑任三郎(第3シリーズ) #6 絶対音感殺人事件』(フジテレビジョン、1999年)〈石井太ゴシック〉

『古畑任三郎(FINAL)今、甦る死』(フジテレビジョン、2006年)〈平成角ゴシック〉

 オープニングで使用された主な書体をまとめると、以下のようになる。
 〈ナウ〉→〈ナウ+ゴナ〉→特別編〈ゴナ+ロダン(作字あり)〉→〈新ゴ+手描き文字あり〉→〈新ゴ+平成角ゴシック〉
 文字を基調にした演出、白・黒・赤の配色、おなじみのテーマ曲から成るタイトルバックの構成は踏襲しながら、約十二年のあいだに映像のCG技術は劇的に進歩している。そして書体も入れ替わるように変化していった。
 その様相は、活字、写植、デジタルフォントが複雑に入り混じっていたころの印刷の世界に近い。
 
 ただし、どうも不可解な点がある。
 本や雑誌の場合、写植からDTP用デジタルフォントへと変わるパターンが定石だった。
 リョービの〈ナウ〉やモリサワの〈新ゴ〉はデジタルに移植され、フォントとして発売され、パソコンにインストールすれば誰でも使えるようになった。
 一方、〈ゴナ〉をはじめとした写研書体はそうならなかった。だから世の中にDTP化の波が押し寄せたころ、それまで広く使われていた写研書体は、似た雰囲気のフォントに置き替えざるを得なくなった。〈ナウ〉や〈新ゴ〉は、〈ゴナ〉の代替書体の代表例である。
 といっても、その流行さえ旧聞に属する話で、十年以上も前のことだ。
 そのような世界線で生きてきた身としては、テレビドラマ『古畑任三郎』の第2シリーズで、ごく一部の文字だけが「新しく」置き換わる――それが他でもない、写研書体の〈ゴナ〉であることが意外だった。
 しかも第3シリーズでは、手描きの文字が「新たに」使われている。
 まるで時間が逆行しているかのようではないか。
 これはどういうことだろう。
 そもそも、『古畑任三郎』のタイトルバックが作られた90年代後半、テレビ画面に文字を映し出すには、どのような方法があったのだろうか。
 
 いまやスマホ一台で動画編集ができる時代だ。好きなフォントを選び、文字を自由に配置することも当たり前になった。
 しかし1953年の開局以来、長い間、テレビの文字は手書きが普通だった。
 黒い用紙に白のポスターカラーで字を書き、映像と合成してオンエアしていた。放送局内の専門部署には、美術学校の卒業生だけでなく、広告のデザイナーや看板書きの経験者があつまっていたという。
 そんなテレビ業界に写真植字が普及することになったのは、前回の東京オリンピック(1965年)がきっかけだ。大河ドラマ『いだてん』で、金栗四三が東京の街を足袋で駆け抜けた、あの時代である。
 オリンピックの放送を目前に控えたNHKの要請に応え、テレビテロップ専用の写真植字機を開発した写研やモリサワは、写植の文字をテレビの分野にも積極的にひろげていった。
 
 写研の電子テロップ作成機「TELOMAIYER(テロメイヤ)」は、当初、文字盤を使って印字したテロップカードを出力する機械だった。80年代後半には、モニター上で文字を入力・デザイン処理して、放送機器にデータを送ることが可能となる。さらに改良を重ねて、ついに文字盤を廃し、代表的な写研書体をデジタル化した文字が搭載された。ただし、それはDTP用デジタルフォントとは異なる独自の規格をもつものだった。(参考文献:布施 茂『技術者たちの挑戦 写真植字機技術史』2016年)
 その歴史を、金属活字から始まる近代印刷と同列に語ることはできない。最終的にインクを使って紙に印刷することと、画面に表示することのあいだには、大きな違いがあったはずだ。
 あのころ、私たちがテレビ画面の中で目にしていたのは、本や雑誌の文字と同じようでいて、実は並行して存在する、もうひとつの世界だった。


『ASAYAN』(テレビ東京、1997年)〈ゴナかな〉

 90年代のニュースやバラエティ番組で様々なテロップを使った演出が流行したのは、写植の多書体文化がテレビに波及し、個性的な書体が求められていた背景もあるだろう。
 1997年、「モーニング娘。」に「。」がついているという事実を強烈なインパクトで視聴者に知らしめたテロップは、写研の〈ゴナかな〉である。手動写植の時代にはなかった書体で、1989年に電算写植機専用フォントとして発売された。それがテレビのテロップに使用されるということは、つまり環境が違っても、幅広い書体を選択できたことが窺われる。

 時代の大きな転換点にあって、それでもなお、文字の風景が様変わりする未来を誰も想像していなかったころ。
 当時の空気を伝える手がかりが、『古畑任三郎』第3シリーズの次回予告に残されている。
 古畑任三郎が犯人の退場を誘うエンディング。画面の向こうには誰もいなくなり、テーマ曲だけが流れる。静かな余韻を楽しみながらスタッフロールを見届けたあと、打って変わって力強い予告映像が始まるのだが――、視聴者に発表される次回の犯人役、そしてゲスト俳優の名前には、第2シリーズと同じ写研書体の〈ゴナ〉(正確には〈ゴナU〉)が使われ続けているのだ。ところが翌週、実際のオープニングになると、同じ名前が〈新ゴ〉に変わっている。


『古畑任三郎(第3シリーズ)』(フジテレビジョン、1999年)〈ゴナ〉次回予告

『古畑任三郎(第3シリーズ)』(フジテレビジョン、1999年)〈新ゴ〉オープニング

 第3シリーズといえば、オープニングの基本書体がDTPデジタルフォントの〈新ゴ〉に変わり、なぜか手描き文字が混ざっているというミステリアスな時期である。
 書体が変わるのは〈新ゴ〉のみで、手描き文字の場合は予告・本編ともに違いはない。
 第1シーズンが〈ナウ〉で統一された状態から始まったように、本来なら〈新ゴ〉でそろえるべきだったのに、何かの事情によって、次回予告の制作現場では使えなかったのだろうか。
 そこで頼れるベテランの存在〈ゴナ〉を代役にした。まるでよく似た風貌の共犯者が入れ替わるように。
 
 その混沌とした時代は、巨大なスクランブル交差点を連想させる。
 黒い背景をバックに、画面の上下、そして横から、数えきれないほどの白い文字が無秩序にあらわれては通り過ぎてゆく。
 近くですれ違っているときは気づかない。
 ビルの上から見下ろす交差点のように、俯瞰できるようになって、初めて見えてくるものがある。
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