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第13回

住まいと大人

[ 更新 ] 2022.08.24
 キミは「完成していない家」に住んだことはあるか。私はある。実家がそういう家だったからだ。ていうか、今もそう。実家ヒストリーを語ると長くなってしまうので詳しい事情ははしょるが、文字通り、床とか壁とか窓とか配線とかドアが一部無い未完成の家に一家3人で暮らしていた。慣れてしまえばたいした不便もないのだが、そんな状況に慣れる機会というのも普通はなかなか無いだろう。
 どういう星回りなのか、昔からなぜか変な家にばかり住んできた。間取りが異様で住みにくい借家(後に元はどっかの金持ちが愛人を囲いギャンブルをするために建てた隠れ家と判明)、セルフビルドなのはいいんだけど永遠に完成しないログハウス(現実家)、ホラー映画の舞台になりそうな廊下が歪んでる古くてボロボロの築50年オーバーの学生寮、留置所より狭くて暗くて汚いトイレ共同シェアハウス、窓を開けると隣んちの風呂場の窓が真正面にあり自動的にのぞき犯みたいになってしまうアパートなどなど、珍妙な物件でずっと生活してきた。
 所謂ふつうの部屋、窓と壁と鍵のかかるドアと床と天井と個人用の水洗バス・トイレがある部屋で暮らした経験は、今住んでる部屋とその前の部屋だけ(つまりここ十数年くらい)である。今の部屋なんてなんとバス・トイレ別で追い焚き機能付きである。お大尽か? 風呂に入るたびに「出世した……」としみじみしてしまう。独立した清潔なお風呂、本当に快適。素晴らしい。もうこれを手放したくない。
 30過ぎてから周囲の年上の友人知人からちょくちょく聞くようになったフレーズに「アラフォーになってユニットバス生活はキツい」というのがある。単身向けの安い賃貸住宅のほとんどが風呂トイレ洗面台が一体になった所謂3点式ユニットバスだと思うけど、その設備で暮らしているとだんだん身体がしんどくなってくるのだという。これはね、マジでそうなんすよ。ユニットバスって基本的に毎日ゆっくりお湯に浸かる想定の作りではない。そして中年は湯に浸かりたいのだ……。銭湯の数も減ってきた今、自分ちで毎日湯船に浸かるくらいの贅沢はしたい。シャワーだけで済ます日が続くと、昔と比べて明らかに疲れが取れにくくなっているのが分かる。でも日本の住宅事情だと都市部でお風呂環境にこだわるといきなり家賃がハネ上がるのよね……。
 とにかく一人暮らし、それも東京で暮らすというのはお金がかかる。なんてったって家賃が高い。今の私の住んでる部屋だって都内相場よりはだいぶ安いが、それこそ北関東の地元なら小さい一軒家くらいは借りられてしまうだろう。それでも私は東京に住むことにこだわり続けている。歩いて埼玉県に行けるくらい(そしてそっちのほうが格段に家賃が安くてなんなら利便性も高い)の東京の端っこでも、意地で都内に住んでいる。そう、意地である。
 東京で暮らす、ということの文脈は、その人の出身地、世代、家庭環境、ジェンダー等によって大きく違ってくると思う。自分は80年代に東京で生まれたが、生後すぐに北関東の山奥に引っ越し、18までそこで過ごした。オフィシャルのプロフィールには東京都出身と書いていて、ウソではないが所謂「東京出身者」でもない。かと言って実家のある場所を出身地として書くのも戸惑いがある。18年プラスアルファ暮らしていても、いっこうにその土地に馴染めなかったから。緑あふれる豊かな自然に囲まれた子供時代、物心ついてから常に「将来は絶対に東京で生活する」と決めていた。「ここは私の居場所じゃない」と強く感じていた。その土地には何の地縁血縁もなく、私(たち一家)はアウトサイダー扱いされていた。物心両面で異様にタフな両親は平気な顔をしていたが、私は脆弱だった。こういう話をすると親が申し訳無さそうにするのが申し訳ないのだが、まあ、しょうがない。こればっかりは。子供は生まれ育つ土地を選べないし、保護者のほうだって子供がどんな人間になるかなんてわかんないで育ててる。この程度の「めぐり合わせの悪さ」はありふれた話だろう。
 というわけで18歳になったら速攻で家を出て住民票までマッハで移したのだが、ここで「地元でない場所で暮らしたいならなにも東京でなくても、他の場所でもよかったのでは」とか言うやつは分かっていない。東京であることが大切なのだ。東京でなければ意味がない。この「東京への憧れ」が、たぶん人によって大きく違ってくる部分なのだ。
 私にとって東京は本当の出身地、そして大人になれる(はず)の街だった。そこに行けばどんな夢もかなうというガンダーラ的視線を向けていた。なんてったって文化の中心、街中に書店と映画館とライブハウスが溢れるメガロポリスだ。観たかったもの、欲しかったものがすぐ手に届くところにある。そんな街は東京だけだ。少なくとも、山の中でくすぶり、恥ばかりかいてきた18年をリセットし新しい人間に生まれ変わることができると信じていた。もちろん、東京はただの東京だから、そんな魔法を私にはかけてくれなかった(稀にかけてもらえる人もいます)。私を別の誰かにもしてくれなかったし、めざましい成長もさせてくれなかった。
 何で読んだか忘れてしまったが昔「上京ネタというのはクリエイターが切れる一世一代のカード」という文言を見て、これは分かるなと思った。いま、大体のことは事前に調べればある程度の情報が得られ、どうなるかの予想もつけられる。でも、上京だけは調べても何も分からない。自分が東京でどうなるのか、行ってみないと分からない。上京、それは最後のフロンティア。音楽でも小説でもシナリオでも、この一大スペクタクルをクリエイティビティの芯にしている人は多いだろう。
 しかしほんとはもうこんな「東京志向」も、じゃっかん古臭いんだろうな。今は地元で文化的に過ごす方法を模索したり、もっとグローバルに海外に目を向ける若者もいっぱいいるだろう。私は東京しか知らんかった。北関東には近くて遠い東京の輝きだけがキラキラと届いていたから、それだけを羽虫のように追い求めた。
 都民税払いたくねえ~と文句を言いながら、これからもたぶん東京に住み続けると思う。東京は18の私を大人にはしてくれなかったし、結局恥も重ね塗りした。それでも私にはここしかない。ここには私が入れる隙間がある。大人になれない40代の、ふらふらした得体の知れない人間をそのまんま放っておいてくれる街は、ここしかないのだ。ここにしがみつくしかないのだ。(以下次回)
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