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第9回

食と大人

[ 更新 ] 2022.05.23
 人生トータルで15年くらい一人暮らしをしており、まあまあ自炊をする。といってもそんなに凝ったものは作らない(作れない)。その日冷蔵庫に入っているものを使って、何らかの何らか炒めや、何らかのスープや鍋物等を作って適当に済ませている。実家にいるときもけっこう料理してたし、厨房系のアルバイトもいくつか経験しているので、調理の腕前は並程度はあると思う。得意料理はおでん、生姜焼き、茄子の煮浸し、クレープなどなど。味や食材の好き嫌いも少なく、食べることそのものが好きで、胃腸もわりと丈夫だから辛いものも酸っぱいものもモリモリ食べる。揚げ物や肉料理も大好き。外食ももちろん好きだし、居酒屋通いが趣味のひとつで、ボトルを入れてる店は近所に4軒くらいある。今までそんな自由気ままな食生活をおくってきた。

 で、現在はどういう食生活をしているかというと、「あすけん」(スマートフォン用食生活記録アプリ)にコーヒーの一杯までを記録して、なんとか一日の摂取を1600kcal以内におさめんとハラハラドキドキしている。食生活が目方でドン状態(若い人は知らんぞ)。ちょくちょく書いてますが長年のテキトー生活が祟って肉体がプチ壊れてまして、ブッ壊れる前になんとか修繕しないといけない緊急事態に陥っているのです。

 あすけんは現在の年齢と体重と目標値を登録すると一日に何をどれくらい食べていいか示してくれるのだが、これがもうびっくりするほど簡単にバーストする。朝にパンと卵とバナナとカフェオレ飲んで、お昼は近所の喫茶店でランチセットでもいてこますか、そんでちょっと休憩がてらいただきもののクッキーでも食べるか、とかやってると、とくに暴食もしてないのに午後3時の時点でその日摂っていいカロリーをやすやすとオーバーしよる。ここでぐっと我慢して次の日の朝まで白湯を飲んで過ごすか、見なかったことにして夕飯を普通に食って未来(あすけんアプリ内に住まうキャラクター。通称あすけんの女)を泣かせるかの選択を迫られる。フルで一食は無理でもはるさめスープくらいならなんとか許してもらえんか? 冷奴とかもだめっすかね? 未来の顔色を伺いながら夜半に冷蔵庫を開けたり閉めたりするわたし。まるで電流イライラ棒状態だ(若い人は知らんぞ)。

 いうてね、よく食べるほうではあるけど野菜も大好きだし甘いものはそんなに食べないし、わりとヘルシー寄りの食生活おくってるほうじゃない? って自認してたんですよ。しかしその思い込みに四十路の肉体からNOのアンサーをもらってしまったわけで……。お医者さんにも「そんなに外食はしなくて、ほぼ自炊派なんスけど」って言ったんだけど「料理できる人は自分のお好きなものを好きなだけ好きな味で作っちゃいますからねえ」と返され、それはそう……ってなってしまった。実際、カロリーとか塩分とかなんも考えないで好きに食べてる日の記録を正直につけると恐ろしい数字が叩き出されたりして、これを長年続けてたらそりゃ具合も悪くなりますねと納得&反省。

 しこうして管理栄養士さんと面談するはこびとなり、普段何をどれくらい食ってるかつまびらかにし、結果まず「塩分減らせ」との厳命を受けた。しかしこれがきびしい。本当にきびしい。手前生国と発しまするは東京生まれの栃木育ち、うどんのつゆは真っ黒だし漬物に醤油or味の素をかける文化圏の人間だ。しかも辛党。塩辛と焼酎があれば一日にこにこしているお塩の国のひとなのだ。蕗味噌で延々と日本酒が飲めるタイプの中年なのだ。つらい。甘味や糖質制限はまだいい。塩。塩だけはなんとか。

 しょうがないので調味料を減塩のやつに総とっかえしてなんとかしのいでるんですが、最近は「減塩の塩」という禅問答みたいな商品もあったりして、この分野も発展めざましい。あと昔味見した減塩ポン酢とかかなりマズかった記憶があるけど、今のはちゃんと美味しい。やっぱり食事療法といえど美味しいのはだいじよね。マズいのは続かないもん。外食でも塩分に気をつけるようになったし、そしたらだいぶムクミとかも取れてきたのよ。というような話を先日友達として、これは完全に大人、いやおばはんの会話だわ……としみじみしてしまった。

 子供のころ、法事とか大人が大勢集まる場に行くと、みんながみんな9割くらい病気と健康の話をしているのが謎でしょうがなかった。もっと話すべきこと、好きな小説や映画のこととか、人はどこから来てどこへ行くのかとか、そういうだいじなことをなんで大人は話さないのか? と思っていた。実際年くってみると、健康の話が妙にしたくなるというか、持ちネタが増えてくるのに気がついた。しかも同世代と会話すると向こうもだいたい似たようなネタを持っているから話が弾む。同じくらい不摂生な生活してる飲み仲間とやる血圧デュエルや睡眠時間バトル、飲んでる青汁やヤクルトの種類レコメンドなどがやたら楽しい。そうか、あのおばはんもあのおっさんも、楽しいからえんえんと健康の話をしてたんだな……という“気付き”を得た。ハマってるゲームや漫画と同じ位置に「肉体」が存在している。それはまるで西部劇で歴戦のガンマンが愛用の古い銃について思い出を語っているような雰囲気だ。時間を共にすればするほど、ボロも出てくるしアラも見えてくる。しかし苦楽を共にした相棒だ。ボロければボロいほど変な愛着も湧いてくる。

 そういうわけで最近同年代との話題でアツいのが健康レシピの話。自炊派のやつはみんな何がしか必殺レシピをひとつふたつ持ってるもので、そういう「胃弱のときに食べるやつ」とか「風邪ひいたときに作るやつ」の話を聞くのがことのほか楽しい。土地柄もあったりして、想像もしなかったレシピを知ることも多い。

 当たり前だけど人間、食ったものが血肉になって肉体を運営しているので、寿命を延ばすつもりなら(個人的には70代くらいまでは生きたい。書きたい本がまだけっこうあるので)食い物には気をつけないといけないんだなという事実を、最近やっと身にしみて理解できるようになってきた。栄養士さんとあすけんの女と肩を組みながら、もはや大盛りや食べ放題が嬉しくなくなった疲れた内臓をいたわっていこうと思う。(以下次回)
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