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第七章 法廷──滅びる前に語れ(前篇)

[ 更新 ] 2022.03.01
 一九七二年七月十日。
 テルアビブ空港乱射事件から、四十日あまりが経過したその日の朝、記者は、容赦なく照り付ける真夏の太陽のもと、うんざりするほど長い行列に並んでいた。並んでいるマスコミ関係者たちの数は、二、三百人ほどか。記者の前後には、オランダ人もいれば、アメリカ人もいるし、少し離れたところには、日本人と思しき者たちもいる。烈しい熱気の中にあっても、几帳面にネクタイを締めているのが日本人であろうかと思われる。
 あたりには、赤みを帯びた砂漠が延々と広がっている。ユーカリの木陰では、オリーブ色の軍服に身を固めた、男女の兵士たちが銃の手入れなどをしている。
 テルアビブから二十キロほど南東に位置する町、ツリフィンにある、ここはイスラエル国防軍基地。
 有刺鉄線で囲まれた区域のほぼ中央にある建物の中で、乱射事件の三名の実行犯のうち、ただひとり生き残った、岡部洋三被告の軍事裁判がおこなわれる予定である。
 記者は、午前七時前には基地内に到着していた。
 事件の勃発時には、いち早く空港へ駆け付け、血の海を目の当たりにし、逮捕され連行されていく岡部の姿をまぶたの裏に焼き付けていた記者は、きょうの裁判本公判を半ば待ちわびていた。
 裁判を傍聴するための登録は、事前に政府のプレスオフィスに出向いて、抜かりなく済ませてあった。それなのに、国防軍当局は、有刺鉄線の外側で再度「傍聴記者証」の作成をすることにしたという。ひとりずつ、ポラロイドカメラで顔写真を撮影されたあと、その写真をプラスティックのケースに入れ、安全ピンで胸に留めた。この作業のために、記者たちは二時間以上も、灼熱の砂漠の上で待たねばならなかった。
 日射病にやられて、足をふらつかせながらたどり着いた法廷は、普段は兵士の娯楽のために使用されている映画館だった。映画館といっても、小窓を白いペンキで塗り込めて、壁にベニヤ板を張っただけのお粗末な建物である。トタン屋根を通して入ってくる砂漠の熱気によって、冷房も満足に効かないありさまで、おまけに人々が発する汗の匂いが充満し、息をするだけでも胸が苦しくなるほどの蒸し暑さであった。
 傍聴席の前には、二十数脚の椅子が並んでおり、これは軍関係者用。そのうしろの約二百席が取材記者やテレビ関係者用。数十人いると思われるカメラマンたちは、正面に向かって左側に設置された台の上に群れて立ち、被告席に向けて、盛んにカメラの焦点を合わせている。壁に沿って物々しく並んでいるのは、白いヘルメットをかぶった警備兵。
 記者は前から五番目、ほぼ中央に陣取った。正面の裁判長席、左側の検察、右側の被告と弁護人と通訳者席を、いずれもよく見通せる。裁判はヘブライ語でおこなわれ、英語と日本語の同時通訳をイヤホンで聞くことができるようになっている。
 
 午前九時四十五分。
 岡部洋三が入廷した。
 いっせいにシャッター音が鳴り響く。岡部は両手に手錠を掛けられ、オレンジ色の縞模様のシャツを着せられている。頭は丸刈り、足はサンダル履き。ゆうべはよく眠れなかったのか、まぶたが腫れている。
 この男があの男か。
 現場で目にしたときには、長い髪の毛が額まで垂れ掛かっていた。目つきは、獲物を仕留めた直後の猛獣のようにぎらぎらしていた。記者の耳に、血まみれになった現場で、叫んでいた人の声がよみがえる。
 「殺してしまえ! そいつを! その日本人を殺せ!」
 同時に、ついさっき、長い行列に並んでいたとき、近くにいたアメリカ人記者たちが交わしていた、こんな会話を思い出す。
 「オカベはね、一般的な日本人だと思わない方がいいよ。一般的な日本人は、あんなことをしない。いたって穏やかで、常識的な国民だ。あれは、普通の日本人がやったことじゃない。日本はそんな国じゃない。僕は何度か日本へ行ったことがあるから、わかるんだ」
 「しかし、日本人はやる気になったら、自殺攻撃でもなんでもやる国民じゃないか。不可能なことでも、精神力で可能にしてみせる。先の戦争がそうだっただろう」
 「それはそうだが、なぜ、アラブのために、それをやる必要がある」
 記者も「それ」を知りたいと思っている。あの日からずっと、それだけを考え続けてきたと言ってもいい。なぜ、若き日本人三人は、アラブの正義のために命を賭したのか。
 
 午前九時五十五分。
 裁判長が姿を現して開廷を告げると、それまでのざわめきは雲散霧消し、法廷は静寂に包まれた。裁判長は、カメラマンの撮影を許可し、通訳者に宣誓を命じたあと、人定質問を始めた。
 「被告、名を名乗りなさい」
 岡部は被告席で立ち上がり、明晰な口調で言った。
 「私の名前は、ヨーゾー・オカベです」
 「被告は、弁護人を自身の『代理人』として、指名することができる」
 これに対して、岡部はすかさずこう述べた。
 「六月二十二日におこなわれた証人審理において、私の証言の翻訳がどのようになされたのかを知りたい。通訳に不手際があったのではないかと思う」
 裁判長はこの要求を無視して、弁護人指名に関する発言をくり返した。
 岡部は食い下がった。
 「私には弁護人は不要だ。弁護士なしではこの裁判を実施できないというなら、付けることに同意する。だが、今ここにいる二名の弁護人が誰から依頼され、どういう経緯で私を弁護することになったのかを私は知らないし、知らされていない」
 この発言を聞いた記者は「なるほどな」と思った。
 この男は死にたがっているのだ、一刻も早く。
 岡部は逮捕後、同志ふたりの遺体の確認をさせられたとき、声を張り上げて、子どものように泣いたという。死んだふたりのうち、ひとりの死因は、岡部が撃った銃弾を浴びたせいではないかと疑われたときには半狂乱状態となり、その後も一貫して「一刻も早く自分を銃殺してくれ、それができないなら自殺させてくれ」と叫び続けてきた。だから、この裁判で、岡部は死刑になることだけを望んでいる。記者はそのように推察した。おそらく、大多数の人たちと同じように。
 また、記者が小耳に挟んだ情報によれば、イスラエル側もこの裁判の結審を急いでいるという。それは当然そうだろう。国家の威信にかけても、アラブ諸国への見せしめとしても、裁判を長引かせることなど、言語道断である。ならば、決着は早いはずだ。
 裁判長は再び、岡部の申し立てを無視して、こう言った。
 「もしも被告が弁護を拒否した場合には、本法廷は弁護人を任命することが可能となる。被告の犯した罪の重大さに鑑みて、本法廷はその措置を取る」
 こうして、岡部の弁護人ふたりがその場で任命された。
 岡部は弁護されることを望んでいない。岡部が望んでいるのは極刑のみである。しかし、弁護人の仕事は岡部の命を救うことにある。
 
 起訴状の朗読が始まった。
 罪状は四つ。第一訴因の朗読の過程で、空港で命を奪われた死者たちの名前がひとりひとり、読み上げられた。その間、岡部は無表情なままだった。
 続いて、罪状認否がおこなわれた。
 「第一訴因であるところの、火器の使用および手榴弾を投じた三名の集団に、あなたが属した罪を、あなたは有罪と認めますか」
 岡部に代わって、弁護人が答えた。
 「死刑に処せられる可能性のある重犯罪の場合には、たとえ被告が有罪であると認めても、法廷はそれを無視することが認められています。よって、この罪状認否には意味がありません」
 検事が立ち上がって、反論した。
 「いかなる犯罪であっても、起訴事実の朗読のあとの、被告人による罪状認否はおこなわれるべきです」
 これは岡部の希望でもあるはずだった。裁判長は弁護人の異議を退け、岡部による罪状認否が始まった。岡部は死んだ二名をかばうためか、二名の名前は忘れたと言った上で、第一の罪状を認めた。
 「一九七二年五月三十日に、テルアビブ空港において、名前を忘れた二名と共に、私は銃を発射しました。何人を殺したのかは、私にはわかりません。私に言えることは、そこで起こした事実関係のすべてを認めるということです」
 第二の罪状、火器を使用した罪について。
 「ひとつだけ、抜けていることがあります。それは、旅行者や一般人を撃っただけではなくて、イスラエルの警察官に対しても撃ったということ。これが抜けています」
 第三の罪状、手榴弾を投げた罪について。
 「二名と共に、ということですが、私は彼らの名前を覚えていません。それ以外のことはすべて認めます」
 第四の罪状、非合法の団体に対して奉仕した罪について。
 「非合法な団体、すなわち、パレスチナ解放人民戦線の任務を遂行した、とのことですが、日本赤軍に所属する私は、PFLPとの共同作戦を実行した、ということです。そういう意味の任務遂行ということであれば、事実をすべて認めます」
 岡部が起訴状の内容をほとんどすべて認めてしまったので、法廷内の空気が一瞬、奇妙に崩れた。記者には、そのように感じられた。ゆるんだのか、張り詰めたのか、わからないような崩れ方だった。
 裁判長と弁護人は、啞然としているように見えた。
 つかのまの沈黙のあと、裁判長は通訳者に確かめた。
 「被告の発言内容に間違いはないですか。事実をすべて認めると言ったんですね。あなたの通訳は信頼に値しますか」
 通訳者がうなずくと、今度は弁護人に向かって訊いた。
 「あなたは被告の発言をどう理解しますか」
 弁護人は答えた。
 「被告の言葉だけによって、判断するべきではないと考えます。彼が起訴状を本当にきちんと理解できているのかどうか、はなはだ疑問です」
 弁護人の発言を受けて、裁判長はこう述べた。
 「三つの選択肢がある。ひとつ目は、被告の有罪承認を受け入れ、現時点で審理を打ち切り、ただちにこの場で有罪判決を下す。ふたつ目は、被告の発言を証拠としては採用しないで審理を始める。三つ目は、精神鑑定をおこなう」
 これに対して、弁護人が「ぜひ、精神鑑定を望みます。犯行時も現在も、被告が正気であるとは、私には思えない」と述べると、法廷内にはざわめきが巻き起こった。
 「いいですか、彼がもし、アラブからやってきたゲリラであれば、精神鑑定の必要はありません。イスラエルに憎しみを抱いていることも理解できます。しかし、イスラエルについて何も知らない日本人である被告がイスラエルに対して、人間の行為とは思えないような犯罪を犯した。これは到底、正気の人間のできることではない。もしかしたら、麻薬の使用などもあったのではないかと思われます」
 ざわめきは、いっそう大きくなった。
 と、そのとき、岡部は突然、立ち上がって、日本語で叫んだ。
 「私には、精神鑑定は必要ありません! 同意できません!」
 法廷は騒然とした。傍聴席から、ヘブライ語の野次が飛んだ。大馬鹿野郎。殺人鬼。死ね。恥を知れ。
 検事は「鑑定については今、決めなくてもいいでしょう」と、弁護人は「精神鑑定の決定前にするべきことを先にやってはどうですか」と、裁判長に助言し、裁判長は、
 「では、精神鑑定については、午後の法廷で決めたいと思う」
 そう言って、午前十一時十二分、裁判の一時休止を宣言した。
 
 午後十二時四十五分、法廷は再開し、検事の冒頭陳述に始まって、検察側のふたりの証人喚問、二十分ほどの休憩を挟んで、残りふたりの証人喚問が続いた。
 証人は合計四人。三人目は、三十歳くらいに見える女性だった。赤いパンタロンをはいている。当日は、友人を出迎えるために、母親といっしょに空港へ行っていたという。ふと、彼女の姿を現場で見かけたかもしれない、と、記者は思った。
 検事の質問に対して、彼女は終始、はきはきとした口調で答えた。
 「乱射している人を目撃しましたか」
 「見ました。私が見たのは日本人がふたり。ほかにもいたのかどうか、それはわかりませんでした。ひとりは、とても長い弾倉の付いた小さな銃を撃っていました。もうひとりは、手榴弾を持っていて、今まさに投げ付けようとしていました」
 「日本人は、どんな姿勢で射撃をしていましたか」
 「立ったままでした」
 「射撃の方向はどうでしたか」
 「床に伏せている人々に向かって、撃っていました」
 「どれくらい離れたところにいる人々を、ですか」
 「距離は関係ないという感じでめちゃくちゃに撃っていましたが、近い人は二、三メートルのところに伏せていました。旅行者に見えるような人たちです。女性も子どももお年寄りもいました。車椅子に乗った女の子もいました。彼女は十歳くらいに見えました」
 「射撃を目撃したのは、どれくらいの時間でしょう」
 「一分くらいだったと思います」
 「同じ地点からずっと撃っていたのですか」
 「いえ、動き回っていました」
 「あなたは、ふたりの顔を見ましたか」
 「見ました」
 「法廷内にその人物がいますか」
 「います。被告です。手榴弾を持っていた方です」
 「そのほかに、あなたの目にしたものを教えて下さい」
 「あたり一面が血だらけでした。人々は血の海の中でうめき、苦しみ、這い回り、倒れていました。形容することもできない叫び声が聞こえました。大怪我をした人がそれでも懸命に立ち上がって、ほかの傷ついた人を助けようとしていました」
 軍事裁判の第一日は、午後六時二十分に終了となった。
 記者は、法廷の建物のすぐ裏に横づけにされた大型ステーションワゴンに乗り込もうとしている、岡部の姿を目にした。岡部は目隠しをされ、それぞれの手を、両脇にいる兵士の手に、手錠でつながれていた。
 
 三日後の七月十三日、四回目の裁判がおこなわれた。
 この日は、岡部の陳述が予定されていたということもあって、法廷内には、それまで以上に人があふれていた。記者は座席を確保できず、立ったまま、彼の陳述を聞くことになった。
 陳述には、三つの選択肢がある。
 ひとつ目は、宣誓した上で発言する。この場合には、陳述は証拠として採用され、陳述のあと質問を受けることもある。ふたつ目は、宣誓しないで陳述する。証拠にはならないが、いかなる質問もされない。三つ目は、陳述しない。
 岡部は、ふたつ目を選んだ。
 長い陳述の最後に岡部が述べた言葉を引用して、記者はその日、このような記事を書いた。
 【世界ブルジョアジーへの警告については、認めたいと思う。しかし「最後に述べておきたいことがひとつだけある。我々三人は、死後、オリオンの三つ星になろうと約束していた。それは、子どもだったころ、死んだら星になるという話を聞いていたからである。外国ではどうなのか、わからないが、我々が殺した人間もおそらく星になったのではないかと思う。革命戦争は終わらない。星は増え続ける。しかしながら、死後、同じ天空で輝くことができるのであれば、これもまた幸福なのである」──これが日本人テロリスト、ヨーゾー・オカベの陳述のしめくくりの言葉であった。この発言を聞いて、彼の精神鑑定を求めない人がいるだろうか。】
 七月十七日に五回目の裁判がおこなわれ、裁判長は、岡部洋三に終身刑を言い渡した。イスラエルでは一九五四年以降、一部の例外を除いて、犯罪者に対する死刑は廃止されている。岡部らはこのことを知っていたのだろうか。
 記者はこのときも、裁判長の発言を引用しながら、このような記事を書いた。
 【オカベの犯した犯罪の重大さに、正確に相当する刑罰は存在しない。この犯罪は、彼と彼の雇い主に刻まれた、カインの印である。そうしてこの印は永遠に消えない、という意味をこめて、裁判長は彼に終身刑を課したのである。以下、裁判長の言葉である。「ヨーゾー・オカベ、あなたは己と、己を派遣した人々の実体を知るべきである。あなたは訪問客を装って、我が国に来た。悪意と殺意を抱いて、やってきた。そうして、仲間たちと共に、たまたまその場に居合わせた罪もない人々を、恐ろしい行為によって、次々に殺した。犠牲者の多くは、遠い国から来た観光客であった。清らかな血が流され、悲惨と苦痛の種が蒔かれた。これがあなたと、あなたを派遣した人々の実体である。あなたは、この世界が人間の世界である限り、いかなる世界にも適応できない」───この発言もまた、未来永劫、この世界に残り続けるだろう。オカベたち三名は、われわれの住む世界に、苦しみの種を蒔いたのである。オリオンの三つ星になるという、まことにロマンティックな日本のおとぎ話を信じて。しかしながら、まことに皮肉なことに、オカベの祖国・日本の人々の美学である『死に急ぎ』は、我が国・イスラエルの正義により、叶えられることはないのである。すなわちこの男は一生、星にはなれないのである。】
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