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第8回

柳宗理のステンレスボウルとアルネ

[ 更新 ] 2022.03.01
 古書市で『アルネ』のバックナンバーの売れゆきがすごくいいんだって、と、市の手伝いをしていた知人に聞いたのは6、7年前のことだった。今ではどうなのだろう、と、近所の古本屋さんに訊ねてみると、たしかにそういう時期もあったねえ、と、過去形で返される。目立つ場所に並べてみたりなどの工夫を特段せずとも、入荷したらしただけすいすいと売れていったときがあった、と。『アルネ』はその店に今でも常に何冊か並べられてはいる。
 『アルネ』はスタイリストの大橋歩さんが2002年から7年のあいだ刊行していた雑誌で、『クウネル』などとともに2000年代の生活系雑誌の繚乱の只中にあった。最盛期の発行部数は6万部を数えたという。編集、写真、文、全てを大橋さんが手がけていた。当時はリトルプレスの代表格として扱われることもしばしばだったが、小さな規模でつくられているとはいえ、果たして1万部をこえても「リトル」なのかともやもやしたのも思い出す。創刊第1号は2000部からはじまったというから、その時点での規模は真にリトル、だったとしても。
 創刊号の特集は「柳宗理さん 使いやすいキッチン道具をありがとう」だった。
 柳宗理がデザインした、ミルクパン、ボウル、片手鍋が紹介されている。どれもステンレス製だ。当時めくってみたときは、どんな品が載っているかよりも、行きつけのカレーショップにて撮ったという柳宗理のひげもじゃで破顔一笑のポートレイトが見開きにどーんと載っていることへの驚きばかりが焼き付けられた。ある種、アイドルみたいな載せかた、とも思った。
 誌名は、デンマークのデザイナー、アルネ・ヤコブセンから採ったのだそうだ。30代の大橋さんが「それまでに出合ったことのないシンプルでうつくしいモノ」だと求めたフォークとスプーンの輪郭は、そのデザイナーがえがいたものだと後に知る。大橋さんにとっての美の基準点が、60歳をこえて創刊した雑誌のタイトルになったのだった。
 「アルネ・ヤコブセンのキッチン道具に並ぶ仕事をしていらっしゃる日本人は誰かと考えた時、柳宗理さんしかいないと思ったのです」
 2005年には『アルネ』別冊として『柳宗理デザイン キッチン道具と食器等』というカタログとしての色合いが濃い一冊が刊行された。「知り合いが使っているもの」というページがあり、あちこちの台所で道具の使われる風景が紹介されている。スタイリストの堀井和子さんは径が23センチのボウルでパン生地を捏ね、伊藤まさこさんは当時引越しし立ての台所でミルクパンを手にし、「fog linen work」を経営する関根由美子さんは黒柄カトラリーは外国の人にも人気だと語るなど。
 そういえば、黒柄カトラリーの黒色の柄は木製なのだけれど、宗理のキッチン用品にはステンレス+木の組み合わせはない。ミルクパンの柄は黒色でも合成樹脂製だ。技術の問題なのか、好みの問題なのか。
 めくっていてはっとするのは、おそらくほぼ同じ輪郭の、耐熱ガラス製のボウルもつくられ売られていたこと。電子レンジでも使えるだろうし、今のほうがより需要があるはずなのに。


 柳宗理がデザインした品物が、文句なくいいものとして脚光を浴びはじめたのは『アルネ』創刊以前の出来事だった。
 大きなきっかけとしては、1998年、池袋西武のセゾン美術館で「柳宗理のデザイン展──戦後デザインのパイオニア」が催されたことがある。翌年、季刊誌として創刊されて間もない『カーサブルータス』で「柳宗理の器はいかがですか?」と題した小特集が組まれ、さらに2001年には「柳宗理に会いませんか?」との大特集号が出て、表紙は、宗理がデザインした「バタフライスツール」と同じくテキスタイルを身にまとった白人女性が飾っていた。
 その頃の、本屋のアルバイト仲間であり、今は自分の店「誠光社」を営む堀部篤史さん曰く、宗理ブームで特筆すべきは、男性に、キッチンツールに目を向けさせたことだという。男性誌/女性誌の区別がはっきりしていた時代だったし、『カーサブルータス』は前者にカテゴライズされていた。紙の雑誌に力があり、押す太鼓判が信用されていた時代でもある。とはいえ、『カーサブルータス』よりずいぶん柔らかな印象で、どちらかといえば後者にカテゴライズされる『アルネ』から宗理の台所道具を見知り使いはじめた、という人も少なくないだろうなと思われる。
 私が宗理のステンレス製の台所用品を買い求めたのは、池袋での展覧会を観た後だったように記憶している。最初に買ったのはミルクパンだったような、はっきりとは思い出せない。そしてボウルを買い、パンチングストレナーを買い、フライパンを買った。
 なかでも手にしてすぐにその使い心地に感じ入ったのはパンチングストレナー、つまり、ざる、だった。それまで使っていたのは金属製のワイヤを編んだもので、網目に野菜屑や食器洗い用スポンジの繊維が絡まることもしばしばでこちらをげんなりさせた。プラスチック製の、縦長のスリットが何本も入ったざるはその心配はなかったけれど、いたむのが早かった。どちらからも、使っていて楽しいというようなポジティブな気分は喚起されなかった。宗理のデザインしたざるは、ステンレス製のボウルに数多の丸い穴が開けられたスタイルで、密な水玉模様から成っていた。水切り穴の直径は、大橋さんが「穴の大きさは普通のお米ならこぼれないぐらい」と『アルネ』別冊で説明しているとおりの大きさ。お米を研いでこのざるで水切りをすると米粒がこぼれ落ちてしまうのではとちょっと不安になるものの、それは取り越し苦労というくらいの。使い勝手や洗い心地は前述のプラスチック製のざると同じようだし、見た目にもぴかぴかと光ってきれい。
 そういう、すぐに使い勝手のよさがのみこめる道具はたしかにある。手に取ったとき、おろしたとき、はなから、すごい、と感じ入る。私にとっては、たとえばキッチンタイマー。
 対して、使いにくさにいらいらさせられる道具にももちろんしばしば出合ってしまう。思うように生姜がおろせず、むしろ手指をおろしかねないような卸金とか。
 宗理のボウルとミルクパンはそのあいだに位置するかもしれない。なにもいうことなしというか、無心に使える。あるとき他のものと替えてみてようやく、あれ、あんなに使いやすかったんだなと有難みをようやく実感する。あまりにも何気なく手元を支えてくれているゆえに、それが飛び抜けたよさであるとはすぐには気付かない。当時は、台所に立つことにそれほど、少なくとも今ほどは熱を入れていなかったせいもあるかもしれないけれど。
 宗理のミルクパンやフライパンなど火にかける道具は、柄を手にして上から見ると、左右非対称の菱形のようなかたちをしている。かっぱ橋道具街を歩いているときなどにも、おっ、宗理! と、目がとまるかたち。そう、輪郭が人間味のある主張をしている。そういうはっきりとした特徴は、今はじめて宗理の台所道具を目にし、新たに買い求める人にとってはどれくらいの後押しになっているのかしらん。


 2000年代半ばくらいまでの、雑誌文化華やかなりし頃の印象というか残像はまだ私の中では消えない。あれからずいぶん沢山の雑誌が終刊していった中で『カーサブルータス』はまだ月刊誌として刊行され続けている。昨夏には「日本の美しい日用品。」と題した特集が組まれていた。掲載されているのは200品。包丁、フライパン、俎板など、もちろん、台所用品も多い。「日本の日用品、名品100。」というページではボウルが3種類紹介されていたのだけれど、宗理のボウルは選ばれていなかった。そういった場では必ずや登場するものに違いない、そう信じていた私。
 ステンレス製だからかな、ふとそう思いもした。金属製だと電子レンジにかけられないから、使い勝手が悪いと思う人も増えているのかな、などという考えが頭をよぎるも、載っていた3つもステンレス製だったからそれにはあたらない。
 特集を通読してみると、宗理の品物は2点選ばれていた。ステンレス製のバターナイフと、ガラスのコップ。正直言って、そのふたつの道具だったら、他にもっと「名品」という名にふさわしい品物が存在するような気もし。
 バターナイフも、コップも、世の中に数多出回っている品物である。百均にもあれば、デパートの食器売り場にもあって、高価なものを求めようとすればその価格は青天井だ。素材もいろいろで、木製もあれば陶製もあり、工業製品もあれば手づくりの品もある。
 ボウルはといえば、それほどのバリエーションはない。なによりも手づくりのボウルは、ほぼない。台所における温度差や水飛沫、油にとりまかれながら酷使されるからだろうか。
 ボウルが紹介されているページに戻ってみる。どれも宗理のボウルよりも後になって世に出たものだ。そのうちのひとつは手元に置いて使ってみたことがある。使いやすい、という感想は持てたものの、宗理のボウルと一緒に並べておくと、つい宗理のほうを手にとってしまいがちではあった。それは宗理のボウルのほうが重たくないからだった。置いたときに安定感があるのは重たいほうではあるのだけれど、移動させたり洗ったりする、手に持ったときの軽さを私は優先しがちなのだった。
 そもそも、雑誌の記事を頼りにして買いものをするのが日常だという人は今、どれほど存在するのだろうか。
 生活用品を販売するウェブサイトで、宗理の台所用品を紹介するページを見てみると、上から下から、そして横から撮った写真が載っている。切ったトマトが入っていたり、縁に手が伸ばされていたりして、おおよその大きさや使い勝手もそこから察することができる。懇切丁寧な説明文も付けられている。さらに、手にとってくるくると使って見せる動画が用意されていたりもする。その下には「カートに入れる」とある購入ボタンが用意されている。さあ、これを選んで下さいといわんばかりに。
 つぶさに紹介されていることに感じ入ると共に、かつて、雑誌に載った一枚の小さな写真を見ただけで、その品物に惹かれ、どこで売られているかをネット検索以外の手段で調べて買いに行ったことにも、あらためて感心する。普通に日本の今を生きている私は、そういうルートを辿って買いものをすることはもうほとんどない。かつては、もちろん台所道具だけではなくて、服もなにもかも、値段は載っていたとしてもサイズなどはほとんど分からないのに、これが好き、欲しい、と、瞬間的にハートに点火されたものだなあと。それだけ雑誌に、その記事に、力があったのだといってしまえばそれまでだけど、ぱっともののよさを判断する目利きの訓練にもなっていたのだろうか。そこまでの効用はないか。


 「あれはキッチン用品では最初の作品ですかね。料理研究家の江上トミさんとの共同開発なんですよ」。ボウルについて、宗理は『アルネ』1号でそう語っている。展覧会の図録の年譜などをみると、ボウルのデビューは1960(昭和35)年。それより前、1953(昭和28)年に「早く沸くヤカン」が発売されていた。けれど新潟は燕の工場で今つくられている宗理の「ステンレスケトル」よりも扁平で口が寸詰まりと、フォルムはかなり違っている。かたちを変えずに製造され続けている商品、といえばボウルが最古参といえるかもしれない。ちなみに、パンチングストレナーのデビューは1999年である。
 大橋さん自身は『アルネ』の10年以上前に『きっちりキッチン道具』という本で、宗理のボウルを紹介している。そこにはデザイナーの名前は出てこない。あえて出していないのではなく、当時は知らなかったのではないかともとれる。アルネ・ヤコブセンのスプーンとフォークを手にして間もないときと同じように。
 「五つが入れ子になったボールはステンレス製で、二番めに大きいボールは他のと比べるとおしりの丸みが大きく出来ているのです。多分なにか理由があるのだと思うけれど、もう15年は使っているのによく分からない。例えばハンバーガーのようなものを作る時に、材料をまぜ合わせても、わりと安定していて、そんなことに使うようになっているのかと思ったりするの」
 『きっちりキッチン道具』は1991年に刊行された本だから、ボウルを入手したのは1970年代のはず。『アルネ』にはそのいきさつがちらりと書かれている。かつて大橋さんの仕事場を手伝ってくれていた女性の母から、娘がお世話になっているお礼、として贈られたものだと。同じ頃に台所にあった鍋ややかんもそれより長く使い続けることはなかったと。
 さりながら、ステンレスボウルは、鍋のように火にかけないし、ガラス、陶器のように割れないから、いたむことなく長く使い続けることができるというのもほんとうだ。
 私の台所には全てのサイズは揃っていない。いちばん長く使っている径が18センチのボウルを、あらためて、食卓に置いて少し離れて見てみると、輪郭が和食器ぽくもある。側面がすっと切り立っているところがそういう印象を与えるのか。大橋さんが「二番めに大きいボール」と書いている23センチのボウルの側面の膨らみはたしかに丸っこくて、ヘルメットみたい。

〈文中に登場する本など〉
『カーサブルータス』マガジンハウス 2021年7月号
『柳宗理 うまれるかたち』能登印刷出版部 2003年
『柳宗理 生活のなかのデザイン』東京国立近代美術館 2007年
『KAWADE 道の手帖 柳宗理──「美しさ」を暮らしの中で問い続けたデザイナー』河出書房新社 2012年
『きっちりキッチン道具』大橋歩 文化出版局 1991年
『Arne』1号 イオグラフィック 2002年
『Arne別冊 柳宗理デザイン キッチン道具と食器等』イオグラフィック 2005年
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