ウェブ平凡 web heibon




第242回

生まれてはじめて見ました。

[ 更新 ] 2021.06.10
四月某日 晴
 なんとなく、重い。気持ちが重いのか、体が重いのか、よくわからないのだけれど、重い。
 と感じはじめて、今日で約一週間。新型コロナのもとでの生活が、自分の精神をむしばんでいるのかもしれない。
 繊細な自分。と思いながら、久しぶりに体重計に乗ると、前にはかった時よりも三キロ体重が増えている。
 夜、自分に向き合って、自分と対話。
 ――あなたは、気持ちが弱っていますか? そのために食欲がなくなったりしていますか?
 ――いいえ。
 ――あなたはむしろ食欲があり、そのうえ元気いっぱいですか?
 ――......どちらかといえば、はい。
 ――あなたはその元気を持てあまし、いつもよりもつい食事の量が多くなっていますか?
 ――......はい。
 自分と向き合うつらさをしみじみ感じながら、「繊細な自分」という言葉を心の手帳から消し去り、かわりに、「シャチはのしかかって獲物をしとめる」(昨夜「ダーウィンが来た!」で知った豆知識)と、書きこむ。


四月某日 晴
 駅ビルのスーパーマーケットへ買い物に。
 途中にある大型家電の店の前の歩道に、女性がしゃがみこんで電話をしている。
「痴情のもつれなのよ、うん、痴情のもつれ。だからぁ、痴情のもつれが」と、大声で電話の向こうの誰かに向かって繰り返している。どうやら、相手が「痴情のもつれ」という言葉を理解してくれていない様子。
 しまいに女性は立ち上がり、
「あのね、チジョウノモツレ。チ・ジョ・ウ・ノ・モ・ツ・レ」と、スマートフォンを平らにして、さらに大声ではっきりと。
「痴情のもつれ」という言葉を実際に口にしている人を、生まれてはじめて見ました。ちなみに、小説の中では、わたしは二回ほど使ったことがあります......。

四月某日 晴
 立川の美術館で開かれている展覧会に行く。
 帰りの電車の中で、アベノマスクをしている男性を見る。
 安倍前首相以外で、実際にアベノマスクをしている人を、生まれてはじめて見ました......。

四月某日 晴
 知人がバングラデシュに住んでいるという友人と、立ち話。
「バングラデシュは、ずっとロックダウンが続いているんですって」
 とのこと。
「大変だね」
 と言うと、
「でも、ロックダウンが長く続きすぎて、陽気なバングラデシュの人たちのステイホームがどんどんゆるくなってきているから、この前、さらに厳しいロックダウンに移行したそうなの」
「厳しいって、どんなロックダウン?」
「ハードロックダウンだって」
 その昔、バングラデシュ・コンサートを主催した泉下のジョージ・ハリスンは「ハードロックダウン」について何を思うだろうか......と、しばし放心。
 でも、バングラデシュの人たちが陽気だと知って、なんとなく嬉しいです......。
SHARE