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第16回 

お酒と大人

[ 更新 ] 2022.10.13
 お酒が好きだ。といっても毎日がんがん飲むタイプではなく、現在はせいぜい週に1日か2日、飲んだり飲まなかったりというおとなしい酒飲みである。芋焼酎が好きだけど、一升の黒霧島を空けるのに2ヶ月くらいかかる。外に飲みに行くこともあるけど、それも打ち合わせや付き合い含めて月1~2回くらいで、ちゃんと電車でしゃっきり帰れる範囲でしか酔っ払わない。酒に強いか弱いかでいうと、強いほう寄りではあると思う。でも自分の肝臓を過信せず、適度にヘパリーゼとかウコンの力を投入し、水もいっぱい飲む。飲むときはちゃんと肴も頼んで、空きっ腹にアルコールは入れないように気をつけている。ちゃんぽんもなるべくしない。まあ、健康を害さない程度の、常識的な範疇の飲み方だと思う。しかしここに辿り着くまでには、悲惨な歴史の積み重ねがあった。

 恥を忍んで言うが、これまでの人生の半分近く、けっこう飲みまくっていた。酒の失敗話は売るほどある。まあまあ笑えるものから墓場まで持ってくつもりのものまでいろいろだ。いくつかピックアップしておもしろおかしく書けば、それだけで文字数が埋まり今週のノルマが達成すると思うけど、ここに具体的なことは書かない。
 昔からエッセイが好きで、中には著者の破天荒な酒飲みエピソードが書かれているものもたくさん読んだ。私はそのメチャクチャな話をごく若いころから楽しんで、そしてどこかで憧れていた。それに気付いたので、もうなるべく自分の飲酒ネタの具体的な話を書くのは控えようと思っている。どんなばかばかしいエピソードでも、いやそれがバカであればバカであるほど、そういう荒れた飲酒に憧れを持つ人をわずかでも生み出してしまう可能性がある。それをしたくない。酒を飲んでしっちゃかめっちゃかになるのは、自分にとっても他人にとっても(ほんとに)決してよいことではないから、書かない。
 私は若いころお酒と処方薬を濫用していた時期があり、それについて後悔しており、いま生きているのはたまたま運が良かっただけという事実だけを告白したい。直接の因果関係は分からないけど、上記のような生活を数年して以来記憶力がものすごく落ちた。今も何でもメモとかで物理的に残しておかないとどんどん忘れてしまう。シンプルに不便だ。41でこれなら、10年、20年後はどうなるのかなと恐ろしくも思っている。今のところ自覚症状はないけど、他にもいろいろダメージは食らってると思う。20年ほど通っている、池袋某所の最も信頼しているバーのマスターは、酒飲み一年生の時期の私に「酒はドラッグやからね」と何度も釘を刺してくれた。今になってやっとその忠告が沁みている。
 国内外の本、フィクション、ノンフィクション問わずあれこれ読んでいると、「日本は酒が手に入りやすすぎる」という指摘を散見する。公道での飲酒を禁じている国や都市もあるし、お酒を買うハードルが高く特に未成年が手を出しづらいシステムになっているところもある。それに比べると、確かに、日本はお酒が入手しやすい。最近は減ったけど自販機で売ってるし、コンビニで24時間入手できるし、年齢確認や身分証の提示も、見た目が成人に見えればほぼされない。私なんぞ12歳くらいで今の身長と顔とふてぶてしさが完成してしまったので、未成年のうちからどこで飲んでもどこで買っても咎められることすらなかった(言うまでもないけど良い子も悪い子も普通の子もまねをしてはいけません)。
 かててくわえて、日本は社会全体がよっぱらいの所行になんとなく寛容だ。大の大人が酔っ払って醜態を晒しても、そりゃ推奨や称賛こそされないが、「まあよくあることだよね」「憂さが溜まってたんだろうなあ」と同情のまなざしを向けられることすらある。普段カッチカチの社会規範にハメられて過ごしがちなことの反転なのか、酒を飲んだら何を言っても何をしてもノーカン、無礼講という名の下に人としてのリミッターすら外してしまう人もいる。それで財布落としたとかドブにはまった程度で済めばいいが、性犯罪をおかしたり自分の命を危険に晒したりすることもある。
 日本社会のお家芸的に扱われている「本音と建前」というフレーズ、しかし実際のところ、うちらはこのツールをぜんぜん使いこなせてないのでは? と思う。特に酒に関しては。腹を割って話そうと言っては酒を飲み、酒の席でのことだからとその割った腹の中身をあいまいにしてしまう。酒が入らなきゃ話せないことは話さないほうがいいし、酒が入っててもやっちゃダメなことはやっちゃダメだ。酒は文字通り、大人の飲み物で、酒で極端にコントロールを失ってしまう人は飲んじゃいけない。大酒飲みだったころの私は「酒が悪いんじゃない、私が悪いんだ」と言いながらへらへらしていたが、酒飲みのそういう言い訳もまことにダサいし痛い。かっこつけてるつもりなのか?(つもりでした)
 昔に比べれば、「酒が飲めないやつは半人前」みたいな価値観も減ったと思う。仕事の付き合いで酒が必須という業界はまだあるだろうけど、それも徐々に過去の遺物になっていくだろう。私の周囲にも酒が飲めない・弱い人が大勢いる。というか、本来ヒトのデフォルトってそれくらいのラインなんじゃないだろうか。あんな刺激の強いものを嗜好してばかすか飲める個体のほうがイレギュラーだ。飲み過ぎるともちろん身体に悪いし、あと金もかかる。
 余談だけど、日本食って基本的に酒に合わせるようにできてるよね。なので美味しいものを追求すると酒に行き着いてしまうのは分かる。飯の味を殺さない程度にほどよく飲めばよいのだ。フランス料理やイタリア料理も古典的なレシピはワインとセットが前提だ。酒によって発展してきた文化というのは確かにある。でも趣味でカレー(インド料理)作るのにしばらく凝ってたんですが、酒を必要としないレシピだなあ(料理にもほぼ酒を使わない)ということに気付いて面白かった。酒なしでも文化は回る。
 最近の若いもんの間では「しらふでいるほうがクール」という価値観もあるらしい。立派だ。見習いたい。けど、「ダサくていいから酩酊させてくれ」という自分もいる。前に一切酒を飲まない実父に「どうしてお酒なんか飲むの」というハイパーシンプルな質問をされたことがあるのだが、酒を酔うまで飲むやつは、失いたいんだと思う。自分を。もちろん、褒められることではない。いつか私もこのライナスの毛布のような酒瓶と決別することができるのだろうか。酒を飲まずに生きていけるようになった時こそ、ほんとうに成人を迎えた気分になれる気がする。(以下次回)
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